第20話 鈴蘭の意匠

 目当ての店は思いのほか見つからなかった。


 露店でアクセサリーを売っている店はいくつも見かけたが、どこもリティシアが首を横にふるだけで目当ての店ではなかった。

 リティシアは装飾にこだわりがあるように見えなかったが、今つけている髪飾りにだけは思い入れがあるらしい。


 目的の店が見つからないながらも、色々な店を巡るのはなかなか愉快ではあった。


 ガロンは暇なときに街を冷やかすことはそれなりにあるのだが、だいたい食べものか酒の店が中心であり、雑貨などを見ることはまずなかった。


 欲しい、とは思わないが、人間が工夫を凝らして作ったものを眺めるのはそれなりに面白く、気になった店にとりあえず入ってみるというのは退屈ではなかった。


 ガロンとリティシアは市場の周辺を散策し、気になった店があれば入って、といった祭りの過ごしかたをしていた。

 

 匂い袋、というものがあるらしい。


 袋の中に乾燥させた薬草を詰めて匂いがするようにしたものだそうだ。

 効能は安眠や精神を安定させる効果があるらしい。なぜガロンがそんなことを知っているかといえば、目の前の看板にそう書いてあるからだ。


『快眠約束 精神安定 いつでもとってもいい匂い』


 店は通りから少し外れたところにあり、建物はまわりのものよりも古めに感じる。ボロいとするか趣があるとするかは難しいところだ。

 リティシアはじっとその店を見ている。


「入ってみていいですか?」


 中は薬草の匂いで満たされていた。竜であるガロンからするといい匂いとはいえないのだが、人間は良い匂いと感じるのか、リティシアが大きく息を吸っていた。


 壁まわりの棚に様々な袋が置いてあり、その前のプレートには中に入っている薬草の名前が書いてある。


 番台にはひとりの老婆が座っていた。ずいぶんな高齢に見える。見た目だけで判断すれば百歳を超えていると言われても驚かない。

 ガロンたちが入ってきたのに気付いているのかいないのか、老婆は半分眠っているかのようでまったく反応しない。


 番台の上には小さな匂い袋を詰めたカゴが置いてあり、その下には『占いやってます。銅貨十枚』とぐにゃぐにゃの字で書かれた紙が貼ってある。


 リティシアが老婆と占いやってますの紙を交互に見ている。


 人間がどう理解しているのか知らないが、占術は高等な魔法である。未来を知るというのは人の手には負えない領域の術だ。正しく占術を行うには膨大な魔力に加えて、星の位置など世界の力を借りられる条件を満たす必要がある。


