第43話 氷菓子


 リティシアには自信があった。


 ルーはだいたいなんでもうまいと言って食べる。

 だからなにを食べさせても失敗はしないという確信はあった。

 

 ルーがなんでもうまいと感じるのは味覚に問題があるから、というわけではなさそうだった。そのうまいにもどうやら差があるのだ。

 ルーとはまだ付き合いは浅いが、色々なものを食べたているときの反応をみるに『うまい』と『めちゃくちゃうまい』がある。

 そしてその傾向も、リティシアはある程度つかんでいた。


 あまいもの、である。

 ルーはあまいものが大好きなのだ。あまいものを口にしたときの反応は露骨にちがう。


 だからリティシアはこの店を選んだ。

 店の看板には『氷菓子 魔法協会直営』とある。


 店の装いは東の文化を真似たものらしかった。木造の古びた建物で、横に開ける形式の入り口は開かれたままだ。入り口には、その半分が隠れるような布が垂れ下がっていた。


「ここはなんの店だ?」

「それは中に入ってのお楽しみです」


 ふたりは店に入り、給仕に案内されて中程の席についた。

 店の中で特徴的なのは、席ごとに仕切りがあることだった。テーブルとテーブルを仕切るように、木でできた板が立っているのだ。これならば他の席の客も気になりにくい。

 これも東の文化なのか、それとも店独自の配慮なのかはわからなかったが、リティシアはこれを気に入った。


 ルーがテーブルの向かいに座って足をぶらぶらとさせている。

 リティシアはテーブルに貼ってあるメニューに目をはしらせ、氷菓子をふたつ注文した。

 給仕が「少々お待ちください」と言って席をはなれ、「氷菓子二丁!!」という威勢のよい声が店内に響く。


「こおりがし? なんだそれは」


 ルーが不思議そうな顔をする。


「その名のとおり、氷のお菓子ですよ」


 ルーはそう聞いてもまったくイメージできないようで、余計に困惑しているように見える。リティシアはそんなルーの様子がかわいくて、いじわるしたくなってしまう。


「あんまりおいしそうじゃない……」

「きてみてからのお楽しみ、ちゃんとおいしいですから」


 たしかにリティシアもいきなり氷菓子ときいたら何もイメージできなかっただろう。

 大きな氷を粉状に削り、それに好みのシロップをかけて食べる菓子だ。元が東の大陸由来のたべもの、という話はリティシアもクランガに来るまではしらなかった。


 リティシアがはじめて氷菓子を食べたのは、魔法学校時代の学祭だ。魔法学校ならではの出し物と言えば魔法をつかったものになり、魔法をつかった食べ物といえば氷菓子なのだ。

