第48話 黄色いリボン
議題は、ルーになにを贈れば喜ぶか、だった。
男三人が真っ昼間の居酒屋で顔をつきあわせて議論している。
酒を飲めばアイデアが出るとでも思っているのか、机の上には空いた酒瓶が二本も置かれていた。
いるのはガロンと、イーノックと、リヒターだけだ。
リティシアとルーがどうしているかといえば、二日酔いで死んでいた。結果、翌日になったらすぐ別の宿をとってそこで休ませるという措置がとられた。
そうなるとガロンには時間ができる。時間ができたからには何かをしなければならないと考えた。
昨日のルーの言葉を思い出す。リティシアにだけずるい、ルーも欲しい、そう言っていた。
酔っ払いの戯言と言えばそうかもしれないが、酒の礼をしたいとガロンが思ったのは本当だ。
はじめはガロンひとりでなにを贈るか決めようとしたが、なにを贈れば喜ばれるのか皆目見当もつかなかった。
そういうわけで暇そうだったイーノックとリヒターに声をかけたのである。
三人は酒とつまみをちびちびとやりながら意見を出し合っている。
リヒターの意見は、気持ちのこもったものを重視せよというものだった。ルーは貴族の令嬢ゆえに金銭的な価値を求めないだろう。そうなれば高価な品よりも、ガロンが良いと考え、ルーが愛着を持ってくれそうな品を選ぶのが一番であると主張した。
貴族というのは嘘なのだが、その他の部分は至極真っ当に聞こえた。聞こえたのだが、コイツの口からまともな意見が出るとなんだか微妙な気分になるのはなぜだろうか。
イーノックの意見は、こどもなのだからおもちゃがよかろうと言う話だった。観光地特有のおもちゃでも買えばこどもは満足する。観光地ならではの珍しいものであれば旅の思い出にもなって、リヒターがいう愛着をもつに値する品になるだろうとのことだ。
ガロンとしては食い物がいいのではと考えたのだが、イーノックとリヒターはその意見を強く否定した。ガロンは酒をもらって嬉しかったわけだし、ふたりも一緒に酒を楽しんだはずなのに、それを否定されるのはなんだか納得がいかなかった。
結局、酒瓶の三本目がなくなるころには、食べ物は完全に却下され、思い出になりそうな品を探す、という一応の結論が出た。
三人はおもちゃ屋から攻めた。
おもちゃ屋といっても観光地である以上はおもちゃ屋兼みやげ屋であった。
置いてある品は定番のおもちゃというよりも、観光地ならではと思われるものから、東の文化のなにかと思しきおもちゃが数多く見られた。
ガロンはおもちゃを一通り見てみるが、ピンとくるものはなかった。人間のおもちゃはよくわからないものが多い。ガロンがそう感じるのだから同じ竜であるルーも関心を持たないのではという気がする。
思えばルーと一緒に行動してからも、ルーは玩具や遊具に興味を示している様子をあまり見たことはない気がする。それよりも食い物に関心を示していることの方が圧倒的に記憶に残っている。
やはりふたりの意見よりも、ガロンの食い物説のほうが正しいのではという気がしてきた。必ずしも助言が正しいとは限らない。そのうえ助言を仰いだふたりはイーノックとリヒターである。
「ガロンさん、こういうのはどうスか?」
リヒターがぬいぐるみを抱えてやってきた。虎をかわいらしく変形させたものらしい。
そのぬいぐるみをルーが抱えているところを想像してみる。いいかもしれない。
しかし、ルーがこういったものを本当に好むのかは疑問は残る。手放しで喜ぶような気もするし、「ルーは大人だばかにするな」と一蹴しそうな気もする。
「うーん…… あいつはこういうのは好きかわらかんなぁ」
それからもおもちゃ屋をしばらく見てはいたが、これだ! というものはついぞ見つからなかった。
何も買わずに店を出る。
その次は服屋を攻めた。
