第38話 招かれざる客より
深夜。
ルーは意外とあまり寝ない。
なぜなら寝ると知らないうちに時間が過ぎてしまうので、なんだか損をした気分になるからだ。
竜はその気になればいつでも寝られるし、起きていようと思えばいくらでも起きていられる。
だから、ルーが寝るのはたいてい考えることもなくなって、退屈がきわまってからだった。
ルーはリティシアと同じベッドで横になっている。
リティシアはルーのとなりで、すぅすぅと落ち着いた寝息を規則的にたてている。
ルーはそんなリティシアの寝顔をじっと見つめている。かわいらしいいきものだと思う。
そろそろ寝てもいいかもしれない、そう思ったときだった。
気になる気配を感じた。
ルーは街の全域まで感知の範囲を広げてみる。
すると、街のすみに気になる気配がひとつ。比較的大きめの魔力が、明滅するように気配を強くしたり、弱くしたりしている。
しばらくすると、魔力の明滅はおさまり、弱い魔力の気配だけがその場にとどまっているのが感じられた。
妙だった。
魔力の強さから人間ではない。魔族か、エルフか、それともルーがすぐには思いつかない種族か。すくなくとも人間の街にいて良いなにかではない。
魔力の妙な変動も意味不明で、まるでわざと気付いてもらいたがっているようにすら思う。
どうしよう。
ルーは悩む。
リティシアとガロンを起こすか。
リティシアを起こすのは良くない気がする。人間はたくさん寝なければいけない生き物だ。それに、気持ちよく寝ている最中には起こされたらルーだって気分が悪い。
自分がされて嫌なことは他人にするべきではないとおばばが言っていたのを思い出す。
ではガロンだけ起こすか。
ルーは布団の中でもぞもぞと動いて考える。その様は小さいこどもが深夜、怖くてトイレに行けずに困っているようにも見える。
もしガロンを起こしに行ったら、ルーは臆病者だと思われるかもしれない。
決めた。
リティシアを起こさないようにこっそりとベッドから抜け出す。
風を通すためにあけっぱなしだった窓に近づく。いい風が入ってきている。
ルーは窓の縁にのり、そこから宙返りのように跳び上がって屋根の上へと登った。
夜の街が見える。
人の気配はほとんどない。火が灯されている街灯も最小限になっているようで、街はルーが今まで見たことのない表情を見せていた。
人の姿もなく、明かりもほとんどないこの光景は、街そのものが寝てしまっているかのように見える。
ここまで街明かりがすくないと、夜空の光の主張の方がはるかに強い。
空を見上げると、黒い背景に形のいい三日月と無数の星が目に入る。地上から見る夜空は、空を飛びながら見る夜空とはまた違った良さがある、とルーは思った。
再び街に目を移す。
こうして誰もいない街を見下ろしていると、この街のすべてが自分のものになったような気がして不思議と気持ちが昂ぶった。
街の隅の人間ではない気配は、変わらずおなじ場所にいる。
ルーは屋根の上を気軽に歩き出した。
何がいようと竜より強い生き物などいない。
ましてルーベリオン様に敵う相手などいるはずがないのだ。
それに、と思う。
ルーがひとりでこの何者かを片付けたら、ガロンもルーをみとめるかもしれない。
ルーは駆け出した。
三日月に照らされた真夜中の街、屋根の上を小さな影が踊るように跳ね回る。
たのしい!
