第47話 ほんとうに望むもの


 晩飯はガロンの部屋で食べることになった。

 ガロンと、リティシアと、ルーの三人は夕食のためにガロンの部屋に集まっていた。

 

 部屋は可もなく不可もなしといった程度の広さで、三人入っても狭いとは感じなかった。調度品は東風のもので統一されていて、室内は独特の雰囲気を持っている。床も植物を編んだものと思しき変わった素材でできていた。


 ガロンは床の踏み心地が柔らかくて少し不安な気もしたが、草の芳しい匂いが部屋を満たすのが気に入った。


 低いテーブルが部屋の中央に置いてあり、床に置いたクッションのようなものに座って食事をするらしい。

 部屋にベッドが見当たらないのは、寝る時間になったら机を部屋の隅によせて、布団を床に敷いて寝るからだそうだ。変わった文化だとガロンは思う。


 テーブルにはもう食事が運ばれていた。ガロンとリティシアとルーの三人分だ。

 食事は高級宿らしく様々な料理が彩り鮮やかに盛られている。特に目を引くのは魚料理で、船をかたどった木皿に乗った魚の切り身がメインディッシュであるようだった。


 魚、というとガロンは嫌なことを思い出すのだが、気分が壊れるのでつとめて忘れようとした。

 テーブルにはガロンが部屋の奥側にひとり、その反対側にはリティシアとルーが座っている。


 注目すべきはふたりの格好だ。

 ふたりは『ユカタ』を着ていた。東の大陸の寝巻きらしい。上下一体化した一枚布の服を帯で巻きつけるだけ、という変わった服だ。街でも似たような服装をしている人間を見かけた気はする。


 ふだんと違った格好だからそう思うのか、それとも単純に似合っているのかわからないが、ふたりの姿を見てガロンは「いいですね」という気分になった。

 ユカタ姿のルーは待ちきれないといった様子で料理に目を奪われている。


「まだか? まだ食べちゃだめか?」

「じゃあ食うか」

「はい!」


 ガロンは魚の切り身をフォークで刺し、タレにつけて口に運んだ。

 ぷりぷりの身にタレが絡んでおそろしくうまい。湖の魚なのに泥くささがまったくないのも不思議だった。


 リティシアも魚を口に含んで頬をほころばせている。どうやらお気にめしたらしい。

 ルーはといえば、まだ魚を食べられていなかった。


「むーーーー」


 と不満げな声をあげて、魚をとるのに苦戦している。

 理由は、ルーが木の串を使っているからだ。給仕から説明があったが、これも東の文化らしい。二本の木の串を使い、それで挟んでものを食べるのだそうだ。


 もちろんそれを使わなくてもいいようにフォークなどの使い慣れた食器も一緒に並んでいた。

 ルーは見栄を張って使ってみようとしたはいいが、やはりというか食べるのに手間取っているようだった。


 結局ルーは二本の串で挟むのではなく、串を魚の切り身に突き刺して食べた。

 満足そうな笑みを浮かべて、


「うまいな!」


 とルーは言った。


 うまいものを食べると会話が減る。


 三人で卓を囲んでいるというのに、今までにないくらい会話すくなく食事はすすむ。

 ある会話といえば「それとってください」とタレを催促する声くらいなものだ。


 ガロンも夢中で食べている。それにしてもうまい。これだけ食事がうまいと酒もどんどん進む。

 ルーにもらった酒はガロンの側に置かれており、まだそれなりの量を残していた。

 ガロンは小さな杯に酒を注いで、クイッと一口やる。初めのうちは杯が小さいようにも感じたが、慣れてみるとこういった小さい杯で酒を楽しむのもオツなものだとガロンは思い始めていた。

 ルーがガロンの飲む様子をじっと見ていた。


「どうした? ルーもいっぱいやるか?」


 ガロンとしては冗談のつもりであった。


「飲む」


 ルーは意外にもそう答えた。

 ガロンは杯に一口分の酒を注いでルーに渡してやった。


「ちょ、ちょっとガロンさん! ルーさんに飲ませちゃダメでしょ!?」

「なぜだ?」

「だってルーさんはこども……」


 リティシアは杯に口をつけようとするルーを見て、「こどもなんだろうか?」という顔をする。


「ルーは大人だぞ」


 ルーがクイッといっぱいやる。


 にが。


 ルーの顔にはそう書いてあった。しかしルーは、


「うまい」


 と言った。


「うまいだろ。ルーからもらったコイツはかなり具合がいい。ほらもういっぱい飲め」


 ガロンは面白がってもういっぱいついでやる。

 ルーは追加される酒を見て信じられないものを見るような目をしていたが、ガロンを一瞥してから再びグイッと一口いった。


 今度は苦そうな顔をせずに頷く。

 ルーが手を伸ばして酒瓶をとった。そこから自分の杯にもう一杯注いで、リティシアに渡した。


「リティシアも飲め。大人は酒を飲むものだぞ!」


 リティシアはそれをみて渋い顔をしていたが、観念したのか渋面は笑顔に変わった。リティシアが杯を受け取る。リティシアは自分から飲むことはないが、付き合いで飲むことがあるのはガロンも知っていた。


