第33話 完全無抵抗主義

 ガロンはといえば、リティシアの予想通り昼寝をしていた。


 ガロンは関所近くの草原にただ寝転がっている。

 気温は高いが湿気は少ない気持ちのいい天気で、ほどよい風が吹いて昼寝には絶好だった。


 ガロンは目を開き、太陽の光に目を細める。


 どれくらいの時間が経ったのか。日の高さからそれほどは経っていないと思われたが、リティシアはもう関所での手続きを終えているかもしれない。


 立ち上がって周囲を見回す。


 風が草原を凪いで草が波のように揺れている。街道には馬車が一台ゆっくりとした速度で走っている。少し離れた関所の石造りの建物が目に入る。

 平和そのものの光景だった。


 関所というものについてガロンは知らなかった。

 リティシアから通行するのに金が必要だという話を聞いてガロンは何事かと思った。そんなヤクザな商売があるものか、と。


 つづくリティシアの説明を聞いてみると、どうやら通行するのに料金を取るのに対して、関所を管理している領ないし国がその周辺の安全を保証するという仕組みらしい。


 道自体も整備されているし、ふつうの旅人は関所に対してわるい感情はないとの話だ。

 ガロンとしては道だけ利用して関所の部分だけ道をはずれては、とも思うのだが、それはどうも礼に失する行為だそうだ。


 それに関所は宿泊や休憩所としての機能を有しているので、そういった意味でも立ち寄る必要があるようだ。

 たしかに近辺の道には宿泊施設はなかったような気がする。これは関所を管理しているところが宿の経営を禁止して関所の価値を高めようという政策なのかもしれない。


 まあ、いま目にしている平和な光景からするに、治安維持というのは機能しているように見える。

 平和な関所周辺の様子をあらためて一望してから、ガロンは関所へと向かった。


 もうすこし休んでいたい気がしないでもなかったが、リティシアをあまり待たせるのも悪いだろう。

 また出歩いて休みたくなったら、宿の手配が終わってから休めばいい話だ。



※ 



 関所の食堂でリティシアは待っていた。


「あ、ガロンさんようやく来たんですね。手続きはもう終わりましたよ」

「そうか、宿はこれからか?」

「はい、ただその前に、ちょっと寄りたいところがあるんですけど、いいですか?」


 なにが、とは言えないが、ガロンはリティシアの様子にわずかな違和感を覚えた。


「寄りたいところ?」

「はい」

「どこだそれは?」


 ガロンは見逃さない。リティシアの目が泳いだのを。


「え、と、それは」

「それは?」

「秘密です」

「あ?」

「とにかく着いてきてください!」


 やはりリティシアの様子はどこかおかしかった。

 それでもリティシアが構わず歩き出すので、ガロンとしては着いていくしかなかった。

 関所を出てそとへと向かっていく。


「いったいどこにいくつもりだ?」

「もうすこしです」


 リティシアは関所のそとの、すこし大きな木の元で止まった。

 周囲には不自然なほど人がいなかった。


「ここです」

「ここに何があるんだ?」

「上を見てください」


 リティシアが木のてっぺんを示した。

 そこには、人型のなにかがいた。


「とうっ!!!!」


 力強い女児の声があたりにひびき、人型が木から飛び降りた。

 人型は空中をくるくるとまわりながら落ちてくる。黄蘗色きはだいろの髪の毛がぐるんぐるんと回転し、見事な着地を決める。


 そしてガロンを指さしてこう言うのだ。


「ガロン!! ルーと勝負しろ!!」


 でた。


 ガロンは固まる。


 人型の正体を、ガロンは一瞬で看破した。


 これは人間ではなく竜だ。

 

 南の神童ルーベリオンだ。


 ガロンはその存在にまったく気付かなかった。

 ここに来るまでも、目の前にいる今でさえも魔力をまったく感知できない。こんな芸当ができるのは竜族でもほぼいないだろう。


 ルーベリオンは極めて若い竜であるにも関わらず、その魔法に関しての才能は右に出るものはいないとされている。

 これほど完璧な魔力迷彩が可能で、ガロンにつっかかってくる竜といえばルーベリオン以外に存在しない。


 なにより自分でルーと名乗っていた。


「どうした? ルーの姿にびっくりしたか?」


 びっくりした。それは間違いない。

 ルーベリオンはとても若いメスの竜である。南で神童と呼ばれ、ここ数百年以内に発生した竜の中では屈指の力を誇る。ただ、性格には問題があり、南の地方の竜族を騒がせている竜でもある。


 そして数年前、ルーベリオンはガロンディードに挑んできたのだ。


 もちろんぼこぼこにした。


 ガロンとて二千を超える歳月を生きてきた竜だ。発生してから十数年かそこらしか生きていない竜を、まさか本気で倒したりはしない。


 それをルーがどう考えたかはわからないが、以来、毎年のようにガロンに挑んできていた。


 ルーがガロンに向かって叫ぶ。


「おい、なんか言え!」


 もういちど言うが、ルーはとても若いメスの竜である。


 竜の変身後の姿は、そのイメージに大きく依存する。


 今のルーは、人の姿に変身している。


 髪の色は竜であるときの毛並みとおなじく太陽のような明るい黄色に。その見た目は竜としての若さどおり、幼い少女の姿に。


 はっきり言ってめちゃくちゃにかわいかった。


 ルーはガロンの理想とも言える姿を体現していた。なんの苦労もなしにそんな姿になれるなんて、何かのズルとしか思えない。

 ガロンは嫉妬の涙を心の中になんとかとどめる。ルーの前で泣き出したりしたら、一生の恥だ。


「やらんぞ」

「なに!?」

「勝負はせんぞ」

 