 学祭の時期になると、水術に適正があり氷が作れる術師は食い物屋の主役だった。リティシアは学校時代を思い出し、すこし懐かしくなる。


「なあ、まだか?」


 ルーはおいしそうじゃないといった割にはそれなりに楽しみなようで、厨房のほうに目をやって落ち着きがない。


 しばらくして給仕が来た。


 黒塗りの変わったトレイがテーブルに置かれる。

 トレイの上には、ふたつの氷菓子があった。

 その上には、真っ赤なシロップがかけられている。


「なんだこれは!?」


 ルーが目をキラキラさせる。


「これが氷菓子ですよ。どうぞ召し上がれ」


 ルーがスプーンを手にし、氷とシロップの境目にスプーンを差し込んだ。そのまま氷をすくい、口へと運ぶ。

 リティシアには、ルーが何かを言う前から、どう感じたのかわかった。ルーの目がキラキラとしている。


「うまいな!? こおりなのにうまいぞ!!」


 ルーは次から次に氷をすくっては口に運ぶ。

 まって、そんなに急に食べると、リティシアがそう忠告しようとする前に、危惧していたことが起こった。


「ぬあああああああああああああああああ!!」


 ルーが頭を抱えて叫んだ。頭を振ってもだえている。

 周囲からは客のくすくす笑いがきこえた。しかし、その笑い声はルーを馬鹿にするというよりも、微笑ましいものをみたときの笑いにきこえた。


 リティシアもすこし笑いそうになって口元を抑える。リティシアの内心は心配もあったが、竜もああなるんだ、という関心のほうがつよかった。


 痛みが落ち着いたのか、ルーが氷菓子を親の敵のような目でにらんでいる。それでも、その目はすぐにとろんとしたものになり、ルーはふたたび氷菓子を食べ始めた。


 それを見てリティシアも氷菓子に手をつける。うん、おいしい。学祭以外で氷菓子を食べたのは始めてだが、やはり本格的な店のほうがおいしい気がする。

 雰囲気の問題なのか、それとも氷をつくった術師の腕やシロップの質が大きいのか、両方が関わっていそうな気はした。


 ルーはあっという間に氷菓子をたいらげてしまった。口のまわりに舌をはわせて、いじきたなくシロップを舐めている。

 リティシアもすぐに食べ終わってしまった。

 ふたりが食べ終わったタイミングで、給仕がお茶を持ってきた。


「注文してないですよ?」

「ああ、このお茶はサービスですよ。それとこれ」


 給仕は二枚の紙を取り出した。


「今日の金酒杯がおわったあとくじ引きをやるんで、よかったら参加してみてください」


 給仕が持ってきたお茶は緑色をしていた。湯気が立っていたのでリティシアは飲むのをためらう。見たこともないお茶である以上これも東の文化なのだろうが、これを真夏に出すのは間違っているのではという気になる。


「にが……」


 ルーは一口だけお茶を口にして、すぐにコップを置いた。


「氷菓子はおいしかったですか?」

「うまかった! ルーはこおりを見直したぞ」

「そうですか、じゃあうまいものを食べさせるは合格ですね?」

「うん!」


 ルーは元気よく言う。

 リティシアもお茶が冷めるまで待ってから飲んでみたが、たしかに苦かった。

 ルーがお茶を飲んだリティシアの表情を見てくふふと笑う。


 さて、次はどこへ行こうか、そう考えならリティシアがルーを見ると、ルーはつけてあげた髪飾りをもてあそんでいた。


「もしかして、邪魔でしたか?」

「いや? これはかわいいからルーは好きだ」

「うん、とっても似合ってますよ」


 それをきいてルーがにっこりと笑う。その姿はほんとうにかわいいと思う。


「なあ、なんでこれが大切なんだ?」


 ルーは髪飾りを触りながら言う。


「え、と、それは……」


 言いにくいような気もしたが、隠すのもなんだかおかしな気はした。


「ガロンさんからもらったんです」

「ガロンから? ルーはもらったことないぞ?」


 その顔には、口には出さずとも羨ましいと書いてあった。


「頼めばルーさんにも何か買ってくれると思いますよ?」


 まず買うだろうとリティシアは思う。ガロンはなんだかんだ言いつつも、ルーを相当かわいがっている。

 本人は隠しているつもりなのかもしれないが、リティシアからすればバレバレだった。

 ルーはそれを聞いて、身体をぐるぐるとまわすおかしな素振りをする。


「いや、ルーはガロンになんてもらわん」


 それから、ルーが何かを閃いたようにパッと顔を輝かせた。


「むしろ、ルーがガロンになにかやる。ルーは大物だからな」

「え、なんでです?」

「ガロンは今も人の世のために動いてるわけだな? それならルーはねぎらってやろうと思う」


 それはどうかな、とリティシアは思う。何かしら金のために努力しているのは間違いなさそうだが、人の世のためになることをしているかと言えばかなり怪しいところだ。


 しかし、ガロンをねぎらうなんて発想が出るあたり、ルーは本当にいい子だとリティシアは思う。はじめにガロンに挑んだときはいったいどうしようかと慌てたが、今はもうなにも心配していない。


 ルーにはもともと、ガロンと本気で戦う気などないのだ。リティシアはそれについて確信がある。


 ガロンに挑むというのはルーなりの照れ隠しなのだろう。本当はガロンと一緒にいたいだけなのだ。

 ガロンもガロンで、ルーのことをかわいがっているくせに、表にはそれを出さないようにしている。

 すなおが一番なのに、とリティシアは思う。まあ、そこらへんは竜のプライドというものがあるのかもしれない。


「リティシアも手伝ってくれ、これからガロンにわたす何かを探す」


 リティシアは、できるだけそんなルーの力になってあげたいと考えていた。


「わかりました、じゃあ午後はガロンさんへのお土産を探しましょう」

 

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