 リティシアは上品な所作で杯をかたむけて酒を飲んだ。東の衣服とあいまってか、その様はガロンには不思議なほど優雅にうつった。


「ずいぶん強いお酒ですね、これ」


 リティシアが大きく息を吐く。


「ルーには弱いくらいだ」


 そういうルーの顔はすでに赤くなりはじめていた。なんの見栄を張っているのか、ルーが再び酒を注いで口にした。


「リティシアももっと飲め!」

「うーん、まあこういう席ですし、ちょっとは飲みますか」


 リティシアもさらに一杯飲んだ。


 ガロンは嫌な予感がしていた。


 『竜殺し』はかなり強い酒である。

 リティシアは酒を飲むが、決して強い方ではない。ルーに関しては未知数だが、見ているかぎり竜にあるまじき弱さを感じさせる気配はある。


 そこからは、リティシアとルーもがんがん酒を飲んだ。

 ガロンのように食事をいくらか食べて一杯という手順を繰り返している。


 食事はみるみるうちになくなり、いくらもしないうちにすべての皿は空になった。


 食事を終えたルーは、いつも以上にリティシアにひっついて、リティシアのお腹をポンポンと叩いて遊んでいた。


 リティシアの方はといえば、顔は真っ赤で、じとっとした目で、なぜか機嫌が悪そうであった。

 しかもガロンの方を見ている。


 リティシアが突然立ち上がり、テーブルの横へと移動して言った。


「ガロンさんっ! ちょっとそこに座ってください!」


 リティシアが目の前の床を示した。


「いや、なんだいきなり」

「いいからっ!」


 リティシアの口調は険しく、逆らっていいことはなさそうな気はした。

 ガロンは大人しくリティシアの前に座る。


「ガロンさん、わたしがなにを言いたいかわかりますか?」

「いやまったく」

 

 リティシアはそれを聞いて嘆かわしいと言いたげに首を横に振る。

 いつの間にかルーもリティシアの横に座って、眠そうな瞳でガロンを見ている。


「わたしは常々言いたいと思ってたんです」


 これは完全に酔っているなとガロンは思った。酔っ払い相手には適当に合わせておくに限る。


「なんだ」

「ガロンさんはお金の使い方をもう少し考えるべきです!!」

「そうだそうだー」


 ルーが眠く気怠げな口調で言う。


「ガロンさんが使うものといえば、宿代に食事代に酒代だけなのに、どうしてこんなにお金が貯まらないんですか!」


 どうして、と言われても、ガロンとしてはそれなりに貯まっているつもりでいる。


「それはお酒です!!」

 

 リティシアが力強く言う。

 それをきいたルーは酒瓶を手にし、残り少ない竜殺しを杯に注ぎ、リティシアに渡した。

 リティシアはそれを一気に飲み干して息を吐く。


「こんなものを飲んでるからお金が貯まらないんです! すこしは我慢してください!」

「そうだそうだー」


 とルー。

 酔っ払いの相手をまともにしても意味はない。どうせ明日になれば忘れているのだ。


「わかった」


 ガロンは思い切り嘘をついた。


「よろしいです」


 リティシアは真っ赤な顔をしながら満足そうに頷き、ルーから新たに渡された杯を傾ける。飲みすぎではないだろうかとガロンは心配になってきた。


「次はルーさんです。はい!」


 ルーはリティシアに促されて立ち上がり、何をすればいいかわからないといった顔でリティシアを見ている。


「ルーさんもガロンさんに言いたいことがあるでしょ? 今日は言っちゃっていいですよ」


 どこでそんなルールができたのか、ガロンとしてはつっこみたいところではあったが、言ったところで無駄という気はした。

 ルーがリティシアから杯を渡されて飲む。にがそうな顔をする。

 それからルーはガロンに向き合って言った。


「ガロンは! ガロンは……」


 そこまで言ってルーの言葉に勢いがなくなり、リティシアの方を見る。その様は、なにか間違っているのではないか不安になり、母の様子をうかがうこどものようであった。

 リティシアが真っ赤な顔で力強く頷く。ガロンから見たらなんの説得力もない頷きではあったが、それはルーの力になったようだ。


「ガロンはもっとルーにやさしくしろ!!!!」


 なにを言ってるんだコイツは。


「そうだそうだー」


 とリティシア。


「それから、それから、リティシアにだけいいの買ってずるいぞー!! ルーも欲しいーーーー!!」


 何の話か、ガロンにはわからなかった。だからこう聞いた。


「なんの話だ」

「髪飾りとブローチですよ! あれ、ブローチだけ? なんでしたっけ?」


 リティシアの酔いは加速しているようで、目をくるくるさせながら言う。


「ルーもなにかが欲しいのか?」

「欲しい!」


 ガロンは酒瓶に目をやる。ルーからの贈り物はガロンを十分満足させた。それは礼をするに値するものだった。


「いいぞ」


 ルーの眠そうな目が、一瞬だけ大きく開かれた。

 リティシアがルーに向けて手をかがけている。ルーが気付くとふたりはハイタッチをした。


「それからそれからー……」


 まだあるのか、とガロンは少々うんざりする。

 さらに要求することといえば、どうせ決闘だろう。ガロンはそう考えていたが、ルーの口から出てきたのは別の言葉だった。


「ひざまくらをしろ」


 ガロンの返事を待たずに、ルーはあぶなかっしい足取りで近づいてきた。ルーは座っているガロンの膝に頭をのせて横になる。


 ルーがそれきり動かなくなり、すぐに静かな寝息が聞こえ始めた。


 リティシアに助けを求めようとしたが、いつの間にかリティシアも床につっぷして寝ていた。


 ガロンはどうしていいかわからず、給仕がくるまでそのままでいた。



 決闘をしろという要求は、ついぞなかった。





 ルーはガロンの膝の上で、夢とうつつの狭間にいた。


 酔った頭で、今日もたのしい一日だったと振り返っている。


 最近はまいにちがたのしくて、いいことしかない。


 ガロンもリティシアもいてさびしくもない。


 ルーはぼんやりと、意識と無意識の間でそんなことを考えている。


 ルーは、夢の世界に旅立つ前に思う。


 ルーはどうしてここに来たんだっけ……?

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