第56話 すなおがいちばん
不幸は、ほんのわずかだとしても、ルーにまだ意識があったことだった。
霞のような意識の中で、ルーは思う。
――――えーと、るーは……なにをしてたんだっけ……?
ガロンは動いた。動かざるを得なかった。
理由は言葉では説明できない。単に嫌な予感がしたに過ぎない。
それでも、それが戦闘に関してのことならば、ガロンが動くには明確な理由となった。
ガロンは飛ぶ。動きを読まれぬように不規則に、そして素早く。
――――からだが、さむい……
予感はあたった。
しっぽの先の鱗に衝撃を感じた。原因は不明。
ガロンから見たルーは、かなり離れた場所でただガロンに虚ろな視線を合わせ、浮いているだけに見える。
しかし、尻尾に感じた衝撃から、ただ浮いているだけであるはずがなかった。
ガロンは動きを止めない。止めれば的になるのがわかっているからだ。
おそらくは不可視の攻撃。さきほど使っていた空間術の発展と考えていいだろう。
かすっただけで衝撃を感じた以上、まともにもらうわけにはいかなかった。
直感だけにしたがいガロンは距離を詰めようと迫る。
――――そうだ、さむいでおもいだした。さむくなったから、がろんのところにいこうとおもったんだった……
油断したつもりはなかった。
斬られた。
右翼を浅くだが、傷つけられた。傷口から赤い血が薄く流れ出る。
空間を刃に変えて切る魔法。さきほどからガロンはこの魔法に付け狙われていたわけだ。
遥か遠方から一切の感知を許さず、ガロンに傷を負わせるほどの威力を保つなど尋常な術ではない。
そこでガロンは気づく。
――――がろんのところにいけばがろんがいるし、みんなもいるからさびしくない……
ルーはあきらかに正気ではない。
正気ではないのにこれだけ複雑な術を行使できるのはいったいなぜか。
ルーの魔力の反応は異様だった。さきほどの戦いで消耗したはずなのに、さきほどよりも大きな力を使っている。
命そのものをぶつけられているような、命を無理やり削るような力の使い方をしているとしか、ガロンには考えられなかった。
――――でも、なにかだいじなことをわすれているきがする。なんだったかなあ……
最悪の事態だった。
ガロンは縦横無尽に大空を舞うが、それでもルーの隙は見つけられなかった。
そもそも攻撃自体が不可視である故に見つけることなど土台不可能なのだ。
攻め手を考えるどころか、空中で細切れにされないだけでも奇跡のようなものだった。
ガロンは自分の勘に絶対の自信を持っているが、それをもってしてもルーの元までたどり着く道筋は見つけられない。
――――そうだ、るーはがろんをおこらせたんだった……なんでおこらせたかはおもいだせないけど、るーがわるかったようなきがする……
早期の決着をつける以外に道はなかった。
そうしなければルーは確実に死ぬ。
今のルーは無理やりに命を振り絞り戦わされている状態であり、時間が経過すればするほど、その消耗は致命的になるに違いなかった。
操り主であるゼフォンを探す、という手もなくはないかもしれないが、その存在を感知する能力がガロンにはない。それこそルーの力が必要だ。
残された道は、ルーを即座に行動不能に追い込む以外にはない。
――――がろんをおこらせちゃったら、がろんとはいっしょにいられないし、みんなのところにもいけない。どうしよう……
ガロンはルーの不可視の刃を避けるために、端から見たら何も考えていないとしか見えないめちゃくちゃな軌道で飛び回っている。
ゼフォンの魔導がどのような理屈で操るものか知らないが、魔力に寄生するような形ではないかとガロンは当たりをつけた。
体そのものを操るものであったらこのような高度な術を使わせるのは不可能なはずだ。それに単純な体を操る魔導であったらならば、夢幻などという大層な名前をつけられず、能力を隠し死霊術師や人形遣いを装っていそうな気はする。
魔力に関係する以上、ルーを封じるにはその元を断つしか方法はないと思われた。そうでなければたとえ手足翼すべて切り落としたとしても、ルーは死ぬまで戦いを続けるだろう。
――――そうだ、りてぃしあがいってた。すなおがいちばんだって。
心臓を狙う。竜が魔力を生成しているのは心臓からだ。かなり危険ではあるが、時間経過やその他の手段では、ルーは確実に死ぬ。
ガロンは大きく弧状に旋回し、ルーの側面に回った。
急制動をかけ空中に静止、魔力を全開にして体の周囲に防壁を展開。
ルーがゆっくりと動き、体をガロンの方へと向けた。その瞳は相変わらず虚ろで、意思を感じさせない。
見えない刃がガロンに殺到した。
が、その刃のことごとくはガロンの防壁に阻まれ、傷をつけられたとしてもわずかなものだけだった。
――――りてぃしあがいっていることは、ただしいとおもう。
ガロンは吠えた。あらん限りの魔力を込めて。
ガロンの咆哮が、空間を薙ぎ払うように響き渡る。
それは周囲の空間を不安定にさせ、ルーの転移を許さないためでもあったし、自分への鼓舞のためでもあった。
撃った。
それは、ガロンの口から、線状の光が走ったようにしか見えなかった。
その線は、ルーの身体を貫いていた。
――――そうだ、すなおがいちばんだ。だから、がろんにはあやまろうとおもう。
一瞬の静寂があった。
その静寂が嘘であったかのように、極細の閃光が膨張し爆発した。
破壊の波が荒れ狂い、森の木々は悲鳴を上げ、閃光が直撃した山の上半分が消し飛び、三日月のような形へと変形した。
直撃を受けたルーは落下を始めていた。
落下のさなか、ルーはこんなことを考えている。
――――ちゃんとごめんなさいっていえば、がろんはきっとゆるしてくれる。そうすればいっしょにいられる。
ルーが地面に激突し、木々がなぎ倒される。
――――だから、がろんにごめんなさいってつたえなきゃ……
※
誤算があった。
ガロンはすぐさま落下したルーの元へと駆けつけた。
木々が哀れなほど倒され、ガロンはルーの間近に着地する。
ルーの身体に見た目上の破壊はそれほどない。
だが、その心臓には、魔力的な損傷が致命的なレベルであるはずだった。
なにせ、ガロンの攻撃が直撃したのだから。
ガロンは即座に治療を開始した。ガロンは治癒術は得手でも不得手でもないが、反則的な魔力量でそれを強引に行えば、蘇生に近いレベルの治癒ができる。
はずだった。
ルーが拒否した。
正確にはルーの本能が。
治癒を行おうとしているのはガロンである。そして、ルーの本能にとってガロンとは、自分に致命傷を負わせた相手に他ならなかった。
心臓がまともに活動していない状態であるにも関わらず、ルーの本能が『敵』の術を分解していた。
為す術がなかった。
※
クランガの森林の中、ガロンの巨大な体が横たわっている。
その体の内には、抱きかかえられるようにルーの体があった。
リティシアがたどり着いたときには、もうルーの心臓は動いていなかった。
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