第37話 良くない結末


 路銀は、いくらあってもいい。


 しばらく滞在するとなれば、毎日遊んでいるだけというわけにはいかなかった。


 リットの街の冒険者ギルドの、依頼が貼ってある掲示板の前にガロンたちはいた。


 ガロンは掲示されてる依頼をざっくりと流し見している。


 リティシアは難しい顔をして掲示板の依頼内容を吟味している。


 ルーは人間の文字を読めないくせに、さも内容がわかっているようなふりをして掲示板の前で腕組している。


「これにしましょう」


 リティシアが掲示板から依頼書をはがす。

 依頼内容は、逃げた獣人の捕縛、あるいは討伐だった。


 リティシアらしくない依頼だった。


 依頼主はサンスマイル商会というらしい。なんでも獣人の奴隷が移送中に逃げ出し、その獣人の捕縛依頼だそうだ。

 その関連として街道を移動中の商人が獣人に襲われる、という事件が起きている。犯行は逃げ出した獣人奴隷によるものだと思われる。

 商会としてはなんとかケリをつけなければならなくなったわけだ。


 依頼の捕捉条件として、捕縛すれば満額、死体で持ってきても報酬の七割は支払うそうで、報酬の割はかなり良いようには見えた。


 ガロンとしては獣人の中でも人狼、というのがかなり気になる部分ではあった。


 獣人とその他種族の仲は、ガロンが知っている限りでは時代と共によくなっている。こういった垣根はいずれなくなるはずだ。


 しかし、獣人の中でも、人狼は未だに人間から嫌悪されているのだ。人狼が他種族から、というわけではなく人間からのみ特に悪い感情を持たれているのだ。

 それは、過去に人狼が本当に人間を食料としていた時代があったからだ。


 そういったところからも、獣人で人間の世界の奴隷となると、人狼族が扱われる場合が多いらしい。


 リティシアの嫌いそうな話だ。無論ガロンもあまり好きではない。


「なぜこれを受けようと思うんだ?」

「話を聞きたいと思いまして」

「話を聞く?」

「もし本当に悪いことをしているのなら依頼のとおりにします。でも、もし人間側がわるいと思った場合は……」

「場合は?」


 リティシアは言葉を探しているのか、それとも対処法を考えているのか、すこしの沈黙を挟んだあと、


「考えます」


 と結んだ。


「りんきおうへんだな?」


 とルーが言う。


「そうですね」


 そう言いながらリティシアはルーの頭をなでた。

 どうせ我々が依頼を受けなかったとしても、いずれ誰かが受けるだろう。


 それならばいっそ自分の納得のいく形で、というのがリティシアの考えなのだろうか。

 わからなくもない話だが、ガロンとしてはどうかとも思う。


「もし、獣人側が悪かった場合は、依頼のとおりにすると思っていいんだな?」

「はい」


 リティシアの瞳から見受けられる決意は硬いように見えた。

 ガロンはため息をつく。


 ガロンの直感だが、この依頼が良い結末にたどりつくとは思えない。


 たぶんあまり良くない結末になるだろう。





 森の中をルーが先行してずんずんと進む。


「人間の仕事は簡単だな?」


 そう言いながら、ルーは我こそがリーダーと言わんばかりのどうどうとした歩調で歩く。


 はっきりいって反則に近い。


 人狼とて隠れている。だからこそ人間からは簡単に見つかっていないわけだ。


 しかしルーがいれば話は違う。


 ルーの感知は、誇張ではなく全世界の全種族を含めて五本の指に入る次元にある。


 仮に感知するのがガロンならば、それなりに近くなければ人狼の気配は見つけられなかっただろう。

 ルーは森の近くまで来てすぐに、人狼の位置を完全に把握した。

 ガロンとリティシアはルーのあとをついていくだけだ。


「あともうすこしだぞ? 何か準備はあるか?」


 ガロンにはひとつだけ懸念があった。


「ルー、言っておくがこの依頼は人狼をつかまえる依頼だ。それにリティシアはまず話をしたいと言ってる」

「ふむ?」

「何が言いたいかわかるな?」


 ルーは考え、

 