空を自由に飛び回るよりも気分がいいかもしれなかった。
それは普段は大勢の人がいる場所をひとりで自由に跳びまわることで、街を独占しているような気分になるからかもしれなかった。
ルーは屋根から屋根へと飛び移り、最短距離で街の隅のおかしな気配へと向かう。
飛び移った屋根の上で寝ていた鳩が、ルーの着地に驚いて飛び上がる。
ルーはそれが面白くて、声を我慢することができずににゃはははとわらう。
最後の屋根を跳び目的地に到達した。
街の隅のひらけた区画。
そこは墓所だった。
月明かりしか照らすものがなく墓地が並ぶその空間は、竜であるルーの目にも不気味に見えた。
気配はその中心にいる。
ここまで来れば、それが何者かわかった。
魔族だ。
魔族はだいたいがろくでもないとルーも知っている。それにルーの敵ではないことも。前に魔族を倒したときにはおばばに褒められた。
何かを倒して褒められる、というのは始めての経験だったので、ルーの中には「魔族は倒しても良いもの」という若干歪んだ認識があった。
いる。
魔族は黒い外套に身をつつみ、顔は仮面で覆っていた。性別もわからず、魔族であるという以上の情報はなにもない。
ルーは無警戒で近づく。
相手はなんのつもりなのかもわからない。
今にして思えば、魔族が不自然な魔力の放出をしていたのは、ルーかガロンが反応するのを見込んでのことなのかもしれない。
それでも、ルーは無造作に、泰然とした歩みで魔族へと近づく。
ルーが彼我の魔力差を見誤ることはあり得ない。それには絶対の自信がある。
魔族は、今まで見た他種族の中ではもっとも強い部類の魔力を感じさせたが、それでもルーの足元にも及ばないのは明白だった。
魔族が動く。
魔力の気配に変化はない。殺気も感じない。
ルーはまったくの動作なしに結界を張った。これでどれだけ力を使おうと周囲に漏れることはない。
魔族は、ルーの予想だにしなかった行動に出た。
魔族はその場に跪き、頭を垂れたのだ。
「これはこれはルーベリオンさま、お目にかかれて光栄です」
想定外の展開にルーは思い切り戸惑うが、それを精一杯おもてに出さぬように答えた。
「な、なんだおまえは」
「わたくしはゼフォンと申します。おわかりだとは思いますが、魔族でございます」
「魔族がなんのようだ」
ゼフォンと名乗った魔族は跪いたまま頭を上げる。その顔は仮面に隠れていたが、仮面の下はわらっている気がした。
「ルーベリオン様は、ガロンディードを倒すつもりなのですよね?」
「なぜしってる」
「皇竜と南の神童の戦いは、わたくしども魔族の間でも有名な話でございます」
うさんくさいやつだ、とルーは思う。ルーはこういったやりとりには慣れていない。どうせ魔族などろくでもないやつに決まっているのだから、今すぐ倒してしまったほうがいいかもしれない。
「わたくしはルーベリオン様を応援したいと考えております。竜の王にはルーベリオンさまこそがふさわしいと。ですから、ガロンディードを倒すのに何か協力できることがあれば、お手伝いをさせていただきたいと思いましてこちらに参上いたしました」
「うそをつけ」
ゼフォンはクククと笑い、
「はい、うそでございます。ですが協力したいというのは本当です。わたくしの友人ふたりがガロンディードに消されていまして、わたくしはその敵をとりたいのです。しかし相手はあの皇竜、わたくしなどが相手になるはずもありません。なのでガロンディードに勝てる可能性があるルーベリオンさまをなにかお手伝いできればと思いました」
「それは、ルーがひとりじゃガロンに勝てないと言っているのか?」
「いえいえ、滅相もございません!」
魔族など、ろくでもないやつに決まっていた。
「ルーをナメるなよ」
ねじった。
ゼフォンの周囲の空間、ゼフォンの周囲の魔力、それにゼフォン自身の魔力に無理やり干渉し、ゼフォンの身体をねじ切ろうとした。
魔族から苦悶の声が漏れる。
「お、おやめく……ださい……ルー……ベリオ……ンさま……」
殺すつもりでやったのに、魔族は死ななかった。それどころか口まできいた。
想定以上に魔族が抵抗する力を持っていたのと、ルーが変身に大きく力を割いているふたつが原因だろう。
ルーは少し驚きながらもねじるのをやめてやった。
「あ、ありがとう……ございます……」
ゼフォンは全身を震わせ、息を喘がせながら礼を述べる。
興が乗らなくなった。
攻撃されても立ち向かわずにありがとうなどと言うやつは、殺す価値すらないように思えた。
ルーは一言だけ告げる。
「うせろ」
ゼフォンはうつむき、首を横に振った。残念だとでもいいたげな仕草だが、ルーはなぜか、その仮面の下にはまったく違った表情があるような気がした。
「はい、おおせのとおりに。しかし覚えていてください。わたくしはいつでも喜んで協力いたします。わたくしが手伝えば、ルーベリオンさまは竜の王となるでしょう。必要と感じましたらぜひともお呼びください」
ゼフォンの身体が透明になっていき、気付けばその姿はなくなっていた。
わかりにくいように迷彩してあるが、この墓地と街のそとをつなぐ転移門が設置されているようだった。
ルーはその構造に干渉して転移門をかき消した。
それきり、墓所は静寂に包まれる。
ルーは思う。
ルーは竜の王になどなりたいわけではない。
ガロンに勝ちたいのだ。
ルーは誰もいない墓所でひとり佇む。
夏だというのに、涼しいというよりもどこか肌に冷たい風が吹いていた。
ルーは何もわるいことなどしていないはずなのに、何かわるいことをしたような気分になっていた。
この夜のことは、ガロンにも、リティシアにも話さなかった。
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