第55話 あやつり人形
ガロンはリティシアの近くまで行ってから人の姿に戻った。
リティシアはすぐにガロンの元までやってきた。
「ガロンさん!!」
「無事だったか」
「え、と、はい。それよりもルーさんは!?」
「ルーは…… 帰ったよ。まあ、またすこしすれば来るだろう」
リティシアの顔は険しかった。
「本当にそう思ってますか?」
「ああ」
リティシアが目をつぶった。なにかを考えているというよりも、なにかをこらえているように見えた。その表情がなにを意味するかはガロンにはわからなかった。
リティシアはちいさく首を振って目をひらく。
「ガロンさん、魔族に会いました」
「なに?」
「結界のそとに、魔族がいました。その魔族がわたしを結界の中に転移させたんです」
また魔族か、とガロンは思う。魔族が関わるのは良くない兆候ではあるが、なぜ魔族がいるのかがわからなかった。
しかもリティシアを転移させたということは、また高位の魔族にちがいない。
「リティシアを狙っていたわけではないんだな?」
「と思います。魔族はわたしを結界の中に入れたかっただけに感じました」
そうなると、魔族の狙いはガロンとルーの仲違いということになるのだろうか。皇竜ガロンディードと南の神童ルーベリオンを対立させる。
その構図が魔族に利益をもたらすとはあまり考えられない。しかし特に高位の魔族は信じられない暇つぶしをする場合がある。今回のこれもそういった目的なのかもしれない。
ふたりの戦闘中にリティシアを転移させ、ルーが仕掛けた策だと勘違いさせてガロンの怒りを煽る。
それは半ば成功したわけだが、その考えで行くとリティシアが無事なのはおかしいように思えた。
現にガロンは「リティシアが魔族によって転移させられた、ルーのせいではない」という事実を知ってしまっている。
ガロンとルーの完全な仲違いを狙うならば、リティシアが無事なのはおかしな話だ。
「あの、ルーさんはもしかして魔族にそそのかされてこんなことをしたのでしょうか?」
「わからん」
ルーから協力を求めた、ということはあるまい。ルーとの接触なしに魔族がタイミングをあわせて仕掛けてきたという線も考えがたい。
魔族がルーに協力を求めた、というのが本線だろう。そしてどういった形にせよルーはそれに乗ったのだ。
ルーには注意せねばならないと思う。魔族はろくでもないことを考える天才だ。そんなやつらにルーのような若い竜は絶対に関わってはならない。
しかしいくら考えてもガロンには魔族の狙いがわからない。ガロンとルーの対立が本線だとは思うが、それが答えであるならば解決されない疑問がいくつも残る。
「ガロンさん、その、ルーさんを迎えに行きませんか?」
「なぜだ?」
「だって、ルーさん今ごろ絶対に寂しがってますよ。後悔もしてると思います。一時的にカッとなっておかしなことをしてしまうって誰にでもあるじゃないですか?」
たしかに、ルーの様子はいつも挑んでくるときと比べると、かなりおかしかったように思える。
しばらくすれば何事もなかったように姿をあらわすかと考えていたが、そうとは限らないのかもしれない。
「それに、ルーさんがガロンさんと戦うことになったのって、もしかしたらわたしのせいかもしれませんし、わたしがなにも言わなければ、ルーさんは今でも一緒にいて楽しく笑っていたかも知れませんし。だからわたしはルーさんを迎えにいきたいんです。ガロンさんも一緒に来てくれませんか?」
ルーのことも気になるし、魔族の件も気にはなる。ガロンは短い時間考えてから答えた。
「わかった」
ガロンは、どこかでルーの強さを信頼しすぎていたのかもしれない。
ルーはいつものように気楽な様子でガロンへのリベンジに燃えているだろうと安易に考えていた。
ルーが落ち込み、もしかしたら泣いているかもしれないのを想像すると、ガロンは胸が締め付けられるような思いをした。
ルーは、ガロンの百分の一しか生きていない子竜なのだから。
「探すか」
「はい!」
善は急げだ。ルーを探すことに決める。
魔族の存在も気にはなるが、まずはルーを探すことからはじめるべきた。ルーを見つけて落ち着かせれば、自然と魔族の狙いもわかるだろう。
いずれにせよ魔族は放っておいていい相手ではなさそうだ。ルーを見つけたあと、魔族には然るべき償いをさせねばならない。
ルーを見つける。
魔族の狙いを知る。
そのふたつの問題は、意外なほど早く解決した。
それも最悪の形で。
ルーの方から、ガロンたちの前に姿を現したのだ。
気配云々の前に、ルーの姿が視認できた。
遠く森の中から、豊かな毛並みの竜が、ふよふよと浮かんできたのだ。
ガロンには、一目で異常がわかった。
瞳に光がない上に、魔力の漏れ方が明らかにおかしいのだ。
それに、ガロンの目算では、ルーはさきほどの戦闘で相当な量の魔力を消費したはずだ。
なのに、今ルーからほとばしる魔力は、先の戦闘よりもさらに大きかった。
出せないはずの魔力が無理やり絞り出されているような。
ルーは漂うようにガロンたちの方へと近づいてくる。
その動きには正気を感じない。
光ない瞳で、漂うように飛ぶルーは、何かに操られているような――――
そこで、ガロンはすべてを理解した。
ルーが操られていることも、魔族の狙いも。それが誰なのかも。
竜を操れる可能性がある者、というだけで対象はかなり限定される。
その上魔族、という条件までつければ、該当するのはひとりだけだった。
“夢幻”のゼフォンという、古くからいる上級魔族が存在する。その名前はガロンでも知っているほど通りがいい。ゼフォンは魔導師で、操術と呼ばれる、生き物を操る魔導を使うことで有名だ。
魔導によって生き物を操るといっても、そこには限度というものが存在する。リティシアの時術がガロンに影響を及ぼせないように、ゼフォンの操術も高位の竜に影響を及ぼすことは不可能だろう。通常ならば。
その竜が、非常に弱った状態であれば、まったく抵抗できぬほど消耗していれば、話は別だ。
ゼフォンは、ルーを弱らせるためにガロンと戦わせた。
そして目論見どおり弱ったルーを操った。
そういうことなのだろう。
そうして操ったルーをガロンにけしかけてきたわけだ。
ルーをガロンに殺させたいのか、それともガロンを狙ってのことかはわからない。
ガロンにわかるのは、この戦闘が不可避であるということだけだ。
ルーが咆哮を放った。
クランガの森林を、竜の咆哮がこだまする。
その声はどこか悲鳴のようでもあった。
「ガロンさん、あれ……」
リティシアが竜の咆哮に怯んでいるのがわかった。体が震えている。
相手がルーであろうと、その咆哮にはすべての生物の原始的恐怖を呼び起こす響きがあった。
「行ってくる」
ガロンは迷わなかった。
変身を解き、竜の姿になって飛んだ。
ルーの光なき瞳がガロンをとらえる。
ガロンは、長引かせるつもりはなかった。
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