第49話 触れてはいけない場所


「ルーさん、せっかくだからそれ、つけてみませんか?」


 そう提案したのはリティシアだった。


「リティシアがつけてくれるのか?」

「はい、つけますよ」


 布団で座ったままの姿勢でいるルーに近づき、リティシアは黄色いリボンを受け取った。


 ルーの様子はどこかおかしかった。

 ガロンを追い出してから、リボンをじっと見つめて物思いにふけっている様子で、いつものような騒がしさは微塵もなかった。


 原因はわかっている。ガロンだ。


 ガロンはあろうことか挑戦を受けるなどと言い出した。あれにはリティシアも怒りを感じた。

 本当になにもわかっていないのかと疑問に思う。竜の感性なのか、それともガロンが個人的に鈍感なのかリティシアには判断がつかなかった。


 リティシアは座っているルーのうしろにまわる。

 さて、どういう髪型にするか。


 リティシアもこういったことは特別得意というわけでもないので、あまり複雑な髪型は作れない。

 方針を決めるにあたって、大人びていたり、落ち着いた雰囲気を作るというよりも、かわいらしい髪型にした方がルーは喜びそうな気がした。


 よし決めた。


 ルーの髪の毛を手に取る。髪の毛は細くつややかで非常に手触りがいい。リティシアはふと、ルーは竜の姿になったらどんな竜なのかと思った。


 左右それぞれの髪の毛を手際よく結っていく。耳の上あたりで髪の毛をまとめて束を作った。


「見てみましょうか」


 リティシアはルーを立ち上がらせて姿見の前まで連れて行った。

 ルーの今の髪型は、左右に分けられた髪がしっぽのように垂れ下がり、肩のあたりにかかっている状態だ。幼いこども向けの結い方という気もするが、ルーには似合っていて非常にかわいらしかった。


「どうです?」


 ルーはすこし呆けたような顔をしつつも、


「いいと思う、ルーは気に入った」

「うん、わたしもとってもかわいいと思いますよ」


 ルーは姿見をみて嬉しそうにしているが、それでもどこか心ここにあらずといった印象が拭えなかった。


「ルーさん、ちょっとお話しましょうか」

「おはなし?」


 ルーを連れて布団まで戻った。リティシアはルーと向き合うように座る。


「女の子同士の内緒のお話です」


 問題は、竜の見栄だった。ルーもガロンも見栄っ張りで、そこから妙なことになっている。

 ガロンに対してなにか言ってみた場合、どういう反応があるかわからない。ガロン側がルーのことを理解したとしても、ルーの方がすなおにならない可能性が高いとリティシアは考えた。


 だからまずルーをどうにかすべきなのだ。ルーさえすなおになればすべてがうまくいくはずだ。

 リティシアはどこから話すべきかまよった。


「なんだ、内緒のお話って」

「えーとですね」


 いきなり核心に迫るか、それとも少し遠回りしたほうがいいか。リティシアは悩んだ挙げ句後者を選んだ。


「ルーさんは、なんでさっきの挑戦をうけるって話をことわったんですか?」


 ルーが身体を左右にゆすりはじめた。その動きのせいで、左右に結った髪の毛がふりふりと揺れている。


「それは、リボンをくれたガロンを今すぐぼこぼこにしたら恩知らずだからだ。だから勘弁してやった。ガロンにもそう言ったぞ」

「嘘ですよね?」

「嘘じゃない」


 リティシアはちいさく息を吐く。想定していたことだが、やはりルーはすなおに認めなかった。


「ルーさん、すなおがいちばんですよ」

「なにがだ?」


 ルーは首をかしげる。


「ルーさんは、本当はガロンさんと戦いたいわけじゃないんですよね?」


 ルーは、唇を結んだまま無言。


「ガロンさんの近くにいたいから、わざわざここまで来たんですよね?」

「言っているいみがわからない」

「ルーさん、もういちど言いますよ。すなおがいちばんです。本気ですなおな気持ちを伝えれば、相手は嫌がったりしません」


 リティシアは諭すように言う。

 それをきくルーの瞳には、いつのまにか戦意ともとれる光が宿っていた。

 リティシアはそれに気付いていなかった。


「だから、戦いたいなんて言わずに、ただ一緒にいたいって伝えれば、ガロンさんは一緒にいてくれると思いますよ?」

「ちがう!!!!」


 ルーがいきなり立ち上がって叫んだ。

 座っているリティシアを見下すようににらみつける。


「ルーはガロンと戦いたいだけだ!! でもあいつが戦わないっていうからこうして戦う気になるまで待ってただけだ!!」

「でも、さっきは断ったじゃないですか!」


 リティシアもルーの怒気に触発されたのか、思いがけぬほど強い口調で言ってしまった。


「それはやられるガロンが哀れに思ったからだ。ルーはガロンと戦うつもりがある! そのためにわざわざこんなへんぴなところまできた!!」


 感情にまかせて言い返したいところを、リティシアはなんとか抑えた。

 リティシアの目的はルーとガロンの仲をとりもつことであり、ルーを言い負かすことではない。

 リティシアは目をつぶり、二回深呼吸をする。それから言った。


「ルーさんやめましょう。本気でガロンさんと戦うつもりですか? そんなの意味ないでしょう?」

「意味はある、ルーがガロンをたおして最強の竜になる」

「ルーさん、わたしはルーさんのことも、ガロンさんのことも好きです。だからふたりに戦ってほしくないんです」


 ルーはリティシアをじっと見ている。


「ルーさんがすなおになれば、きっと毎日こうして楽しく過ごせますよ?」


 リティシアは、竜のプライドというものを甘く見ていた。


「たのしくなんてない」


 ルーの口調は、なにかの覚悟を決めたような音を帯びていた。


「ルーは、ガロンと戦うためにここに来た。別に一緒にいたいわけじゃない」


 それはまるで、自らに言いきかせているようにきこえた。


「そんなにうたがうなら証明してやる」


 ルーが部屋の扉まで、ヤケになっているような足取りで進む。


「ちょっとまってくださいルーさん!!」


 ルーはリティシアの制止も聞かず、扉を勢いよく開けて部屋を出ていった。


 リティシアはあわててルーを追いかけたが、部屋の外にはもうルーの姿はなかった。

 まさか今ガロンに挑みに行ったのかと思い、ガロンの部屋まで行ったがルーはいなかった。


 

 その日ルーは姿を消した。




 

 竜は非常に強い生物であるが故に、そもそも死亡することがすくない。


 病気にはまずならず、戦いで負けることもすくなく、寿命はきわめて長い。


 そうなると、その死亡率は低く、死因もかなり限られることになる。


 だれが言い出した話かは知らないが、竜の死亡の原因に関してはこういう話がある。



 竜の死因の三割は、そのプライドによるものである、と。

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