第31話 魔族を狩るモノ


 大陸の東端、何もないはずの森の中に、突如巨大な魔力が出現し、すぐに消失した。


 この現象は央都から東側にいてある程度魔法をたしなむ者であれば誰もが観測していた。


 その中には、この巨大な魔力が皇竜ガロンディードのものであると特定した者まで、少なからず存在していた。


 触らぬ神に祟りなし、というやつで、ほとんどがこの巨大な魔力を恐れ、近づこうとは考えなかった。


 だが、中にはちがった考えをもつ者もいる。


 魔力の正体をガロンディードだと理解して何かをしようと考えるものも存在するのだ。

 

 強い力は厄介事を引き寄せるのが世の常だ。




 

 ルーベリオンは竜で、雌で、どこにも属していない、とても年若い竜だった。

 

 今日こそはガロンディードに一泡吹かせてやろう。そう意気込んでラバンカ山脈に向かったはいいが、クーゲルのやつに「父上は不在です」と言われ出鼻をくじかれてしまった。

 

 おもしろくない。

 

 クーゲルのやつに喧嘩でもふっかけてやろうかと思ったが、クーゲルは「父上より弱いわたしを倒してなにか意味があるので?」と言っていた。

 一理あった。ルーは大物である。大物であるからにはクーゲルみたいな雑魚は相手にしないのだ。

 

 どこかおもしろくないが、ガロンがいないのならば仕方ない。ルーは素直に帰ることに決めた。

 クーゲルが言うには、ガロンは人の世に忍んでなにかをしているらしい。


 ガロンとて守護竜でありながら人の世に紛れている以上、何か人のためになることをしているのだろう。そういうことなら許してやらないでもない。 

 竜族の例に漏れずルーも人間は好きだった。見た目がかわいいし、たまにおいしいものくれるからだ。


 ガロンは人の世に紛れている。それについて、ルーはおもしろいことを思いついた。


 なんならガロンがどこにいるか探しあててしまうというのも悪くない。


 突然ルーがあらわれて驚くガロンの姿を想像し、ルーは空を飛びながらにひひひと笑う。


 ちょうどそのときだった。

 

 ルーが飛んでいるところからそう離れていない森の中に、巨大な魔力が突如現れたのだ。


 いきなり答えのほうから来た。

 間違いなくガロンの魔力だった。

 

 見つけた。

 

 想定外の早さでガロンを発見してしまい、ルーは迷った。

 今すぐガロンの元へ駆けつけ勝負を挑む、それ自体は簡単だ。


 しかし、これだけの魔力を隠さずに放出、というのはかなり妙な話ではあった。

 竜は強い種族であり、その魔力量は他種族とは一線を画す。

 そんな魔力を無制限に放出し続けたら、他種族がおびえてしまう。

 それ故に、竜は基本的に自己の放出する魔力を隠したり、その存在を感知させないという暗黙のルールが存在する。


 ルーとて今は空を飛んでいるが、魔力を隠し、光をいじり視覚的な迷彩をかけてまで他から感知されないようにしている。

 ガロンがあれだけの魔力の放出を見せるというのは、何か取り込み中なのかもしれない。


 もし重要な何かをしている最中にルーが突然あらわれた場合、微妙な空気になってしまうかもしれない。それならばタイミングは遅らせた方が良いように思えた。ルーは空気の読める竜だった。


 ただ、ガロンの場所は把握した。


 いちど捕捉した以上は、どんなに隠れようとしても追うのは簡単だ。ルーはそういうことが得意だ。


 ルーはひとりで不気味に、にひひひとわらう。


 そのうち突然あらわれ勝負を挑んでびっくりさせるのだ。

 

 そしてガロンをぼこぼこにする。


 ルーベリオンこそが最強の竜であると全竜族にわからせるのだ。





 ことの経緯はともかく、魔族の視点からみた話をしよう。


 高位の魔族がふたり消された。


 そもそも高位魔族が死ぬなど、そうあっていいことではない。そのうえそれが名前のとおった魔族であるならばなおさらだった。


 そういった魔族の訃報は普通何十年にいちどあるかないかなのだ。

 それが、立て続けにふたりも死んだ。

 それだけで異常な事態だった。


 魔族は他人に無頓着ではある。高位の魔族であればなおさらで、同族であろうと気にしないものがほとんどだ。

 しかし例外はどこにでもいる。


 “夢幻”のゼフォンもその例外のひとりであった。

 