「殺すなということだろう? ルーにもそれくらいはわかる」

「ちゃんと手加減できるのか?」

「だいじょうぶ」


 ルーの大丈夫はどれくらい大丈夫なんだろう、とガロンは不安になる。


「む」


 ルーが足を止める。この距離になるとガロンにも何が起きたかわかった。


 人狼のうちのひとりがこちらに近づいて来ているのだ。


 ガロンは前に歩み出る。


「リティシア、一応注意しろ」


 すこしもしないうちに、人狼はその姿を見せた。


 人狼は、人間の姿をとっていた。


 冴えない中年といった風貌で、森の中にひとりでいるのはいかにも不自然であった。


 ガロンたちからすれば何者かまるわかりなのだが、人狼としては人間のふりをして虚をつくつもりだったのだろう。


 それでも人狼の判断は早かった。


 ガロンたちの反応から、ガロンたちがなぜここに来たのか、さらに自分の正体がバレているのを瞬時に判断して、戦闘を決意したのだ。


 上半身の服が盛り上がり、人狼がその正体をあらわして突撃してくる。


 ガロンは指で魔力を弾いて人狼の足を狙ったが、人狼はそれに合わせるように踏み込みを変えて回避した。素晴らしい反応。命中しなかった指弾が地面を弾く。


 さらに距離を詰めようとする人狼を、ガロンは右手で軽く払おうとした。


 避けられた。


 当てるつもりで放った右手を、人狼は極限まで身体を沈め、くぐるようにしてかわした。


 判断の速さといい、今の反応といい、想像以上の手練と考えざるを得ない。


 人狼はそのまま移動しルーを狙った。


 動きからしてルーを攻撃しようというよりも、ルーを捕まえて人質にしようとでも考えたのだろう。


 たしかに、ふつうに考えれば冒険者がこどもを連れているように見えたはずだ。


 人狼がルーに迫り、


 突然落雷でも受けたかのような痙攣をして、前につっぷして倒れた。

 人狼はそれきりぴくりとも動かない。


 リティシアが急いで人狼に駆け寄り首筋に手を当てる。


 リティシアは安心したように大きく息をひとつ。


「大丈夫、生きてます」


 ルーは腰に手をあて、胸を張っていう。


「てかげん、うまいだろ」


 気配からみても人狼の生命に危険はなさそうだった。いらぬ心配だったようだ。


 考えてみれば、ルーは魔力の精密な制御に秀でているのだから、手加減もガロンよりしやすいのかもしれない。


 しかし、とガロンはつっぷして動かなくなっている人狼を見て思う。


 竜二体に囲まれるなど、ずいぶんと不運な人狼だ、と。




 

