第34話 しりとりとルーの魔法
ガロンとしてはルーの存在は悩みの種だった。
ルーがなにかの悪事を働くとは思えないが、人間の世界に紛れるにはあまりにも経験不足であろう。本人はそういったつもりがなくてもトラブルを起こす可能性は十分にある。
同行する、というのもどういった意図なのかわからない。本当にガロンが戦うと言うまでちかくで待っているというだけなのか、それともなにかそれ以外の意図があるのか。
竜の姿で勝負に乗って力の差をわからせて帰す、というのはそれほど難しくないが、人に変身したルーの姿を見たあとだと、それもどうなのかなぁと思うガロンであった。
そんな悩みの種は、ガロンに先行してゴキゲンで街道を歩いている。
リティシアがとなりにいて、なにやら楽しそうに談笑している。
この光景を見ているのも悪くはないが、ルーに対してどうするのかを、いつまでも保留にしておくのはよくあるまいと思う。
そもそもこのまま勝負に乗らなかった場合は、いったいどこまでついてくるのかも疑問である。
ルーはどこにも属していない竜であるから、竜の社会において何の役割もない。はっきり言ってガロンよりはるかに暇な竜である。
もし勝負しなかった場合は旅の間中ずっとつきまとわれるかもしれない。そうなるとやはりわからせるべきなのかもしれない。
これについてリティシアはどう考えるだろうか。リティシアはルーがずいぶんと気に入っているように見える。追い返すのに反対するかもしれない。
そうやってガロンは結論を出せずに堂々巡りの思案を続けている。
空を見上げると青がまぶしい。そんな空模様とは反対に、どんよりとした気分でガロンはリティシアとルーのあとを追う。
対面から騾馬車が来るのが見える。鳥の鳴き声が聞こえる。リティシアとルーの笑い声がする。すれ違った騾馬車の幌の中にはそれなりの人数が入っているのが見えた。中にはこどもが何人かいる。家族での移動なのかもしれない。
街道は落ち着いていて、他に目に入るものといえば虫くらいなものだ。何かおもしろそうなものが見つかりそうな気配は何もなかった。
ガロンはちょくちょくと頭をたれて地面を見ながら道をすすんでいる。
何もしょんぼりしながら歩いているというわけではない。
ガロンたちには探しものがある。
依頼だ。
関所にも依頼が出ていることがあるのだ。形態としては祭りのときに、領がギルドと提携して警備を募集していたものに近い。
ただ、関所にある依頼に物騒なものはない。野盗や魔物や危険な野生動物の討伐は関所側の仕事であるから、関所には公的な機関が担当しないような地味な依頼が掲示されている。
ほとんどの内容が護衛の追加人員の募集で、その数だってそれほど多くない。
他にあるのが失せもの探しで、これは依頼を受けるというよりも、これを見つけた場合、関所か次の街に届け出てくれれば報酬をお支払いしますよ、といったものだ。
その失せ物探しの中に、イヤリングの片方を探してほしい、という依頼があったのだ。
報酬はそこそこで、道行くついでに探しておくには悪くない額だった。
そういうわけで一応はそれを探しながら進んでいるわけだ。
前を行くリティシアを見ると、あまり探しているようにはみえない。ルーと楽しそうにしゃべっている。
ルーの方は依頼などなにも知らない。リティシアのはなしをきいてケラケラと呑気に笑っている。
リティシアがガロンに向かって振り向いた。
「ガロンさんもやりませんか?」
「なにをだ?」
ルーも振り返って言う。
「しりとりだ。 ガロンはしりとりって知ってるか?」
ルーの顔には、ルーはさっきまで知らなかったと書いてある。
ガロンだってしりとりくらいは知っている。ジーナがこどものころに一緒にやったことがあるのだ。
「それくらい知ってる。 だがなぜ?」
「さっきの騾馬車の人たちもやってたんですけど、旅人はこどもがいたりすると時間つぶしにちょっと変わったしりとりをするんです」
「変わったしりとり?」
「ふつうのしりとりって相手が知らない言葉はあまり使わないようにするものなんですけど、このしりとりは逆に一緒に旅をしているこどもが知らなそうなことばを使うんです。知らないことばがあったらそれについて質問する。そうすると新しい言葉を覚えるっていう仕組みです。誰かに『ん』を言わせて負けにさせるというよりも、時間つぶしの遊びですね」
そういったものならたしかにルーがいる今はちょうどいいかもしれない。
「ガロンさんもやります?」
「いや、おれは……」
ルーをどうすべきか考えていてあまりそんな気分にはなれなかった。
それにリティシアがルーに人間社会について教えていたほうがためになるのではないかと思う。
「リティシアリティシア、ガロンは臆病者だからやらないかもしれんぞ?」
ガロンの返事は早かった。
「やる」
ガロンは前に進み出てリティシアたちと並んだ。
「じゃあつぎはわたしですね。ノルンガルドの災厄だから『く』。く、く、くらんがおんせんきょう」
