第42話 おそろい


 ときをすこし遡る。


 リティシアたちはガロンと別れたあと、二件目の宿の予約を無事に取りおえて、きょう泊まる宿まで戻っていた。


 リティシアは荷物をあさり、ルーはベッドの上でごろごろとしている。

 ガロンさん大丈夫かな、リティシアはそんなことを考えている。


 さきほどガロンが財布を見せながら口をパクパクさせていたのはつまり、金がないということだろう。

 それを素直にそう言わなかったのも、ルーへの見栄を張ってのものではないかと思う。


 素直に言ってくれればリティシアとていくらかお金を出すつもりはあるのだ。温泉郷に来たいと提案したのはそもそもリティシアなのだから。

 しかしガロンはそれを良しとしないだろう。ガロンの性格からして、リティシアが出すと言っても断られる確信があった。


 ガロンとルーを見ていてリティシアは気付いたことがある。竜は異常に見栄っ張りなのだ。

 もうすこし耳障りのいい言葉に置き換えるならば、誇り高いということになるのだろうか。


 ルーはあからさまに見栄を張るときがあるし、よくよく観察するとガロンにもそういった傾向は見られる。

 竜の死因の三割はプライドである、という冗談を耳にしたことはあるが、本物の竜をこうして身近に見ていると、あながち間違いではないのかもしれないと思わされる。

 

 リティシアは荷物から着替えを取り出す。リティシアの持っている唯一のそと行きの服だ。

 いつものローブを脱ぎ捨て、服を着替える。

 髪飾りとブローチはどうしたものか、そうルティシアが考えていると、ルーがベッドから起き上がって座る体勢になっていた。

 ルーはリティシアを見てニンマリわらう。


「リティシア! かわいいな!」


 リティシアは自分の顔が赤くなるのを自覚した。

 たしかにそと行きの服であり、おめかしなわけであるが、そうまで直球に言われるとリティシアとて照れてしまう。

 それにルーは絶対にお世辞は言わない。お世辞というものを知っているかも疑問がある。


 そうなるとかわいい、というのはルーの本心なのは間違いなく、本心でかわいいと言われるとやっぱりリティシアはどうしても恥ずかしくなってしまう。

 リティシアから見るとルーの方がずっとかわいいと思うのだが、ルーはリティシアのことをたびたびかわいいと言う。竜なりの感性なのかもしれない。


 そうだ、とリティシアは思った。

 鈴蘭の髪飾りとブローチを装飾入れの箱から取り出す。

 リティシアはなんだなんだと興味津々なルーに近づき、


「ちょっと動かないでくださいね」


 そう言いながら、ルーの髪に髪飾りをつけてやった。

 ルーは不思議そうな顔をしてつけられた髪飾りを見ようとするが、髪飾りのある方に顔を向けども髪飾りが見えるわけはない。

 ルーは左に顔を向けておかしな動き繰り返す。なんだか自分の尻尾を追いかける猫のようでリティシアは笑ってしまう。


 リティシアはルーを立たせ、部屋の壁にある姿見の前に立たせてやる。

 ルーの視線が姿見の中の髪飾りをじっと見つめる。


「かわいいな?」

「はい、かわいいですよ」

「くれるのか?」


 言われてリティシアは戸惑った。


「え、と、それは大切なものなのであげるのはちょっと。でもルーさんにも似合いそうだから、今日のお出かけはルーさんに付けてもらおうかと」

「大切なものか。それなら仕方ない」


 意外なほど潔く納得してくれて、リティシアは安堵した。

 リティシアもブローチを胸元につける。


「これでちょっぴりお揃いですね?」


 ルーがリティシアの服装を上から下までねめるように見る。

 そして、ルーの服装がぼやけたかと思うと、気付いたときには別の服装になっていた。

 その服装は、リティシアの装いをそのまま小さくしたように見えた。


「これでおそろいだな?」


 ルーが不敵な笑みを浮かべる。

 かわいい、が第一印象ではあったが、リティシアはすこし冷静になり、改めて竜の魔法の見事さに驚く。服を作り変える、というよりも服そのものが魔力で編んだものなのだ。


 もし人間がそれをやろうとすれば、よほど高位の術師であろうと半時も待たずに気絶するだろう。

 衣服を再現し、それを維持し続けるというのはそれほど難しいことだ。それに、ガロンやルーといると忘れてしまうが、今の人の姿とて同じ要領で作りだしているものなのだ。

 改めて竜が人間と次元の違う生物であると思い知らされる。


 とはいえ、目の前にいるのは、十歳くらいの、とてもかわいらしい女の子にしか見えない。

 ルーが姿見の自分を見ている。すると、ルーは嬉しさが溢れ出したようにぴょんぴょんと飛び跳ねて、


「かわいいな!?」


 リティシアはそれを見て頬が緩んでしまう。


「とってもかわいいですよ」


 ルーのぴょんぴょんが落ち着くまで、すこしかかった。

 それからリティシアの方を見つめてルーが言う。


「それで? 今日はどこに連れて行ってくれるんだ?」

「そうですねー、ルーさんは何がしたいですか?」


 ルーは身体を左右に揺らしている。ルーは考えるときはよくこういった動きをする。

 やがて、これだと言わんばかりの勢いで、


「ルーはうまいものが食べたい!」


 どこかで聞いたような言葉だった。

 リティシアは我慢しようとしたが笑いだしてしまった。


「なにがおかしいんだ? ルーはうまいものが食べたいぞ」

「い、いえ、何もおかしくないんですが」


 リティシアはもう自分が笑っていること自体がおもしろくなり始めてしまい、笑いを抑えるまで結構な時間がかかった。

 すこし前のことを思い出したからだ。


 ガロンと祭りにでかけたときのことを。

 あのときもリティシアはガロンに、どこへ行きたいかときいた気がする。


 そして、今と同じようにうまいものが食いたいとガロンは答えたのだ。

 リティシアは何度か深く息を吸って、なんとか笑いを押さえつけた。


「わかりました。それじゃあなにかおいしいものを食べに行きましょうか。きっと、ここなら珍しいものがありますよ」

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