第32話 突然の来訪


 リティシアは関所での手続きを終えてほっと一息をつく。


 リティシアとガロンは今、シットール領とジーラチア領の間にある関所にいる。

 央都へ向けての旅路の途中だ。


 できることなら央都かその近辺へ向かう商隊の護衛依頼などに便乗したかったのだが、残念ながらしばらく先までの予定を見てもそういった依頼は見当たらなかった。

 そういうわけで馬車や徒歩を併用しての旅となっているわけだ。


 リティシアはガロンに、竜になって飛ぶのはだめなのか? と聞いてみたが、どうやらそれはだめだそうだ。

 竜の姿で移動となると、どれだけ隠そうとしても完璧に隠し通すのは不可能で、そうなるとめんどうな輩が寄ってくる事態に発展しかねないらしい。


 それほど急ぐ旅というわけではないし、そういっためんどうごとを抱えるよりは、適当に旅を楽しみながらのんびりと進むのがガロンの方針のようだ。

 リティシアとしても明確な目的があるわけでもないし、道中で適度に依頼を受けつつ過ごせればそれで良いと思っている。


 通行手続きを終えたリティシアは、関所の食堂に移動し空いているテーブルについた。


 それにしてもガロンはどこにいったのだろう。


 関所での手続きはやっておくから適当に時間をつぶしていてくれてかまわない、とは伝えたが、関所の宿泊施設内にガロンの姿は見えなかった。

 そとで昼寝でもしているのかな、とリティシアは思う。ガロンはよくそういうことをする。


 まあ、待っていればそのうち来るだろうと考え、リティシアはウェイターに声をかけて適当に飲み物を注文した。


 めんどうな輩が寄ってくる、ガロンはそう言っていた。


 めんどうな輩は、思ったよりもずっと早くやってきた。


 テーブルを挟んでの対面の席に、それはとつぜん座ってきた。


 女の子だった。


 少なくとも見た目は。


 女の子は対面の席に何の遠慮もなく座り、リティシアをじっと覗き込んでくる。


 テーブルからちょこんと上半身が飛び出ている姿がかわいらしい。見た目の印象だけ言えば十歳くらいの幼い少女に見える。


 女の子が人間じゃない、というのは一発でわかった。


 黄色みがかった豊かな髪は雲海のように美しいが、毛の質感が、どこか人間とは違った種族という印象を持たせる。

 均整のとれた容姿は何かの芸術を連想させるが、その顔には少女というよりも少年じみた生意気そうな表情がはりついていた。


 人間ではないと裏付ける根拠はいくつかあった。

 まず魔力が感じ取れないのだ。


 魔力というのはこの世の生物ならば、どんな小さないきものにも存在するのだ。それはミミズだってオケラだってアメンボだって例外ではない。

 それがこの少女からまったく感じとれない。


 どんな熟練の魔法使いでも、目の前にいる相手にまったく魔力を感じ取らせないなど不可能に近い。

 だが、現実に目の前の少女からは魔力を感じ取ることができない。目の前にはたしかに存在するのに、その魔力はまったく感じられない。リティシアは始めての感覚に戸惑いを覚える。目の前に幽霊でもいるかのような感覚だ。


 そしてなによりも人ではないという印象を抱かせるのは、その瞳だった。

 リティシアを覗き込むその瞳は茶色に薄い赤が混じっていて、どことなく爬虫類を思わせる雰囲気をともなっていた。

 少女はすんすん、と鼻をひくつかせる。


「ガロンのにおいがするな?」


 ここまで来るともう間違いない。この少女は竜だ。


「おまえの名前はなんだ?」

「え、と、リティシアです」

「リティシア」


 竜は少し舌足らずな口調で反芻はんすうした。


「リティシアはガロンのなんだ?」


 答えにくい質問だな、とリティシアは思った。


「仕事仲間……だと思います、たぶん」


 少女の姿をした竜はふむふむ、と頷く。

 かつての魔族と違い、不思議と悪い予感はしなかった。リティシアはすこし勇気を振り絞って言った。


「あなたはどちらさまでしょう?」

「ルーはルーベリオン。ルーでいいよ」


 竜とはみなこれほど気さくなのか、とリティシアは疑問に思う。ルーからは害意をまったく感じず、文字通りの無邪気に思える。

 異質な存在、それがリティシアからルーを見た第一印象だった。


 魔力を感じさせない迷彩は間違いなく人外の業であるのに、雰囲気は人間のこどもそのものだ。

 竜であることに疑いはないのに、不思議とかわいい子だな、としか感じない。


「ルーさんはガロンさんになにか用なんですか?」

「ルーはガロンをたおしにきた!」


 急に物騒な話になってきた。リティシアはそう思うが、それを言ったルーのほうからは悪意や殺意をまるで感じない。


「ルーさんはガロンさんとどういう関係なんですか?」

「え? ルーとガロン?」


 ルーは答えに困ったようで、上半身をゆらゆらと落ち着きなく揺らした。そして、


「ライバル?」


 と、本人も煮え切らないといった口調でそう答えた。


 リティシアはこまった。

 まったく邪気が感じられないその様は、じつは竜と人間の違いに過ぎず、実際は凶悪な竜なのかもしれない。


 しかし直感的にはとてもそうは思えない。

 それに、仮になにか悪さをしようと考えていたとしても相手は竜だ。それも人の姿をとれるほど上位の。

 そんな相手にリティシアができることはすくない。

 

「わたしのもとに来たのは、ガロンさんの居場所が知りたいとか、そういう感じですか?」

「ちがう、リティシアには手伝ってほしい」

「手伝う?」

「そう、ガロンをびっくりさせたい。だからそれを手伝ってほしい」


 その目は、リティシアが協力を拒否するとは微塵も思っていない、純粋な光に満ちあふれていた。

 まるで見た目通りのこどもにおねだりをされているようで、断るには凄まじい罪悪感に耐える胆力が必要そうだった。


「だめか?」


 リティシアにそんな胆力はありはしなかった。


「いいですよ」

「やったーーーー!!」


 ルーは両手を上げて大喜びする。

 その姿は完全に人間のこどもにしか見えない。


「じゃあまずな、まずな」


 そうやってわくわく姿で計画を話すルーは、いたずらの計画を話すこどもそのものだ。

 いつの間にやら、リティシアはガロンの打倒に一役かうことになったらしい。

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