地名だというのはわかったが、ガロンはそれがどこなのか知らなかった。
「なんだそれは?」
即質問したガロンを見て、ルーがクククとわらう。
「なんだ? ルーはしっているのか?」
「しらない」
やっぱり追い返してやろうかコイツ。
リティシアがそんなやり取りを見て微笑んでいる。それはそれでガロンはなんだか腹が立つ気もした。
「クランガ温泉郷はですね、ここからすこし離れた山の中にある温泉地ですね。央都からも行けなくはないということで、かつての王族はそこで湯治を楽しんだそうです。つぎはガロンさんですよ」
「う、か」
うから始まる知らなそうな言葉。リティシアを見る。ガロンが知っていてリティシアがしらないことといえば昔のことだろうか。
つぎにルーを見やる。コイツは何もしらなそうだなぁとガロンは思う。
そんなガロンの胸中を知らずか、ルーはガロンが何を言うのか興味しんしんといった様子でガロンを見上げている。
しりとりなどあまり気乗りはしなかったし、適当でいいか、という結論をガロンは下した。
「うますぎるソーセージ」
「ガロンさんうますぎるっていうのはちょ……」
ルーがものすごい勢いで割り込んだ。
「なんだ!? うますぎるソーセージって!?」
「ソーセージっていうのはな、人間のうますぎる食べ物だ。細かくした肉を腸につめたものだ」
「ちょう……?」
ルーの表情が途端にくもる。
「そう、腹の中の腸だ。いや気持ち悪いものじゃない。ソーセージの見た目は指くらいの大きさで、薄皮に肉が詰まっているだけだ。焼きたてだと皮がいい具合にやぶけて、あつあつの肉汁が口の中で飛び出すんだ。これがうまい」
ルーのくもっていた表情は夢見るようなものに変わり、口元にはよだれが垂れていた。美少女然とした容姿で間抜けによだれを垂らすのはどうかと思うが。
「これでいいのか?」
リティシアはルーの様子を見て仕方なさそうに言う。
「まあいいです。つぎはルーさん、『じ』からはじまる言葉ですよ」
ルーはじ、じ、と口の中でなんども転がしている。
それからこれしかないという得意顔をして、
「じっそうかいりのほうそく!」
と言い放った。
ガロンはもちろん知っている。ガロンの変身の悩みにもなっているアレだ。現実と乖離した結果を求めれば求めるほどその負担が大きくなるという魔法の基本法則だ。
加えるならば、魔法によって影響を及ぼそうとする対象の魔力によって負荷が増すことを含める場合もある。
例えばガロンやルーなどの竜を魔法でなにかしようとすれば、極めて強力な魔法でなければ効果はない。
それは攻撃に限らず、補助術や治癒術も影響を受ける。ふつうの術師が竜の姿のガロンのすり傷を本気で治療しようとしたら、それがどんなにちいさな傷でも、冗談抜きで鼻血を吹き出して死ぬ可能性がある。
こういった法則は魔導も少なからず影響を受けるようで、試しにリティシアの時術でガロンに影響を及ぼそうと思ってもほとんど効果は発揮できなかった。
ルーがガロンとリティシアの顔を交互に見る。
「どうだ? ぐうの音も出ないか?」
「いや知ってる、二千年も生きてるんだぞ」
「知ってます。その、魔法の学校に行ってたので」
ルーとしては自分の得意な魔法分野で難しい言葉を言ってみたのかもしれない。
ルーはむむむむと唸って悔しそうな顔をしている。
「こういう場合は何かバツとかあるのか?」
「え? ないですよ。そういう遊びじゃないですし。あくまで交流のための遊びです」
「じゃあ実想乖離の法則でリティシアが『く』か?」
「そうですね、じゃあクランガ酒」
もちろんガロンは知らない。ガロンが知らないということはルーについては考えるまでもなかった。
「さっきの温泉はなんという名前だった?」
「クランガ温泉郷ですね」
「そこの名物、とかそういった感じか?」
「はい。クランガ温泉郷の名産で、かなり強めのお酒ですね。ほんとうか知りませんが、竜まで酔わせたという伝説があります」
「もしかしてリティシア、そこに行きたいのか?」
返事には少し間があった。リティシアは若干顔を赤くしながらも、
「……はい」
とだけ答えた。
温泉、温泉かとガロンも考える。急ぐ旅でもないし、寄り道もいいかもしれない。
「まあいいぞ、寄っても」
「ほんとですか!?」
「ああ」
「あ、でもルーさんはお酒飲めないかもですよね?」
それを聞いたルーは不思議そうな顔をする。
「ルーはお酒飲めるぞ?」
「え、と、そういえばルーさんって何歳なんですか?」
なんだかリティシアを見ていると、ルーのことを竜であると忘れているような気がしてガロンは不安になる。
ルーは胸を張って答える。
「二十三だ!!」
「え、わたしより上なんですか!?」
「そうだぞ人間、だからルーを敬うのだ」
がははとルーはわらう。
種族の寿命とルーが生きてきた時間を考えると、ルーは人間で言えば五歳にも満たない時間しか生きていない。そうは思ったが、ガロンは野暮なことは言わないでおいた。
「つぎはガロンさんで『ゆ』ですね」
