第40話 予期せぬ再会


 ガロンと、リティシアと、ルーの三人は、クランガ温泉郷の目抜き通りを歩いている。

 ルーはゴキゲンな足取りで、リティシアもワクワクな足取りで、ガロンだけがトボトボな足取りで歩いている。


 ガロンたちがクランガ温泉郷についてからまずしたのは、宿の確保であった。


 リティシアの希望でクランガ温泉郷に滞在しているうち、一泊は奮発した宿にとまることが決定していた。

 そこから初日はまずふつうの宿に泊まることにして、二日目に奮発した宿に泊まる予定が立てられた。


 それ以降どれくらい滞在するかは二日目以降にまた考える。そういうことで方針は決まった。


 最初の宿でリティシアが予約を取っているとき、耳に入った値段にガロンは喫驚した。


 たっっっか。


 観光地、というのを完全にナメていた。


 ふつうの街にある宿よりは高かろう、とは考えていたが、いざその値段を目にすると、観光地の血も涙もない値段設定に恐怖する。

 最初の宿を出たあとに、何かの間違いではないかとリティシアに確認したが、観光地ではこれくらいの値段はあたりまえらしい。


「ちなみに、二日目に泊まる豪華な宿っていうのは一泊どれくらいなんだ」


 リティシアはすこし言いにくそうにしながら、


「え、と、今のところの三倍くらいですかね?」


 たっっっっっっっっっっっか。


 ヤバい。


 単純にヤバい。


 きついではなくヤバい。


 何せ払えないのだ。

 この金額を払ったら以降の生活が厳しくなる、とかそういった次元ではない。


 ガロンひとりが泊まるだけならばなんとかなる。それならば以降の厳しい生活から目を逸らすだけですむ話だ。


 しかし今はルーがいる。


 ルーはガロンを追ってここにきた同族である。

 そしてガロンは竜族の長である。いちおうは。


 そうなるとルーの滞在費はガロンが持つのが筋というものだ。ガロンにも竜族の長としての誇りがある。

 問題はその費用がないというところにある。

 どれだけ誇り高かろうとも、誇りで宿代は払えない。


 ガロンは自分の手持ちを思い出す。どう考えても二人分の宿泊費は足りない。

 最悪の場合はリティシアに借りるという手もあるかもしれないが、ガロンとしてはそれは避けたい。


 そうなればリティシアはルーの分を出すというに決まっているし、ガロンの分まで負担すると言いかねない予感がある。

 仮にその申し出を断ってリティシアから金を借りるにしても、ガロンは自分の百分の一も生きていない人間の少女から金を借りるわけだ。


 そんなことをすれば、ガロンの竜としての誇りは多角的にズタズタにされる。そうなったらもう立ち直れないかもしれない。それだけは避けたい。


 リティシアとルーは手をつないでガロンの先を歩いている。


 そんなガロンの気持ちを知らぬげに、ルーは異国風の街並を歩いて大興奮だ。

 リティシアもクランガ温泉郷についてからは終始ニコニコしている。


「あー、リティシア」


 リティシアが足を止め、その手に引っ張られてルーも歩みを止めた。


「? なんですか?」

「ちょっと今日は別行動でいいか?」

「え、何でですか?」


 ガロンはそこで言葉に詰まる。

 ルーがいる以上、金がないのでなんとかするために動きたい、と素直に言うわけにもいかない。

 かといってある程度納得の行く理由を示さねばリティシアは単独行動を許さない気がした。


 ガロンはとても苦しい手に出た。


 ルーからは死角になるように財布を取り出して、リティシアにだけ見せながら口をパクパクとさせる。

 それで察してくれたのか、リティシアがガロンを見てわずかに肩をすくめた。


「わかりました、じゃあわたしはルーさんと遊んでますね」

「なんでだ!? おしのびか?」


 ルーはえらくお忍びという言葉が気に入っているらしかった。

 そしてガロンは、ルーに対してお忍びと言えばなんでも納得させられるのを学んでいた。


「そうだ、お忍びだ」


 おれの財布の秩序を守るための、とはもちろん口には出さない。

 ルーは「おーーー」と関心したような声を出している。


「あんまり遅くならないでくださいよ」


 そう言われる声を背後に聞き、ガロンは返事代わりに片手を上げてリティシアたちと別れた。


 来た道を戻る。

 ガロンとて、無策というわけではない。


 ガロンはクランガ温泉郷の目抜き通りをひとり歩く。木造の変わった建物がまず目につく。道行く人は半分くらいが東の国のものと思われる服を着ている。

 涼しそうと言えば涼しそうだが、一枚布になっている服を布のベルトで縛っておくだけ、というのはどうなんだろうかと思う。

 近くにいたみやげ屋と思しき商人が、道行く人にかたっぱしから声をかけまくっている。威勢のいい口調は祭りにいた商人たちを思い出させた。


 ガロンは足をとめる。


 なんの変哲もない宿の入り口の横に、一枚の張り紙が張ってあった。


 張り紙にはこうある。


『急募!! 魔力に自信のある方募集!!』


 ひとつめの秘策はこれだ。


 依頼、というわけではなく普通の求人だ。

 仕事内容は、花火の打ち上げの手伝いだそうだ。


 花火というのはガロンも知っている。

 魔法で加工した火薬を空に打ち上げて破裂させる見世物だ。

 その爆発はかなり遠くの距離まで見えるので、ガロンはラバンカの山上からもそれを目にする機会があった。


 この仕事は、その打ち上げを行うための魔道具に魔力を供給する仕事らしい。

 報酬もかなり良いように見える。というかこれも観光地ならではなのか、ギルドで受ける依頼より遥かに割がいい。それに加えてふつうの求人なので、冒険者資格が必要ないという点も見逃せない。