 人狼は、すぐに目を覚ました。


 その状態を見ると手加減は本当に絶妙だったのかもしれない。


 目覚めた人狼は、憎らしそうな瞳でガロンたちを睨めまわす。


 人狼はガロンが魔法で拘束している。

 人狼側もそれにはすぐ気付いたようで、うしろにまわされた両手がまるで動かないのを把握すると、それ以上動こうとはしなかった。


 沈黙。


 人狼は何も言葉を発しない。

 さてどうしたものか、とガロンが考えているとリティシアが動いた。

 座して動かぬ人狼の近くに歩みより、膝立ちになって視線をあわせる。


「あなたが逃げ出した奴隷ですね?」


 人狼は何も言わない。

 目を逸らすわけでもなく、ただ黙して動かない。

 リティシアは答えを待たずに質問を続ける。


「商人を襲って食料を奪ったというのもあなたですか?」


 人狼は答えない。


 リティシアも困ったようなため息をひとつ。

 ガロンを見てどうしましょうかとでもいいたげだ。


 どういった事情かは、森の中の反応でだいたいわかる。

 ガロンは、人狼に向かってこう言った。


「話さないか。じゃあ向こうにいる三人に聞くしかないな」

「やめろ!!」


 人狼が突然叫んだ。


 わかってはいた。ガロンは近づいたときから、合計四人の人狼の反応を感知していた。おそらくルーもそれはわかっていただろう。

 そのうち三人の反応はこどものものだった。


 おおかた、この人狼が奴隷にされそうになっている人狼のこどもを助け出したといったところだろう。それならばこの人狼の手練具合も納得ができるものだ。

 そして助けたはいいが、こども三人を連れて故郷なり新しい住処なりにたどりつくのに難航し、略奪に走ったのだろう。

 襲われた商人が物品を奪われただけという結果からも、悪意に溢れた人狼というわけではなさそうだ。


「話す気になったか?」


 まるで悪党のセリフだな、とガロンは自嘲した。

 それを聞いて人狼はまた黙ってしまう。


 拉致があかない。

 本当にこどもに事情を聞いたほうが早いかもしれない。この分だとリティシアは助ける選択をするだろう。


 そこでルーがいきなり人狼に言った。


「おい人狼! すなおがいちばんだぞ! ちゃんとごめんなさいすればリティシアがたすけてくれる」


 人狼は、いかにもなんだコイツは、という目でルーを見ている。


「え、と、ちゃんと事情を教えてください。それ次第では本当にお助けしますから」


 人狼はかなり迷っている風であった。

 しばしの沈黙を挟んだあと、それでも口から出た言葉は、


「人間など信用ならん」


 ルーがその言葉に間髪入れずに言った。


「ルーとガロンは人間じゃないぞ」

「おまっ……」

「竜だ」


 ルーがとんでもない暴露をした。

 人狼がルーとガロンを交互にみる。


「本当なのか?」

「ルー」

「なんだ?」

「おれがどうしてるか、わかっているんだよな?」

「お忍びだな?」

「なんでバラした?」


 そこでルーはハッとした顔をして口をおさえる。

 ルーはガロンを見て、リティシアを見て、最後に人狼を見た。

 ルーは口元にひとさし指をあてて言う。


「秘密だぞ」


 コイツはほんとうに。


 人狼は呆気にとられたようにガロンとルーのやりとりを見ている。

 感覚の鋭い種族であればその正体はともかく、ガロンとルーが人間ではないことくらいは感じ取れるだろう。

 人狼もそうだったのか、ふたりを見ていう。


「本当なんだな」


 ガロンは観念する。


「ああ」

「その人間は何者なんだ?」


 人狼はリティシアを得体の知れないものをみるような目で見ている。

 人狼から見ればリティシアは「竜二体を従える何者か」に見えなくもないわけだ。それはたしかに得体が知れない。

 リティシアはそれに対して、


「秘密です」


 とだけ答えた。

 得体の知れない存在でいた方が人狼側の畏怖を得られると考えたのだろう。ガロンにもそれは悪くない策に思えた。


「でも、事情次第で助けようというのは本当ですよ。正直に話してください」


 それを聞いた人狼は、ぽつり、ぽつりとだが事情を話しはじめた。


 身分を隠して冒険者として過ごしていたこと。あるとき街で奴隷商が同族のこどもを奴隷として移送しているところに出くわしてしまったこと。

 護衛依頼を装ってこどもを助けだしたこと。助け出したはいいが、安全な場所のアテはなかった。そしてこどもたちを連れての旅が想像以上に難しく、にっちもさっちもいかなくなっているということを。


 大きな流れはだいたいガロンの予想が当たっていたように思える。


 リティシアもそれを聞いて、安心半分、不安半分といった顔をしている。

 できる限り助けたい、が現実的にリティシアができることは少ないだろう。


 リティシアのことだから、あまり深く考えずに感情的に依頼を受けた可能性は高い。いかにもリティシアのやりそうなことだ。

 そしてリティシアの望むとおり「実は悪くない人狼」が現れたわけではある。ただし、それから具体的にどういった対処を行うか、自分が何をできるかはこまかく考えていなかったに違いない。


 ここで単に見逃したところで状況は何も変わらないのだ。

 リティシアは助けを求めるようにガロンを見てくる。


 ガロンは大きなため息をひとつ。

 そこでルーがガロンの考えを先回りするようにいった。


「住む場所ならガロンがなんとかできるな?」

「ああ、ラバンカの大森林までいって、エルフでも精霊でも竜でもいい。おれの名前を出せば匿ってくれるだろう」

「ラバンカ…… ガロン……」


 人狼がつぶやくように言って、それからガロンを見て大きく目を見開いた。

 そして突然、両腕を拘束されたまま、頭を地面にこすりつけて平伏した。


「ままま、まさか皇竜さまで!?」

「ああ、頭をあげろ。それほどかしこまらなくてもいい」


 人狼はゆっくりと頭を上げる。その顔には、崇高なる存在を目の前にした宗教家のような表情があった。


「とにかく、ラバンカでならおれの名前を出せばなんとでもなる、これで行くアテはどうにかなるな?」

「はい! はい! ありがとうございます!」


 人狼の表情が微かにくもる。


「しかしそこまでの路銀がわたくしどもにはもう……」


 そこでルーが割り込んできた。


「それもガロンがなんとかするな?」


 え。


 それを聞いた人狼は、あろうことか泣き出した。


「ありがとうございます! ありがとうございます!! このご恩は一生忘れません!! 末代まで皇竜さまのご恩は語り継ぎます!!」


 ガロンとて、路銀にそれほど余裕があるわけではない。

 しかも最近はルーがいる分出費が増しているのだ。


 人狼は感涙の涙でぐしゃぐしゃになっている。


 断れる雰囲気ではなかった。


 ガロンは、ラバンカまでの路銀として十分だと思われる額を人狼に渡してやった。


 渡しているときのリティシアの反応から、リティシアだけはガロンの苦しみをわかっていたに違いない。


 ルーはそんなガロンの苦しみなど毛ほども理解せず、ふふん、と自分の手柄のように嬉しそうにしている。


 ガロンの直感はあたった。


 やはり、あまり良くない結末を向かえることになったわけだ。



 ガロンの財布が。

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