 ゼフォンは感知したのだ。大陸の東端に、突如巨大な魔力が発生したのを。


 竜の魔力だった。


 それも異様な圧力の。


 ゼフォンは、それだけで何者であるかを看破した。


 ガロンディードだ。


 守護竜の長。竜の中の竜。力の番人。天秤の支配者。魔族の死。それが突然その存在を主張したのだ。

 竜は魔族にとって天敵と言っていい。過去の戦争でも竜の存在によって魔族は敗北することになった。


 それほどの力を持つ竜の長が、なぜそんな辺境で力を誇示したのか。

 魔力を感じたそのときは、ゼフォンはその意味を理解していなかった。


 竜族は魔族ほどではないがきまぐれではあるし、あまり意味がなくとも、そういった主張をすることがなくはない。

 縄張りを主張した可能性もある。守護竜の一族に対抗しようとする竜がいくらかは存在するし、守護竜の一族がラバンカ一帯から版図を広げようという可能性だって一応は考えられる。


 しかし、いくら可能性を考えたところで魔族と竜の考え方はあまりにもちがう。ガロンディードの主張の意味はわからなかったが、わざわざ天敵に近づこうなどという生物はいない。ゼフォンも大陸の西側へと移ることを考えた。


 そのときは、だ。


 ガロンディードがなにをしようとしているのか、ゼフォンは理解した。


 訃報が届いたのだ。


 同じ高位魔族の。


 “水鏡”と“深影”が死んだ。誰もが耳を疑う話であった。


 深影はまだいい。比較的若い高位魔族だ。力を過信して間違いを冒すこともあるだろう。珍しい話ではあるが、長く生きればそういう話をきくこともある。

 しかし、水鏡は笑えない。水鏡は戦争の時代から生きる古い魔族で、その力は魔族の中でもかなり上位に位置する。それが死ぬとはいったいどういうことか。


 どちらか片方だったならばまだ偶然と考えたかもしれない。

 だが、高位魔族が、しかもふたり死ぬとなれば絶対に偶然ではあり得ない。


 そこですべてがつながった。


 あの異様な魔力と。


 ガロンディードと。


 水鏡の死のタイミングは、ガロンディードが姿を見せたときと一致していた。


 つまりはそういうことだ。


 そもそも水鏡を殺せる生物など、この世に数えるほどしかいないのだ。

 深影もガロンディードに殺されたのだろう。力を過信して何者かに敗れるよりも、暴竜によって消されたと考えるほうがよほど自然だった。

 つまり、あのときの隠しもしない存在の主張はこういうことなのだろう。


 おまえら魔族を皆殺しにしてやるぞ、と。


 いつかこんな日が来る気はしていた。

 あのガロンディードが守護竜の座につくなど、最初からおかしいと思っていたのだ。


 ゼフォンは戦争前の時代から生きる古い魔族だ。守護竜の長となる前からガロンディードを知っている。

 自分以外の強者すべての息の根を止める暴竜を知っている。


 ガロンディードが守護竜の長になったのは、長いときをかけ、合法的に魔族を殺戮するために違いない。

 ゼフォンは確信した。


 魔族が滅ぶ日はちかい。

 北の大陸に攻め込まないのは、まだそのときではないからなのか、それとも殺戮の対象は高位の魔族だけなのか、それはわからない。

 ガロンディードが狙うのが魔族すべてなのか、それとも高位の魔族だけなのかはわからない。が、ゼフォンがその順番待ちに並んでしまっているのは確実と思われた。


 ゼフォンは恐怖した。


 恐ろしいものに対しての対処法は二通りある。

 ひとつはその恐怖に隷属してしまうこと。

 良い選択とは思えないが、死ぬよりもマシという場合はいつだってある。


 ただ、これには大きな問題が存在する。

 それは隷属を許す相手かどうかだ。

 ガロンディードは間違いなく許さない。交渉しに行ったが最後「せっかくだから死んでいけ」とでも言われるに決まっている。


 そうなると実質的にはもうひとつの対処法以外とりようがない。

 もうひとつの対処法は、恐怖の対象を消し去ってしまうことだ。

 ゼフォンには不可能であるが、なにもゼフォン自身が直接挑む必要はない。

 

 竜には竜の力をぶつけるのだ。

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