第19話 あったはずの店


 二日目も快晴だった。

 

 待ち合わせの場所はガロンがふだんから使っている宿の前だった。ガロンとしてはそれなりに早く出たつもりではあったが、ガロンが宿から出たときには、もうすでにリティシアが待っていた。


 リティシアの装いはいつもと違った。いつものローブ姿の、いかにも冒険者といった装いではなく、洒落た町娘といった装いだ。

 とくに目にひくのは鈴蘭をモチーフにした髪飾りで、これがあるが故に全体的な印象が変わっている。普段着ではなくちょっとよそ行きといった風体だ。正直、かなりかわいい。


「待たせたか?」

「いえ、今来たところです」

「今日はどこから回るんだ?」

「え、と、ガロンさんはどこか行きたいところありますか? 昨日はイーノックさんたちとどこへ行きました?」


 思い出したくもない話だった。結局昨日は負債を取り返そうと躍起になっていたので、祭りを楽しむということは一切しなかった。

 ガロンは後半の質問を無視した。


「飯だな。俺はうまいものが食いたい」

「わかりました、市場に行けば色々あると思いますし、私も市場で欲しいものがあるんです」



 市場に近づくほど人通りはにぎやかになる。

 ガロンはリティシアに歩調を合わせて歩いている。


 昨日ガロンが見ていた人間たちに比べ、悲しくなるくらい健全な人間たちが祭りを楽しんでいた。

 串に刺さった肉を食い歩きする男、朝だというのに足どりが怪しい酔っ払い、追いかけっこをするこども。


 食べ物のいい匂いがしている。陽気な音楽が聞こえる。

 夏の空気を感じる。日差しは太陽が祭りを覗き込もうとでもしているかのようにまぶしい。


「先に私の用事をすませていいですか? 市場に入ったすぐのところに店があります」


 市場に入ると祭りの熱気が伝わって来た。


 人が多すぎる。


 場所によっては歩くのが困難なほどだった。

 ここまで人が多いのは見たことがない、というわけではないが、これほどの人の中に入るのは初めてだった。

 リティシアが先行してガロンがそのあとを行く。


 色々な店に目移りしてしまう。

 市場の入り口には食べ物屋が密集しているらしい。パン屋に肉屋に果物屋などふつうの店も多いが、中には変った店もあった。『珍肉あります 挑戦者求む』『絶品スープ おっかあの味』『冷えた飲み物 魔法協会直営』


「ここを曲がったところなんです」


 ふたりは十字路を左へと曲がる。

 目に入ったのは、かなり特徴的な店だった。


『筋力増強 精力増大 男の憧れがここに 剛力屋』


 看板の力強い字体は純情な乙女だったら二秒で回れ右をしそうなものであった。


「……ここか?」


 ガロンの問いにリティシアは固まる。


「大丈夫か?」


 リティシアがようやく我に帰る。


「いえここじゃないですここじゃありません」

「男の憧れ?」

「ちがいますやめてくださいほんとうにちがいます」


 リティシアは顔を真っ赤にしている。


「何を探してたんだ?」

「アクセサリーの店なんです。私のこの……」


 リティシアは自身がつけている髪飾りを指差す。


「髪飾りと似たブローチがある店を見かけたんです。たしかここだと思ったんですけど……」


 目の前には一欠片の容赦もない剛力屋がどっしりと店を構えている。


「場所を間違えたか?」


 周囲を見回すと様々な露店が並んでいるが、リティシアの言ったような店は見当たらない。

 市場の入り口付近という話なのであまり間違えそうにはないが、もしかしたら別の入り口付近という話なのかもしれない。


「そう……かもしれません」


 リティシアはどこか納得のいっていない様子ではあったが、口に出したのはそんな消極的な同意であった。


「先に腹ごしらえでもしないか? 適当に見回っていればそのうち見つかるだろ」

「そうですね」


 食い物はどれも美味そうに見えた。

 ガロンひとりだったら全部の店の制覇を目指したかもしれないが、リティシアのいる手前そうするのははばかられた。


 酒屋の前に飲食用のテーブルが用意されており、ガロンとリティシアはそこに買ったものを並べた。

 酒屋のテーブルを使って、別の店で買ったものを食うのはどうなのかとガロンは疑問に思ったが、こういう祭りの出店は街側が用意した共通の木皿を使っているらしく、どこで食べても回収してくれるらしい。


 ガロンは厳選に厳選を重ねた。酒、パン、スープは基本としてメインディッシュを何にするかは非常に悩んだ。

 できるだけ美味いものを食べたい、と早く何か食べたいの狭間で激しい戦いを繰り広げ、その結果選んだのは串肉だった。


 そんじょそこらの肉ではない。


 溶けたチーズがたっぷりかかった肉である。

 副菜としてチーズをかけたふかし芋を買っているときにガロンは閃いた。


「親父、このチーズだけ買うってことはできるか?」

「お代さえいただければ何にでもかけますよ」


 こうして最強のメニューは完成した。


 チーズの匂いが香ばしい。目の前に並ぶメニューを見ていると今日はいったいなんの祭りだという気分になり、そこから実際に祭りだったことを思い出す。

 リティシアの方はといえば、買ったのはすこしのお菓子だけだった。なんでも朝はすでに食べてきたらしい。


「いただきます」


 串肉を持ち上げるとチーズが糸を引く。

 それをからめ取ってがぶりとかじりつく。


 申し訳ないがうますぎた。こういったものを作りあげたというだけで人間は存在する価値のある種族だと思わずにはいられない。


 酒を飲み、チーズのかかった肉を貪る。

 テーブルに並んでいた食物はあっという間になくなった。


 満足である。


 ガロンはもうこれだけで祭りを十分に楽しんだ気になっていたが、時刻はまだ昼になったばかりだった。


「これからどうするんだ? 夜は祭りの何かがあるんだったか?」

「ええ、夜は文流しがありますね。あとは夕方ごろに広場の方でお芝居があって、それも見たいと思ってます、ガロンさんも一緒でいいですか?」

「ああ、今日は一日付き合う。夕方までは祭り見物でもしながらさっき言ってた店でも探すか?」

「ガロンさんが良ければ探したいですけど……」

「いいぞ、別に予定もないしな」


 ふたりは席を立つ。

 商人の威勢のいい売り文句が響き渡る。

 昼食を食べようと食い物屋には行列ができている。

 路上で喧嘩がはじまり、周りの人間がはやし立てている。


 祭りはまだまだ続く。

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