第53話 苦き敗北
空の青を背景に、ルーの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣からは、巨大な光の槍が生成されつつあった。
光の槍に込められた魔力は膨大で、空気中の魔力と反応してバチバチと弾けるような音を立てていた。
ガロンはそれを単にながめている。いくら数を揃えようと威力重視の大振りな攻撃であり、ガロンがそれを回避できないとは思わなかった。
狙いはなにかわからないが、ガロンは迎撃の構えをとる。
最初から妙ではあった。
ルーからそれなりに攻める気配はあるものの、積極的に勝ちに繋がるような攻撃はすくない。
どちらかと言えば、時間を稼いでいるような気配がはじめからあったのだ。
しかしその意図がわからない。
時間経過でルーが有利になる要素を、ガロンは思い当たらなかった。
魔力の総量で言えばガロンが上、そうなれば時間はガロンに有利に働くはずだ。
ルーの魔法陣から、巨大な光の槍がいくつも放たれる。
威力はありそうにみえるが、動きは直線的で、避けるのは造作もない。
ガロンが回避行動に移ろうとしたところで、それは起こった。
背後、槍の軌道とガロンの延長線上に突如人間の気配が出現したのだ。
その気配は、ガロンの見知ったものだった。
リティシアだ。
何が起こったかもわからぬまま、ガロンは動いた。
浮いている状態から強引に魔力を放出し、リティシアの前に着地する。
光の槍が迫る。
ガロンの着地に木々がなぎ倒される。
ガロンは翼を身体の前面を覆うように展開して構えた。
光の槍が、着弾する。
耳をつんざくような爆発音が連続した。
ガロンの居た場所が煙に包まれる。
静寂の後、煙が晴れる。
ガロンは無傷。翼を広げ、遠く空に浮かぶルーを見ている。
ガロンとその背後を除いた周囲は、破壊の波に晒され見るも無惨な状態だった。
ガロンが庇わなかったならば、リティシアが晒されていたはずの破壊だった。
背後にリティシアの無事を感じながら、ガロンは怒りと疑念に包まれていた。
これがルーの狙っていたことだったのか。
納得のいかぬことではあったが、状況が否定を許さなかった。
ガロンは本気で終わらせにいく覚悟を決めた。
リティシアを巻き込まぬよう、ガロンはゆるりと浮遊する。戦闘のさなかにありながらゆったりとしたその動作は、嵐の前の静けさを予感させた。
ルーは光の槍を放ったまま動かずガロンを凝視している。
人間を巻き込もうとした以上、ガロンは本気にならざるを得なかった。
迅速に終わらせる。
いつ以来の本気か、ガロンは己が内に荒ぶるすべての魔力を開放した。ガロンの周囲の空間が、陽炎のように歪む。
ガロンは大突撃を開始した。
難しいことはなにも考えていない。
周囲を魔力で覆い、ただルーに向かって突撃するだけだ。
音はその動きについていけなかった。
落雷のような大音響が、結界内に鳴り響いた。
その大音響よりもさらに早く、結果は出ていた。
端から見れば、それは転移のように映っただろう。
他の認識を許すのはガロンがルーに激突した瞬間からだった。
ルーはそれでも足掻きはした。神速の反応を見せ、十を優に超える防御魔法をガロンの行く手に展開していた。
その中でガロンの突撃をすこしでも阻んだものは、皆無であった。
遅れた衝撃波が、ガロンのとおり道にあった森林を、森林でなくした。
ルーが空中で弾け飛び、弾け飛ぶさきにはすでにガロンが先回りしていた。
ガロンは全身を回転させ、力の限り尻尾を振るった。
尻尾はルーに直撃し、ルーをそのまま垂直に叩き落とした。
どうすればそんな音がするのだろうと思わせる破裂音。
ルーが落下した箇所には、巨大なクレーターが発生していた。
ガロンはルーが落下するのと同時にクレーターの中まで移動している。
起き上がろうとするルーを、その右脚で踏みつけている。
巨大な赤竜が、それよりも一回り以上ちいさな竜を踏みつけていた。
ルーが必死に抜け出そうともがくが、ガロンにとってそれは抵抗していないのと同じ意味しか持たなかった。
『まだやるか』
ガロンの問いかけに、ルーは答えなかった。
ルーの全身から力が抜ける。それが答えだった。
ガロンとルーが見つめ合う。ルーの瞳は、今にも泣き出しそうに見えた。
『これに懲りたら、二度とおれに挑もうなどと考えるな』
脚をどけてやると、ルーはしばらく固まったあと、ゆっくりと浮遊を開始した。
ルーの姿がかき消え、そこには巨大なクレーターの中に佇む、巨大な赤竜だけが残された。
もっとなにかを言うと思ったのに、ガロンの予想に反して、ルーは無言で立ち去った。
リティシアを巻き込んだのが本当にルーなのか、ガロンは疑問に思っていた。
仮に本当にリティシアを巻き込むことで戦いを有利に進めようと考えていたならば、初撃を防いだあと、さらに攻めてこないのは不可解だった。
まあ、次にルーが来たときにきけばよかろう、ガロンはそう考えた。
次にルーが来たときは、質問に応えられる状態ではないとは、このときのガロンは考えもしなかった。
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