第24話 不穏な気配
問題を起こすのはいつも高位の魔族だ。
魔族が他種族と争いを繰り広げていたのはもう千年も前になる。
最初は小さな小競り合いに過ぎなかった争いは次第に拡大し、ついには魔族とそれ以外といった図式の戦争にまで発展した。
魔族がいくら力ある種族といっても、全種族を敵に回した上に竜にまで睨まれる事態となったら、戦争はそう長くは続かなかった。
以来、中位以下の魔族は北の大陸に籠もり、他種族との交流はほとんどなく表面上は大人しくしている。
ただし、高位の魔族は別だ。
力ある魔族は、誰にも縛られることがない。
高位とされる魔族は。今もその力を振るって自由に動いている。
ある者は戦いを求め、ある者は魔道具を求め、ある者は快楽を求め、ある者は魔法の研究に打ち込む。
個体によってまったく違った趣向を持つ高位魔族ではあるが、全員に共通していることがひとつだけある。
それは他種族を家畜以下としか考えていないところだ。
※
人通りがそれなりに多い道ならば宿屋兼食事処があるのがふつうで、今ガロンたちがいるマールー亭もそのひとつだ。
今回の依頼は調査と採取で、今はその道中にあった。
「しかしうまいなこの店は」
ガロンは出された食事を一気にたいらげた。
ガロンの前には山となった皿があり、テーブルの対面ではリティシアがすこし呆れ顔をしている。
「たしかに美味しかったですけど、いくらなんでも食べ過ぎなのでは」
「朝食わなかったからこのくらいでちょうどいい」
今日は途中でこの店に寄る、と聞いていたので朝は食べないでおいた。腹の容量はもちろん竜には関係なく、予算の都合上の問題である。
本当ならばいくらでも食べられたのだが、食べれば食べるほど金銭がへるというのは人の世のかなしい原則で、そうなるとどこかで金を工面する必要がある。
そういうわけで朝飯代を昼飯代にまわす形にして、こうしてそれなりに満足するまで食べたわけである。
それにしても、とガロンは思う。
「どうしてこの店はこんなに客が少ないんだ?」
今も店の中にはガロンたちしかいない。いくら交易路の途中にある店だからといって、それなりに人通りは多い場所で、おまけに今は昼飯時でもある。
それに加えてこの店の料理は絶品だ。客が他にいないのはかなりの違和感がある。ガロンの味覚がおかしい、というわけではないはずだ。
そもそもこの店に来るのは二回目で、前回つれてきてもらったときは、リティシアが「本当においしい店なんで楽しみにしていてくださいね!」と言っていた。
うまい店の昼時ともなればもっと人が多くて当然に思えるが、店の客はガロンとリティシアしかいない。
「えーと…… それは……」
リティシアが店主のほうに視線を移す。
なんの変哲もない獣人の女性で、獣人の中では中々美人なんじゃないかとガロンは思う。
「それは?」
リティシアは気まずそうにして声を潜める。
「店主の方が人間じゃないから、そういうの嫌う人もいるんです」
「ああ」
食事を終え、勘定をすませて店を出た。店主は素晴らしい笑顔で見送ってくれた。いい店だと思う。
「ガロンさんは、そういうのは気にしませんよね?」
「ああ、そうだな」
そもそも種族間の意識のちがいを気にしたことがまずなかった。
「リティシアも気にしないんじゃないのか?」
「しませんよ、そんなの」
ガロンにこの店をすすめるくらいだからそうなのだろう。
「だっておかしいじゃないですか。種族で差別するなんて」
「そうだなぁ」
ガロンにとっては考えたことのない概念であった。人間はかわいいからなんとなく好き。魔族はめんどう事を起こすやつが多いからなんとなく嫌い。ガロンにもそう言った傾向はあるがこれは差別なのだろうか? わからない話だ。
「好き嫌いは種族ではなく個人個人で考えるべきですよ。店主のおばさんみたいないい獣人だっていますし、ろくでもない人間だってたくさんいます」
リティシアは憤慨している様子であった。ガロンとしてももっともな話だとは思うので適当な同意をかえすしかできなかった。
ガロンとリティシアはのんびり道を進んでいる。
この道を少しいくと犬がいる。ここらへんの名物犬だ。
野犬というわけではない。半野良で、このへんを縄張りにしてマールー亭で餌をもらっているらしい。
えらく人懐っこい性格で、リティシアはこの道を通るたびになでていくそうだ。
いた。
今も犬がガロンとリティシアの姿をみとめて駆けよってきた。
毛色は少し特徴的で、どういう雑種なのか頭の部分は真っ黒なくせに、体の毛は真っ白だった。
犬がリティシアに近寄って荒い息をしながらぶんぶんとしっぽを振っている。
「よーしよしよし。久しぶりだねー」
リティシアが頭を撫でると、犬のしっぽの動きは千切れんばかりに激しさを増した。
そのうち犬がよこになってリティシアに腹をさし出す。リティシアはしゃがんで犬の腹をわしゃわしゃとなでまわした。わしゃわしゃわしゃわしゃ。
犬の無防備っぷりを見て大丈夫か、とガロンは思う。仮にも野生動物がここまで人間に媚びてもいいのだろうか。
リティシアは楽しそうに犬をわしゃわしゃしている。放っておくといつまでもそうしていそうな気がした。
「そろそろ行くか?」
「もうちょっとだけ」
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
結構な時間犬とじゃれあっていたが、じきにリティシアもなでるのをやめ、本当に名残惜しそうに立ちあがった。
「行きましょう」
「ああ」
「そして帰りも寄りましょう」
「……ああ」
※
ガロンたちが去ったあと、犬は道端の草地でよこになっている。
いい天気で、昼寝をするには絶好の陽気だ。
すこしすると、またひとり道行くものが現れた。
見た目は、青年というにはちょっと早いかもしれない。その容姿はまだ少年といったほうがふさわしく、その肌はやけに白い色をしている。
これくらいの歳のこどもが、ひとりでこの道を行くというのはかなり珍しい。
犬が少年に気付いて起き上がる。
少年は規則的な足取りで犬に近づいていく。
犬が唸り声を上げて毛を逆立てる。
少年はまったく気にしない様子で歩調を変えない。
犬の目前まで来て少年が口を開く。
「ねえ、きみ、あの子と仲がいいの?」
犬が吠える。
少年が吠えたける犬に、なでようとでもするかのように手を伸ばした。
犬が噛みついた。
少年の手首に牙を突き立てた。
犬は少年の手首にかじりついて唸り声を上げる。
少年は、かみつかれたことなど気にもしていない様子であった。
少年の手首からは血も出ていない。
それどころかまったく傷ついていない。
少年がもう片方の腕を犬へとのばす。
「ちょっと確かめたいことがあるんだ」
犬が突然痙攣し、少年の手首を離した。
「手伝ってくれないかな」
犬がもがく。ふつうでは絶対にしない鳴き声をあげる。
少年は、それを愉快なおもちゃでも見るように笑っている。
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