ルーはガロンと同じく、服を魔法で生成している。そうなると実物の服の実用性はゼロである。その上竜の姿に戻ったら着られないという点まで考慮すればマイナスかもしれない。
ただ、ルーはかわいいものが好き、というのは間違いない。リティシアの髪飾りを羨ましがったということは、そういった自分を飾るものに興味を示している可能性があるからだ。
三人は服屋の女児服がある区画に踏み込んだ。色鮮やかな服がいくつもいくつも飾られている。東風の服が中心であったが、標準的な服もあり、ここで探せばなにかしら見つかる気はした。
ルーのユカタ姿を思い返すに、東風の服というのは面白いかもしれない。本人もそれなりに気に入りそうな予感はする。
しばらく女児服を物色していると、ガロンは肩を叩かれた。
イーノックか、それともリヒターかと思ったが、肩を叩いたのは知らない男であった。
その男の胸元には領警のバッジがある。
男のうしろでは、イーノックとリヒターが気まずそうな顔をしている。
考えてみれば当たり前な話ではあった。
イーノックもリヒターも千鳥足とは言わないが、それなりに酒がまわり顔が紅潮している。
ガロンに変化はないが、酒の匂いだけはしている。
ここで問題だ。
酒びたりと思しき強面のおっさんとチンピラが女児服売り場をうろついていたらどうなるか。
もちろん通報された。
店の外に出され、何をしていたのか問いただされる。
「知り合いの女の子に贈り物を選んでいた」
と正直に答えたが、領警の男は信用していないようであった。
結局、女児服売り場にはこれ以上近づかないように注意を受け、ガロンたちは開放された。
開放されたガロンたちは移動しながら、だれが一番人相がわるいかという議論を始める。
最後にたどり着いたのは装飾品の店だった。
店全体が古風で落ち着いた雰囲気をしていた。古い木造の建物で、この店も東風の装いをしているが、他の店とはどこか違った印象を受けた。
他の店が独自の解釈を混じえた東風なのに対して、この店にはそういったものがなく、純粋に東の文化を受け継いでいるようなきがするのだ。
素朴で、どこか寂しい、それでいて落ち着いた非常に調和がとれた空間。それがガロンのこの店に入ったときの感想だ。
店にはメガネをかけた老婆がひとり。
ガロンたちが店に入っても「いらっしゃい」とだけ言って番台に座っている。
「いいんじゃないですか? ここ」
とイーノック。
ガロンの直感と一致する意見だった。
装飾品といっても、金属や宝石を散りばめたものではなく、木製の髪飾りだったり、きれいな色の帯だったりが中心だった。
ガロンは置いてある品々を、店の左側から順に目を通していく。
髪飾りは木彫りの細工ではあったが、ガロンの目には下手な金属細工よりはるかに美しくうつった。それらは派手なものではなく、あくまでも身につけるものを引き立てようとする意思を感じさせた。
髪飾りの中にも気になるものは多かったが、それだとリティシアの髪飾りとかぶってしまうように思えた。
店の右側に目をうつす。そちら側は布製品が占めていた。服の素材として売っているものが多いのかもしれない。
どの布も落ち着いた色合いながら鮮やかさを感じさせる。飾られた布を見ていると、なにかの芸術鑑賞でもしているようだ。
布製品の区画を見ていると、ガロンの目に気になるものが入った。
布は布でも非常に細い布で、それは加工するというよりもリボンとして利用したり、あるいは服に対しての帯として使うものに思えた。
これだ。
これならば人間の姿でいるときには髪を結うのに使えるし、竜になっても角なりなんなりにつければ一応使える。
リボンといえば髪飾りより幼い印象を与えるかもしれないが、それこそルーにはうってつけだ。
ガロンはこれに決めた。
あとは色だけだった。
ガロンは熟考に熟考を重ね、薄い黄色をした布を手に取った。