「それよりイヤリングはいいのか?」
「え?」
しりとりがめんどうくさいのと、依頼が本当に気になっていたのは半々だった。
「依頼のイヤリングだ。あの片方なくして探して欲しいっていう」
「ああ、あれですか。一応見てますけど、たぶん無理ですよ。街道は人も多くとおりますし、ああやってまだ依頼が貼ってあるってことは、落とした場所を勘違いしているか、ふつうでは絶対見つからない場所にあるかどっちかです」
「いやりんぐ?」
「耳飾りだ、それの片方をなくした人間がいてな。探せばお礼をくれるっていう話がある」
「それを探せばいいのか?」
「そうだと思ってたんだが、どうやらふつう探すのは無理なものらしい」
そこでルーを見た。かわいい。いやそうじゃない。
ルーはこう見えて南の神童と呼ばれた竜だ。その魔法の才は大陸全土の竜に伝わるほどである。
ガロンは細かい魔法が苦手だが、ルーならば探せるかもしれない。
ガロンが立ち止まると、ルーとリティシアも歩みを止めた。
「もしかして、探せるか?」
「それはどういうものだ?」
「耳につける金属性の装飾品で、これくらいの大きさです」
リティシアが指をつまむようにして大きさを教える。
「できると思う」
ルーが目を瞑った。
一瞬の静寂。
そして波。
ルーを中心に、波紋のように魔力が広がっていく。
その魔力は恐ろしいほど静かで乱れがない。ルーの姿を見ているとこどもとしか思えないが、これだけ精緻な魔力の操作を見ると、改めて神童と呼ばれるのは伊達ではないと思わされる。
おそらくは魔力の波に指向性をもたせ、金属類か人の気配がするもののみに反射するようにして周囲を探っているのだろう。
ガロンには周囲一帯を焼け野原にするのは簡単でも、そのようなことはできない。
「あった」
ルーが目を見開いた。
「あっちのほうの木の上に、そのくらいの大きさの人間がさわった金属がある」
ルーがそう遠くない木を指さした。
一行は街道を進み、ルーが示した木のちかくで道のそとに出た。
夏まっさかりの今の季節は草も元気で、草を押し分けて歩くのは思ったよりも骨だった。
ルーなどは身体の半分以上が埋まってしまうので、あきらめて魔法で浮いていた。
「この木だ」
木を見上げると、一本の枝先に鳥の巣があった。
ルーがふわふわと浮きながら巣の近くまで飛び、中に手を突っ込んで何かを取り出した。
そのままゆっくりとした速度で降りてくる。
「これか?」
ルーの手には、たしかにイヤリングが握られていた。
「ルーさんすごいです!!」
それを聞いてルーはことさら満足げにする。
「もっと褒めてくれてもいいぞ!」
リティシアがルーの頭をなではじめる。いくらなんでも怖いもの知らずではないか、とガロンは思ったが、ルーはまんざらでもないらしくご満悦な表情だ。
「ガロンはこんなものも探せないのか? やはりルーのほうがうえみたいだな」
得意分野の違いである。であるが、二千年以上も長く生きている身としては、そういうのも大人げない気がした。
「リティシアもルーの方がすごいとおもうよな?」
リティシアがすこし気まずそうにガロンの方をうかがってくる。
ガロンはちょっとだけ迷ってから、褒めても構わんという意味を込めて小さくうなずいた。ガロンは大人である。
「え、と、すごいとおもいます、よ?」
ルーは地面に足をつけると両手をあげてぴょんぴょん跳ねる。
「だろだろ? リティシアは見どころがある。家来にしてやってもいいぞ」
そう言われてリティシアはどう反応すればいいか困った様子だ。
そういえばさっきは温泉のはなしをしていたが、ルーが当たりまえについてくる前提ではなしが進んでいた気がする。
追い返すか、このまましばらく保留するか。
ルーとリティシアはふたりとも、とても楽しそうにしている。
ルーがこのまま一緒にいれば何か問題が起きそうな気もするのだが、ここで追い返すのも何か違う気がする。
「ガロンも負けをみとめろ!」
ルーがビシっとガロンを指差す。
ガロンは二千年生きてきた竜である。
大人である。
ガロンは大人な対応をした。したが、その口調はちょっと大人になりきれていないものであった。
「はいはい、魔法ではルーには負けたよ」
ルーの目がぱっと見開かれて一瞬かたまる。
そして大きく両手を上げてぴょんぴょん跳ねる。
「やったーーーーーーー!!」
リティシアもなぜか拍手をしている。
まあいいか、とガロンは思う。
ルーをどうするかはおいおい考えればよい。
なにせ竜には無限に近い時間がある。
ガロンの名誉のために言っておくが、皇竜の器の広さゆえの保留だ。
中身はともかくとして、目の前にいる美少女ふたりのやりとりが微笑ましかったからでは決してない。
ガロンは広い視野と器で全てを判断している。
なぜなら二千年以上のときを生き、皇竜とまでよばれる竜なのだから。
単なるかわいさになど釣られたりはしないのだ。
誓って。
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