第50話 怪しき協力者


 そんなに言うならば、戦ってやる。


 リティシアに思い知らせるのだ。ルーは本当にガロンと戦って最強の竜になりたいのだと。

 それに、ガロンはガロンで許せなかった。挑戦を受けると突然言い出すなど、そんなにルーを追い出したくなったのか。

 ふたりにはわからせてやる必要があった。 


 陽光はすでに月光へと変わり、夜の虫が鳴いていた。

 ルーはひとり、クランガの山中に潜み、気配を探っていた。


 ガロンと戦う、本気で。


 それには準備が必要だった。

 ルーとて純粋な力勝負でガロンに勝てるとは思っていない。この世の生き物すべてが純粋な暴力のみで殺し合いをした場合、最後に立っているのは皇竜ガロンディードだろう。

 そんな相手に力だけで勝負を仕掛けるほどルーはバカではない。

 だからこうして準備をしているのだ。


 ――――わたくしはいつでも喜んで協力いたします。


 ゼフォンと名乗った魔族はそう言っていた。

 ルーはもう、手段を選ばぬつもりであった。


 なに、ゼフォンがなにをするにせよ、利用し終わったら消してしまえばいい。

 ガロンとやり合うにはすこしでも工夫が必要なのだ。

 そのためにはなんでも利用する。


 そうしてルーは勝ったあとのことを想像する。

 魔族の処遇はルーの機嫌次第だ。態度と貢献によっては生かしてやってもいいかもしれない。

 ガロンについては殺すつもりはない。ガロンをぼこぼこにして参りましたと言わせる。


 そうなればガロンはルーに再戦を願うだろう。ルーが最強の竜になったら、ガロンはその座を取り戻すためにルーとまた戦いたがるに決まっている。

 それを拒否するのだ。するとどうなるか。


 ガロンはルーに戦ってくれとつきまとうだろう。それでもルーはガロンの挑戦をうけない。無理やり挑もうと仕掛けてきてもルーは相手をしないのだ。ガロンはそういう相手を一方的に攻撃したりしないはずだ。無抵抗の相手を倒して最強を名乗るなど、ガロンディードがするはずはない。


 ガロンは困るはずだ。勝負してほしいのに勝負してもらえないのだから。そうしてガロンはずっとルーにまとわりつくのだ。


 ルーはガロンのそんな姿を頭に思い浮かべてニヤニヤする。

 リティシアもすなおに謝れば許してやってもいい。リティシアはルーより若い人間で、何もわかっていないだけなのだ。


 ルーがガロンと戦って勝てば誤解していたと気付くだろう。そうすれば謝るはずだ。それなら許してやってもいい。ルーは大物だ。


 ルーは今、ゼフォンの気配を探している。

 ゼフォンは転移門を使って移動していた。純粋な転移と違い、あらかじめ門を設置しておくことで転移をする術だ。どちらも人間にとっては天上の魔法と言っていいが、門を使っての転移は純粋な転移よりは難易度が低く、人間でもまだ不可能ではないという領域にある。


 門を使う転移のデメリットは、準備が必要なこと、特定の場所にしか移動できないこと、そして門の位置が察知されてしまうところだ。


 ルーはその門の気配を探しているのだ。

 ゼフォンはガロンを狙っていると言っていた。ルーに協力を仰ぐ以外にもなにか目論んでいる可能性があり、そう離れた場所にいないであろうとルーは考えていた。


 ゼフォンの魔力の波長は覚えている。これと転移門を探す、という目的が定まっていればルーにならゼフォンの居場所を特定できるはずだった。

 前にルーに接触してきたときは人気のない墓場に門を設置していた。そうなると、クランガ周辺に門を設置しているならば山の中であろうと目星をつけた。


 山の中の魔法の気配を探る。


 ルーの魔力が静かな波のように山を巡っていく。

 生き物や魔法生物の気配が手に取るようにわかる。

 そこに、あきらかに不自然な気配を見つけた。


 当たりだ。


 わかりにくいように迷彩を施してはいるが、明確な魔法の気配。周囲の空間にわずかな歪みができている。迷彩が施してあり、空間に影響を与える術となれば、それはもうゼフォンの設置した門に違いなかった。


 ルーは門の場所まで飛んだ。短距離の転移はルーの得意な術だ。

 門はクランガ山の森の中の、少しひらけた場所にあった。


 もちろん肉眼で確認できるわけではなく、目でみるだけならただのなにもない空間である。

 しかし魔力的な観点から見ればあきらかな歪みがそこにはあった。


 ルーは門から魔力の流れを探る。ルーはすこし関心する。門は十と七箇所につながっていた。転移門にしてはかなりの数だ。あのゼフォンという魔族は、ルーが思っているほど小物ではないのかもしれない。