 仕事の特徴を表す文面にも、


『未経験者歓迎!』


『魔道具に魔力を注ぐだけの簡単なお仕事です!』


『みんなの笑顔を作るお仕事です!』


『実力次第ではいきなりこんな報酬も!?』


 と、良さそうな文句が大量に並んでいるのだ。

 ただし問題もあるにはある。


 仕事の時間だ。


 花火というからには夜なのである。

 それになぜ花火なんていうものを上げるかといえば、それは盛り上がる時間だからである。


 今日の夜は、酒の品評会の発表があるそうだ。

 その発表会では質の良い酒がかなりの割安で提供されるらしく、それにはガロンも大いに関心があった。


 この仕事に参加したら、酒は飲めない。

 それはできることなら避けたかった。


 そこで、ふたつめの候補だ。

 これは、候補というよりも候補になり得る事項といったほうが正確だ。


 ガロンはクランガ温泉郷についたときに気付いたことがひとつあった。

 街の中に、知っている人間の気配がふたり分あったのだ。


 初めは間違いかと思ったが、正確な感知を試みても間違いはなさそうだった。

 なぜいるのか、という疑問はあったが、酒に関する催しが行われているのを考えると不思議ではない気がした。


 ガロンはふたりがいる方へと向かった。


 金になる話の可能性を求めて。






 まだ昼前だというのに、ふたりの男はそこにいた。


 酒屋である。


 奥まった席の狭いテーブルで、ふたりはちびちびと酒を飲んでいる。

 片方は酔っ払いの親父にしか見えない男で、もう片方は酔っ払いのチンピラにしか見えない風貌をしている。


 イーノックとリヒターである。


 クーゼの街の冒険者ギルドに所属していた、あのふたりである。

 ガロンが店に入ると酒屋の給仕が近づいてきた。


「いらっしゃいませー、おひとりさまで?」

「いや、先にツレがいる」


 ガロンがそう答えてふたりを示すと、給仕は奥の席を案内してくれた。

 ガロンはイーノックとリヒターのテーブルの近くに立った。ふたりの視線がガロンに集中する。


 しばらく、沈黙が続いた。


 ふたりが顔を見合わせる。


「おれ、もう酔ってるかも」

「奇遇だね、あっしもだ」


 再びふたりがガロンを見て、そのあとにふたりは再度顔を見合わせる。


 ふたりは示し合わせたように互いのほっぺたをつねった。


 イーノックとリヒターは、声には出さず痛そうな顔をする。


 そして、今までのやりとりがまったくなかったかのようにリヒターが口を開いた。


「ガロンさんじゃないッスか! 姉御もいるんスか!?」


 イーノックの方は「旦那、お久しぶりです」とだけ言って、リヒターの興奮具合にあきれているように見える。


「久しぶりだな」


 ガロンは近くのテーブルにある椅子を適当に近づけて座った。


「なんでこんなところに? やっぱ金酒杯ですか?」

「いや、リティシアが温泉に来たいと言ってな」

「やっぱ姉御も来ているスね! 会いたいなー」


 そう言ってリヒターは夢見るような瞳をする。酔っ払ったチンピラ男の夢見る瞳は、竜であるガロンでもちょっとキツイものがあった。


 ガロンは給仕に適当に酒を頼む。


「それで旦那はどうしてひとりなんで?」


 このふたりは腐っても冒険者である。

 そしてガロンは未だに、人間の世界の枠組みで言えば住所不定無職である。

 冒険者ではない以上個人で依頼を受けることはできない。


 ガロンが確認してみたところ、このクランガにもやはり冒険者ギルドはあった。

 まずこのふたりに依頼を受けてもらい、それをガロンが手伝うことで金を作ることは可能だろう。


 リティシアに頼んで依頼を受けてもらい、ガロンが単独でそれをこなす。その手もあったにはあったが、そうなると必ずルーの目がある。

 ガロンは竜である。竜は総じて誇り高い種族だ。ガロンもその例に漏れず、必要以上に見栄っ張りであった。


 そこでガロンはこうしてイーノックとリヒターの前に姿を現したわけである。


 ガロンは事情を話した。


 金がないこと。高めの宿に泊まること。できれば今日中に金を作る何かをしたいということ。


「旦那、バカみたいに強いのにいつも金がありませんね……」


 イーノックが呆れたように言う。


「ありますよ儲け話。冒険者の仕事ってわけじゃないんですけどね」


 リヒターはガロンと一緒になにかできそうなのが嬉しいのか、声音が弾んでいた。


「まさか花火の手伝いじゃないだろうな?」

「違いますよ、そんなんやったら夜に酒が飲めないじゃないスか」


 わかっている男だ、とガロンは思った。リヒターをすこし見直した。


「じゃあなんだ?」


 リヒターはわざとらしいタメを作ってからこう言った。


「釣りです」

 

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