「これはどう思う?」
ふたりに布を見せる。
「お、なかなかいいんじゃないですか?」
「いいじゃないスか! 絶対似合いますよ!」
面子はともかく、他からも同意を得て、ガロンは気を良くした。
ガロンは得意顔でリボンをそのまま番台に持っていき、老婆に代金を払う。
贈り物の準備はできた。ルーが狂喜乱舞する様を想像してガロンはニヤニヤする。
このふたりと行動を共にして、まともな成果が出たのははじめてかもしれない。
※
ガロンが扉をノックすると、中からリティシアの声が聞こえてきた。
「はい? どなたですか?」
「おれだ、はいっていいか?」
「ガロンさんですか、どうぞ」
中に入るとリティシアとルーは布団を敷いて横になっていた。
部屋の大きさは日の出湯のときと同じ程度だが、調度品などに大きな差がみてとれた。その雰囲気のせいか、こちらの方が部屋としては全体的に安っぽく見える。
リティシアとルーはまだ二日酔いが冷めきらないのか、どこか気の抜けたような顔をしていた。
「体調はどうだ?」
「だいぶよくなりました」
「う――――…… ルーはまだ頭が痛い。酒は悪いものだ」
「そうか、朝よりマシなようでなによりだ」
朝の様子はひどかった。ふたりともゾンビのようで見れたものではなく、ほかに宿をとる以上の選択肢がなかったほどだ。
「ところで、ルーにいいものをやる」
「いいもの?」
ルーが不思議そうにガロンを見る。
ガロンはその手に持っていたリボンを差し出した。
「わーきれいですねー!」
リティシアのほうが先に反応した。
ルーはリボンをじっと見て固まっている。
「これ、ルーにくれるのか?」
「おまえがなにかくれと言ったんだろ」
「言ってない」
「言っ……」
た、と続くはずだった言葉は途切れた。リティシアがガロンのことをものすごい目で見ていたからだ。
「とにかく、これは酒の礼だ」
リボンを再度差し出すと、ルーが受け取った。
ルーは渡されたリボンを見つめている。
ガロンは、ルーが大喜びすると思っていたのだが、予想とは反応が違った。
それからルーがちいさな声で、
「ありがと……」
とだけ言った。
本当に喜んでもらえたのだろうかとガロンは不安になる。ガロンが想像していたルーは、ぴょんぴょん跳び回りながら大騒ぎするものだった。
もしや贈り物が足りないのかもしれない、ガロンはそう思った。
そこでガロンは天才的なひらめきをした。ガロンにはまだルーに与えられるものがある。
ガロンは言った。
「それと、おまえの挑戦を受けてやる。ただし竜の姿で、だ」
それを聞いたルーはガロンの見たことがない顔をした。ふだんのはつらつさからは想像もできないような、一切の感情が抜け落ちた表情。
ルーがそんな表情をしたのも一瞬だった。もしかしたら見間違いだったのかもしれない。
ルーはすぐにいつもの生意気そうな顔を取り戻し、
「いまはいい。リボンの礼に、今はぼこぼこにしないでやる」
「なんだそりゃ、戦ってやるんだぞ?」
リティシアがなぜかガロンをにらんでいた。
「ガロンさんはちょっと出てください」
リティシアが立ち上がり、ガロンのことを押して部屋から出そうとする。
ガロンは抵抗すべきかわからず、そのまま部屋の外にだされてしまう。
扉ごしに夕食の時間だけを伝えられる。
いったいなんなのだとガロンは不満だった。
かといって再度踏み込むわけにもいかず、納得のいかぬままガロンは部屋へと戻っていく。
※
誤解がないように言っておくが、ガロンはまったくの善意だった。
本気でルーに喜んでほしいという気持ちが、そこにはたしかにあった。
ただし、善意が必ずしも良い結果を生むとは限らない。
言葉ひとつで、すべてが狂い始めることもあるのだ。
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