第51話 双竜の対峙
リティシアからだいたいの話は聞いた。
ルーについての意見はリティシアがかなり感情的に話していたので、ガロンは今すぐそれをどう判断するかは避けた。
リティシアの話で絶対に間違いがないと言えるのはひとつだけ。
それはルーがガロンに挑んでくるという部分だ。
ルーが姿を消した以上、次に姿を見せるときは戦いのときだ。
ルーとて誇り高き竜である以上、ここからやっぱりやめました、ということはあり得ない。
次にルーが姿を現したときは、本気でガロンを倒しに来る。
どれくらい本気かは、まだわからない。
翌日になって、ガロンはクランガの宿でただ待っていた。
ルーのことだから、戦いのときまでにそう時間がかからないであろうとは予想していた。
だから、突然の念話にも、ガロンは驚くことはなかった。
『ガロン、ルーと勝負しろ』
ルーだった。
クランガの西、樹海とも言える森林の中からの念話だ。
『わかった。そこに行けばいいのか?』
『近くに転移門は用意してある。逃げるなよ』
ルーはそれだけ言って念話を切った。
ずいぶんと気軽に言ってくれると思う。開かれた転移門とはいえ、ここから転移するのはそれなりに骨だ。
なんとかこの姿でも転移できる距離にはあるが、もしできなかったらどうするつもりなのだろう。
ガロンは意識を集中し、森の中の転移門の位置を探った。
特定して接続をかけ、通常の空間転移から転移門のライン上に乗り、ガロンは森の中まで一気に飛んだ。
リティシアには、なにも伝えなかった。言えば反対されるに決まっているからだ。
それに、これは竜同士の問題だ。竜の問題に人間を巻き込むのは筋違いというものだ。
なに、ガロンとてルーを殺してしまおうなどとは思っていない。それは絶対にない。
いつものように負かせばそれで終わりだ。ラバンカにいるときも、負かしたあとはしばらくラバンカで治療と称して滞在させたものだった。
ガロンがルーに勝てば、すべて元通りになるに決まっている。
ルーを必要以上に傷つけるつもりはなかったからこそ、ルーがどれくらい本気で挑んでくるかが焦点であった。
ルーはああ見えて本当に南の神童と称されるほどの才能がある。あと五百年かそこらすれば、ガロンとて今のように笑っていられないかもしれない。
そのルーが本気でガロンに勝ちに来た場合、どれくらいの手加減が許されるのか、ガロンでも予想できない。
負けない、という確信はあるが、どれくらい余裕を持って勝てるか、はルーの底がわからない以上、なんとも言えない問題であった。
森の中は、驚くほど静かだった。
天気の良い日中だというのに、生物の気配がほとんどない。
人の気配もガロンの感知できる範囲では皆無だった。
意外なことに、森林周辺にはすでに結界が張ってあった。これで結界のそとから中の様子は見えないし聞こえない。侵入することも不可能だろう。
ルーの仕業にしては気のきいたことだ。これならば人間や他種族が割り込んでくることもあり得ない。
結界の規模からルーは竜の姿で戦う気であるようだった。
人間の姿で挑まれることだけが負け筋とガロンは考えていたのでその点は安心した。
しかし、これだけの規模で厳重な結界が張られているのを見るに、ルーは相当本気なのが見て取れる。
あるいは、リティシアの乱入を恐れているのかもしれない。
ふたりがやり合うとなれば、リティシアは間違いなく止めに来ようとするだろう。それを防ぐためが結界の目的に含まれているのはあり得る話に思えた。
いずれにせよ、心してかからなければならない。
ルーは気配を隠していない。ここから遠くない場所にルーの気配を感じる。
ガロンは変身を解いた。
ガロンの姿がぼやけ、木々をなぎ倒して巨大な赤竜が顕現する。
ガロンは翼をはためかせながら宙空へと浮かぶ。
眼下に森が広がる。風は結界に遮られ不気味なほどの無風。木々のざわめきもなく、動物の声もなく、クランガの森はあり得ざる静寂に包まれていた。
ガロンに呼応するように、ルーが現れた。
ガロンの視線の先、森の中から、一匹の竜が浮かび上がる。
ガロンとは違い、鱗ではなく全身を羊毛のような
その大きさはガロンより一回り以上小さいが、魔力の気配は剣呑きわまりなく、カタギの生物が目にしたら間違いなく気絶するか逃げ出す。ルーにはそれくらいの圧力があった。
クランガの森林の低空で、二匹の竜が対峙する。
『リティシアの言っていたことは本当か?』
ガロンは念話できいた。
『リティシアはなにもわかっていない。ルーは最強の竜になりたいだけだ。そのためにここにいる』
『最強になってどうするつもりだ?』
ルーの返事が遅れる。
『そんなことをきいてどうする? 最強の座から引きずりおろされたときの心配をしているのか?』
ルーから嘲笑するような念話。
『そうだな、ルーが勝って竜王になったら、ガロンを家来にしてやってもいいぞ。だから負けたあとの心配はしなくていい』
『そうか、それはありがたい話だな。こっちは家来なんぞいらんから、今から負けたあとのことを考えておくといい』
魔力の影響で、ガロンの周囲の空間が、陽炎のように歪みはじめていた。
ふつう、ガロンに挑んできたものは、二度と挑んでは来ない。それは挑んできたものが物理的に挑めない状態になっているか、精神的に挑めない状態になっているかのどちらかにあるからだ。
例外はルーだけだ。
そこには複数の複雑な事情が絡んでいる。
ルーが何度も挑んで来ているのは、ルーが戦闘能力の高い竜であるためではある。その才能はガロンも認めざるを得ないところだ。
加えて、ルーがまだ生まれたばかりの竜であるためでもある。竜の時間の感覚で言えば、ルーは年若いとすら言えないほど若い竜だ。そんな竜を本気で倒しにいくなど、皇竜のやることではない。
さらに、ラバンカの住人がルーをかわいがっていたせいもある。毎年挑んだあとラバンカに滞在するので、ガロンの眷属の中にはルーをかわいがっているものも多かった。ガロンの息子であるクーゲルなどその最たるものだ。
それゆえに、あまり派手な撃退の仕方はしなかったのだ。今思うと、それがよくなかったのかもしれない。
手加減したがゆえに調子に乗ってしまった。こうなったのは、ガロンのせいとも言える。
いたずらをするこどもには、いい加減きつめの罰が必要だった。
なに、若いうちの失敗は経験になる、とガロンは考える。
ガロンは二度とルーが挑む気にならない程度には圧倒する決意をした。
魔力の波長に威圧を込め、言う。
『すこし、遊んでやる』
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