 仮にそれらの条件を満たしたとしてもわかるのは物事の吉凶くらいで、それですら可能性としてはこちらの方が起きやすいというのがわかる程度だ。


 どんなにがんばったとしても確実とはかけ離れた結果しか得られない。細かな予測をするとなれば不可能といえる。それが占術というものだ。

 だから、この老婆が占いをするとしても間違いなくインチキである。


「占ってもらえば見つかりますかね?」


 それはどうかな。

 とはいえ、たかが銅貨十枚を惜しんで止めるのも無粋な気はした。祭りはそういうものではないというのはガロンも理解している。


「面白いんじゃないか」


 とだけ伝えた。


「あの……」


 リティシアがおそるおそる老婆に声をかける。

 老婆は「むにゃ」と呟いてから、


「おや、お客さんかえ?」

「あ、はい、占って欲しくて」


 老婆は嬉しそうにする。


「そうかそうか、占ってしんぜよう。何が知りたいんじゃ?」


 リティシアが髪飾りを見せる。


「これと同じようなブローチが売ってる店を探してるんです」

「どれどれ」


 老婆が髪飾りに手を当てて目を閉じた。

 わかってはいたが魔法的な気配は一切しない。

 一分が過ぎ、二分が過ぎて、老婆は微動だにしない。ガロンが死んだのではないかと思ったところで、リティシアもそう思ったのか、


「あの……」


「むにゃ」と言いながら老婆がゆっくりと目を開き、リティシアの目をじっと覗き込んだ。


「ふむ、お主はすでにその店にたどり着いておる」

「え、それってどういう……」


 そこで二階から声が聞こえた。


「おばあちゃーん! お客さんー?」


 どたどたと慌ただしく階段を降りる音がひびき、二階から若い女性が姿を見せた。


「やっぱり。いらっしゃいませ、ゆっくり見ていってくださいね」


 言いながら、若い女の視線が老婆の手元の髪飾りを見つめた。


「あらそれ」


 そこで女は言葉を切った。番台に貼ってある紙を見つけてため息をつく。


「まーたこんなの貼って」


 女が張り紙を剥がした。


「もしかして、もうお代もらってます?」


 リティシアが首を振る。


「おばあちゃん趣味で占いしたがるの。全然あたらないのに。お代はいらないですからね」


 老婆が女を見つめて不思議そうな顔をしている。


「はて、誰じゃったけ?」

「もうおばあちゃん、ご飯できたからあとはわたしが店番するわ。上で食べてきて」


 老婆がおっくうそうに立ち上がり、のっそりとした動作で二階へと登っていく。

 リティシアが髪飾りをつけ直していると女が口を開いた。


「その髪飾りについておばあちゃんに何かきいてたの?」

「はい。この髪飾りと似たものを扱っている店があったはずなんですが、見つからなくて」

「広場近くの露店でしょ? その髪飾りと似たの見たわよ」

「ほんとですか!?」

「昨日見かけたわ。今日もやってるかわからないけど」

「ありがとうございます」


 リティシアが番台の上にある匂い袋をひとつ手にとって。


「これ買わせてください」


 そこで二階からぎし、ぎし、という音がゆっくりとひびき、老婆が姿を現した。

 老婆は三人の姿を認めてゆっくりと口を開く。


「飯はまだか?」

 



 今までの苦労はなんだったのか。街の中央の広場周辺を探すと目的の店はすぐに見つかった。


 店主は装飾品とは縁のなさそうな親父であった。


「うちはどれも一点もの。彫金の街から買い付けた特別品。祭りじゃなきゃこんな値段で手に入らないよ」


 敷物の上に商品を並べているだけのかなり簡素な露店ではあるが、扱っている品物の数はかなり多い。


 どれもそれなりに凝った品であるように見えたが、ガロンの審美眼では装飾品の良し悪しは判断できなかった。値段の方はといえば、かなり高い。

 こんな値段、というのは祭りならではのボッタクリ価格なのではないかと疑ってしまう。


「ほんとにここか?」

「ええ、間違いないです」


 リティシアは目的の店を見つけてじつに嬉しそうだ。 

 広げられた商品を夢中になって見つめている。


 そこでガロンは店主の視線に気付いた。その視線はリティシアの髪飾りを見つめている。

 ガロンは不審に思ったが、なぜ店主がリティシアの髪飾りを気にしているのかすぐにわかった。


 並んでいる商品にリティシアの髪飾りと同じものがあったからだ。


 なるほど、とガロンは思った。並んでいる商品の質はわからないが、一点ものというのは嘘なのだろう。彫金の街と言えばこことは央都を挟んだ真逆のところにある。そこの品がこの街まで入ってくるのはかなり珍しいはずだ。


 つまり、向こうではそれなりに数が作られているものだとしても、こちらに流れてくる可能性はかなり低い。

 そういうわけで一点ものという文句でこの世にふたつと無い珍しい品だと主張して、実際よりも価値が高いものだと誤認させる売り方なのだろう。


 商人というのは様々な手法でものを売るというが、こうして目にするとなるほど面白いとガロンは思う。店主はひとつしかないと言ったはしから同じ髪飾りをつけているリティシアを見てまずいとふんだのだろう。


 他にも面白い商品はないかとガロンが見ていると、鈴蘭をモチーフにしたであろうブローチが目に入った。これがリティシアが探していた品だろう。


 確かに細工は凝っている。それにリティシアの髪飾りと見比べると、一緒につければ統一感が出てより美しい印象を与えるかもしれないとも感じた。


 ガロンはブローチを手に取る。


「これをもらえるか?」


 店主の目がリティシアの髪飾りからガロンに移る。


「ありがとうございます、お包みしますか?」


 ガロンの視線は店側に並んでいる鈴蘭の髪飾りを見ている。

 店主はガロンがからくりに気付いていることを理解したのか、必死に髪飾りから視線をそらしているように見える。


「いやこのままでいい」


 ガロンはブローチを受け取り、それをリティシアへ差し出した。

 リティシアはブローチとガロンを交互に見て目をぱちくりさせる。


「いいんですか!?」

「ああ、いつも世話になってるしな」


 それに昨日はリティシアがいなければ破産していたのだ。それを考えると感謝にこれぐらいの出費は当然と言えた。

 リティシアはブローチを受けとると感極まった表情で、


「一生大事にしますね!」

「大げさだ」


 リティシアが受け取ったブローチを胸につける。ガロンが思った通り、髪飾りと同じ意匠ということで全体に統一感が出た気がする。


「似合ってますか?」

「ああ」


 そう言われたリティシアは、買ったガロンが嬉しくなってしまいそうなくらい喜んでいる。


 本当に、本当に嬉しそうにしている。

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