 ガロンは頑なに拒否をした。

 実際に無理だったのだ。


 今のルーとは勝負できない。

 今のルーを殴るなどとんでもない。

 ルーの変身は図らずもガロンに対しての無敵の盾として機能していた。


「ええい! 問答無用!!」


 ルーが叫ぶとその周囲に無数の光の槍が出現し、そのすべてがガロンに向かっていっせいに襲いかかった。

 ガロンは避けもしなかった。

 光の矢がガロンに突き刺さり消えていく。


 効いてない、ということはない。

 すごくいたい。

 ルーの放った光の槍は、その性質上、肉体に傷をつけるのではなく、魔力や霊体に傷をつける。


 ガロンはその直撃をうけた。


 はっきりいってわらえない。

 しかしルーの姿を見ると応戦するわけにもいかず、ガロンはただ耐えることを選んだ。


「な、なぜ避けん!?」


 まったく反応しなかったガロンを見て、ルーの方が驚いている。


「勝負しろ!!」


 二射目が放たれ、それもガロンはすべて受けた。

 痛みにガロンの顔が歪む。

 ガロンは目の端でリティシアがどうすればいいかわからず困っているのが見えた。


「なんで抵抗しない!!?」


 かわいいから困っています、とはまさか言えず、ガロンはただルーをじっと見ている。ガロンの対応に困惑するルーの姿は愛くるしいとしか言いようがなく、ガロンはそれがすこし悔しかった。

 

 せめてルーが竜になってくれれば、と思うがそうする気配は見られなかった。ルーならば隔離結界を張って竜の姿にくらいなってきそうなものだが、なぜかそうはしない。


 他種族に迷惑をかけるのを避けているのか、人の姿でいることに優位性を見出しているのか、それとも何も考えていないのか。

 たぶん何も考えていないのだろうな、とガロンは思う。


 三回目の攻撃は未だに来ていない。


 ルーはルーで困っているように見えた。抵抗しないガロンを逆に警戒している。

 ガロンはガロンで困っていた。ガロン側から結界を張って竜の姿になるつもりはないが、これ以上続くようならそうせざるをえない可能性はある。そうしないとふつうに死ぬ。


 ガロンは、せめてもの抵抗をすることに決めた。


 ガロンが今できる精一杯の抵抗は、威圧するだけであった。

 何も言わず、ただルーをにらみつけ、無言の圧をかける。殺気を飛ばすでもなく、魔力で威圧するでもなく、ただにらみつけて圧をかけた。


 ルーが、露骨におびえたのがわかった。


「ううううう……」


 とよくわからないことを言いながら腰が引けている。いいぞ、その調子だとガロンは思う。


 ルーは、ガロンが思っているよりも勇気があった。


「勝負しろぉ!!」


 ルーの周囲に今までにない数の光の槍が展開される。

 さすがにやばいか、そうガロンが覚悟したとき、リティシアが割り込んだ。


「やめてください!!!!」


 怖いものを知らないのか、リティシアはルーとガロンの間に割り込んで、ガロンをかばうように大きく手を広げる。


「こんなにひどいことをするなんて聞いてませんよ!!」


 ルーがリティシアの姿を見て動きをとめた。

 わずかな逡巡のあと、ルーは脱力して構えをといた。


 ルーの周囲に展開された光の槍が消えていく。

 ルーがどこか気まずそうな表情をしながら言う。


「ふ、ふん! 今日のところはこれくらいで勘弁してやる! ガロンの臆病者め!」


 そう言ってルーは踵を返し、魔法で空気に溶けるように姿を消した。

 リティシアがガロンに駆け寄ってくる。


「ガロンさん! 大丈夫ですか! わたしそんなつもりじゃなくて……」

「大丈夫だ」


 本当は微妙に大丈夫ではなかったが、今はただルーが去ってくれたことに安堵している。


「どうせガロンを倒すから協力しろとでも言われたんだろ?」

「それは、まあ、そのとおりです……」

「あいつはいつもあんな感じだ」


 このときは、ルーがあきらめて去ったものだと思っていた。

 そんなはずはないのに。





 次の日の朝だった。


 関所の朝食は時間が決まっていて、ガロンはすこし遅めに食堂についた。


 関所の食堂には思っていた以上の人がいて、リティシアがいる席を見つけるまでに少しかかった。


 嫌な予感はしていた。

 

 リティシアのいるテーブルには、もうひとり誰かがいた。


 それは黄蘗色の髪をしている。

 しかも満面の笑みで朝食をがっついている。


「これもうまいな!? こっちもうまいな!?」


 そう言いながら次々と食物を口に運んでいる。

 身体の大きさと口に入れている量が釣り合わないのは、事情を知らない人間が見たら怪奇としか思えないだろう。


「リティシア、どういうことだこれは」


 リティシアが言いづらそうにしながら、


「え、と、昨日の夜、ルーさんがわたしのところにきて、それで泊めちゃいました」


 ルーが朝食からガロンに向き直る。


「勝負してくれるまで帰らんからな。臆病者がなおるまで一緒にいてやる」


 そう言ってルーはニヤリと八重歯をのぞかせて笑った。

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