 それらの門の中から、直近で使われた形跡のある門の位置を探る。門と門のライン上にある魔力の残滓を探していく。


 一番最近使われたのは、クランガからすこし西にある門だった。

 ルーは転移門に無理やり接続をかける。できるだけゼフォンに似せた魔力の波長で接続し、その支配を乗っ取っていく。

 ものの数秒で転移門はルーのことをゼフォンである、と認識した。


 門をくぐり、ルーの姿が掻き消える。

 転移特有の身体の中身が浮くような浮遊感にルーは目をつぶる。


 飛んだ先は、クランガと同じような森の中だった。


 背の高い木がおおく、月明かりは葉に隠され、そこにある光は木々の隙間から入ってくる月光だけだ。地面がまだらに照らされた夜の森は不気味としか言えなかった。

 ふくろうの鳴き声が聞こえる。木々のざわめきが聞こえる。どうぶつが木の葉を踏みしめる音が聞こえる。

 ルーは門をいくつか巡って気配を探るつもりだったが、どうやらその必要はなさそうだった。


 ゼフォンが近くにいる。


 ルーは今、気配を隠していない。ふだんと違って魔力を隠さずにいる。

 ゼフォンは、いくらも待たないうちに接触してきた。

 森の中であるというのに、生暖かい風がルーの髪を揺らす。


「これはこれはルーさま、わざわざおこしいただいてどのような御用でしょうか?」


 あのときと同じ仮面に、つくったような声音、やはり気に食わないやつだとルーは思った。

 それでもあのガロンに勝つためにはできる工夫はすべてしなければならない。


「まえに言ってた話を受けようと思う」

「それはそれは!」


 意外なことに魔族の声には本当に喜んでいるような音がにじんでいた。


「それで、ルーに協力するといったが、おまえはなにをするつもりだ?」

「それは教えられません」

「死にたいのか」


 本当に殺そうかと思った。ゼフォンの背後に魔力のくさびを作る。つぎにふざけたことを言ったらそれで貫くつもりだった。


「いえいえいえ、滅相もございません。ただ、わたくしの協力はルーさまもなにが起こるかわからない方が好ましいのです。相手は百戦錬磨の竜皇です。ルーさまが事前になにが起こるかわかっていた場合、どうしてもそれが挙動にあらわれてしまいます。あのガロンディードならば、そのわずかな動きで違和感を察知するかもしれません。それを避けるためでございます」


 ルーはゼフォンの仮面を凝視する。そこからはなんの感情も読み取れない。


「それとも、ルーさまはわたくしがなにをするかわかっていないと、ガロンディードに挑めないと?」

「そんなことはない。おまえが本当に役立つか疑っているだけだ」

「ご安心ください。わたくしは絶対にルーさまが有利になるように動きます。それで、いつお挑みになるつもりで?」

「明日だ」


 ゼフォンはわざとらしい大仰な身振りをする。


「それはずいぶん急なお話で。なにかございましたか?」

「なにもない。明日じゃ協力できないとでも言うのか?」

「いえ、そんなことはありません。クランガの周辺で戦ってくれれば、然るべきタイミングでご協力しますよ」

「ふざけたことをしたら、おまえは殺すからな」

「肝に銘じておきます」

「じゃあ明日だ」


 ルーはそれだけ言ってゼフォンの背後に作っていた魔力のくさびを消した。

 きびすを返し、通ってきた転移門に戻る。


 どちらにせよ、この一件が終わったらあの魔族は処分する気になっていた。


 ルーの勘だが、あいつは絶対に悪いやつだと思う。それにあいつはガロンの殺害が目的なのだ。ルーはガロンに勝つつもりはあっても殺すつもりはない。

 もしあの魔族がガロンを直接狙うならば、ルーは迷わず魔族を消すつもりであった。


 ルーはこころのどこかでは、自分がおかしなことをしていると気付いていた。


 魔族の手を借りて勝ったところでなにが最強なのかと、なんの意味があるのかと。

 ルーはそれに気付かないフリをしていた。


 あれだけ息巻いてもし負けたらどうなるのか、その先を考えるのはおそろしかった。


 ルーベリオンはガロンディードに勝たねばならないのだ。


 どんな手を使ってでも。


 絶対に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る