第35話 はじめての買い物


 ガロンは宿の前で立ち尽くし、どうすべきかを考えていた。


 どうしてこうなったかと言えば、ときは少し遡る。


 リットの街はジーラチア領とシットール領を隔てる関所からもっとも近い街で、ガロンたちは今そこにいる。

 道中の小さな村ではたいていが一泊の滞在のみであったが、久しぶりの大きめな街なので、今回はしばらく滞在するとリティシアが決めた。


 ガロンたちには必要ないものだが、リティシアには消耗品などの物資が必要だ。滞在時間はそういった物資の補充や、純粋な休息にあてるそうだ。


 ガロンたちにもリティシアの買い物に付き合うという選択肢があったにはあったが、リティシアの方から「手伝いよりも、ルーさんとどこか出かけてくるといいんじゃないですか?」と言われてしまった。


 そういうわけで、ガロンは今ルーといる。


 一対一になればまた勝負を挑まれるに決まっている。

 そうなったらどうするか。勝負を受けるか、それとも適当な理由をつけて拒否するべきか。ガロンはそう考えていたのだが、そうはならなかった。


「なあ? いかないのか?」


 ルーはこの調子で、出かけるのを楽しみにしているらしい。


 勝負について言うべきかすこし迷ったが、言い出さなければルーの言っていたとおり本当に臆病者であるような気がした。


「あー、その、勝負はいいのか?」


 ガロンは見逃さない。

 それを聞いたルーが「今思い出した」という表情を見せたのを。

 ルーはすぐにそれを取り繕い、慌てた感じでまくしたてる。


「それは、あれだ。リティシアとおんせんに行く約束をしたから、それまではかんべんしてやる。だから今日はルーをたのしませろ!」


 楽しませろと言われてもなぁ、とガロンは思う。

 ガロンとてこの街へ来るのは始めてであり、何がどこにあるかも知らない。


「ルーはどこにいきたいんだ?」

「しらない」


 めちゃくちゃなヤツだ。


「まあ適当に歩くか。人が多いほうに行けばなにかあるだろ」

 

 ガロンが歩き出すと、ルーもそのうしろをとことことついてくる。

 街、というだけあって、人の気配はそれなりに多かった。


 道中はガロンがすこし歩くと、気づけばルーが遅れていて、そこから追いかけて来るということが何度もあった。

 はじめはガロンとルーの人の姿での歩幅からこのようなことが起こっているのだと思った。


 そう考えてガロンは意識してゆっくり歩くようにしたのだが、ルーはそれでも同じように遅れるのだ。

 不思議に思い、ガロンはすこし進んでからうしろを振り返る。


 すると、ルーは店を眺めていたのだ。中に商品が置いてあるような店ではなく、露店に近い形態でものを売っている類の店を。

 ガロンはルーに声をかける。


「なんだ、そんなに珍しいか?」


 思えば、ルーはこういった店を見るのは始めてなのかもしれない。

 この街に来るまでにひとつの村を経由したが、あの村ではこういった店はなかったように思える。


「あれが商人というやつか?」


 ルーが店を指さす。指をさされた店主は不思議そうにしている。


「まあ、一応はそうだな」


 その店は皮で作った製品を売っているらしかった。

 ガロンたちが立ち止まっているのに店主が声をかけないということは、自分の商品を買う客だと思われていないということだろう。


「じゃあカネを出せばものが買えるんだな?」

「それは、まあ、そうだ」

「あってた」


 ルーはむふー、と満足そうにしている。


 なるほど、とガロンは思う。


 さきほどからルーの歩みが遅いのは、すべてが始めて見るもので、何でもめずらしく映るのだろう。

 それならばルーを楽しまるのは難しくなさそうだ。


 方針は決まった。


 そうとなれば食い物だ。多分にガロンの趣味でもあるが。


「ルーは人間からものを買ったことはあるか?」

「あ、ある……」

「本当か?」

「ない」

「なんで嘘をついた。とりあえずなにか買ってみるか」


 周囲を見回すと、すぐ先にパン屋があるのが見えた。その反対には肉屋が。

 店の外に飲食ができるよう席が用意してあるのも都合がよさそうだった。


「あそこがよさそうだ」


 ガロンはパン屋へと向かった。

 パン屋に到着して店に入ろうとしたとき、ガロンはルーに服をひっぱって止められた。

 その様子は幼女が大人の服をひっぱっているようではあるが、その実はわらえない力が込められていて、ガロンの動きはピタリと止められていた。


「な、なあ? 勝手に入って良いのか?」

「いいんだよこういう店は」

「でも、勝手に人の家に入るのはだめなんだろ? ルーもそれくらいは知ってる」

「こういうものを売っている店は営業時間内なら勝手に入っていいんだ。宿屋とおなじ。そもそも入っちゃだめならどうやってものを売るんだ」

「そ、そうか、そうだな?」


 ルーがガロンの服を放した。


 パン屋の扉を開けると、扉につけられた鐘がチリンと音を鳴らした。

 店には、そとからでも見えるように窓際にパンが陳列してあった。

 ルーがそれを宝物でも見るような目で眺めている。


「好きなのを買っていいぞ」

「でもルーはカネをもってない」

「それはおれが出してやる」

「全部でもいいのか!?」

「そこはふたつくらいにしておけ」


 ルーは並べられたパンに釘付けになって鼻をふんふんと鳴らしている。

 ずいぶんと長いことかかって、ルーはふたつのパンを選んだ。

 両方とも砂糖をふんだんに使った菓子のようなパンだった。

 ガロンも肉を中に詰め込んだらしいパンと、野菜とハムを挟んだパンを選んだ。


「ルーは買い物の仕方くらいはわかるな?」

「わ、わかる」

「じゃあルーが買ってくれ」


 ガロンは銀貨を取り出してルーにわたす。ルーの小さな手に乗ると銀貨はいつもより大きく見えた。


 ルーがパンの乗ったトレイをカウンターに運ぶ。

 店主もそれを心配そうな面持ちで見ている。

 ルーがトレイをカウンターにおき、おっかなびっくりな感じで銀貨をカウンターへと出した。

 店主はやさしげな口調で、


「ありがとね、お嬢ちゃん。うちでたべていくかい?」


 ルーが困った顔をしてガロンを振り返った。ガロンはルーに向かってただうなずく。

 それを見て、ルーは店主に向かって言った。


「たべていく」

「はい、じゃあこれお釣り」


 ルーがお釣りを受け取って回れ右しようとする。


「ちょっと、ちょっと、お嬢ちゃんパンは?」


 ルーがトレイを受けとってそそくさとガロンの元へ来る。

 お釣りの銅貨が手渡される。


「できたじゃないか、買い物」

「ふん、これくらい楽勝だ」


 ルーはこれ以上ないほど勝ち誇った顔をしていた

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