第18話 勝利の美酒
受付の男は恐怖していた。
なんだあの化け物は。
化け物が受付の元へと舞い戻ってくる。
金貨八枚を渡すと化け物は満足そうに受け取る。
強者は基本的に好まれる。だがこんな化け物は聞いていない。
そもそもこんな相手がいたら誰も飛び入り参加などしてくるはずもない。
ただでさえ飛び入りで闘士を確保するのは難しいのだ。飛び入り大歓迎とはいっても本当の飛び入りはすくなく、だいたいがこちらの用意した者同士で戦わせることになる。
だから最初はもう一戦やらないか? ともちかけたのだが、まさかこんな事態になるとは思いもしなかった。
もう男はこれ以上戦わないかとはきかない。
頼むから早く帰ってくれと祈るしかできない。
化け物が口を開く。
「もう一戦やれるか?」
博徒には博徒のプライドというものがある。賭けを生業としてはいるが、その構成員たちは荒くれであり、その根本には暴力がある。
もう勘弁してください、と簡単に言うわけにはいかなかった。
「ちょっと待ってくれないか、相手を用意する」
こうなったらあの男に出てもらうしかない。
あの男は「祭りのときくらい日陰仕事でのんびりしたくてな」とここには来なかったが、もう背に腹は代えられなかった。
化け物には化け物をぶつける。
※
次の相手が来るまですこし時間がかかった。
ガロンたちはそれまで適当に酒を飲んで過ごしていた。
「いやぁなんとかなりそうであっしは安心しましたよ」
イーノックが上機嫌にぐびりと酒を飲む。
手持ちの金貨は二十二枚にまで増えていた。既にガロンが失った金額近くは戻している。
ガロンが勝ち取った金以外にも、勝った金額をイーノックに渡し、それをガロンに賭けてもらっていた分もあるからだ。ここからは倍々で増やせることを考えるともう勝ったも同然だった。
「ガロンさんに任せときゃ全部大丈夫なんスよ、俺はわかってた」
リヒターもガロンに尊敬の眼差しを向けながら酒を飲んでいる。実に満足げだ。
そうしてしばらく過ごしていると受付の男がやってきた。
「いいぞ、対戦相手の準備ができた」
そのときにはすでに会場の気配は変わっていたのがわかった。観客の興奮の度合いが今までとまるで違う。
ガロンが中央におもむく前に、対戦相手の紹介が始まっていた。
「無敗の男が帰ってきたーーーー!! 百戦無敗!! リール一家の破壊神!! ダンドルフだーーーー!!」
爆発的な歓声が地下を満たした。
ガロンが進むと、観客たちは中央への道を作るように分かれていく。
そうしてガロンが中央へ辿り着くと、先に座っていた対戦相手と目があった。
百戦無敗の破壊神は、明らかに「あっ……」という顔をした。
朝方、最初に腕押しをした巨漢であった。
勝負は二秒で終わった。
パンパン、という音が地下に二回響く。
百戦無敗の破壊神は床につっぷすように倒れ、それ以上動くことはなかった。
往復させてはたけば観客に迷惑をかけないとガロンは学んだのだ。
こんなに楽にお金を儲けていいのだろうか、と思ってしまう。
これだけで今まで依頼を受けて稼いだ額以上の金を儲けている。もうずっとパンパンしてればいいんじゃないかな、と思ってしまうのも無理のない話であった。
受付の男の元へといって勝ち金をもらう。
「もう一戦やれるか?」
ガロンがそうきくと、受付の男は泣きそうな声でこういった。
「もう勘弁してください……」
※
夜。
ギルドの酒場の奥まった席に、ガロンとイーノックとリヒターの三人は座っている。
テーブルは親しい友人が亡くなったかのような悲しい雰囲気に包まれている。
テーブルの上には信じがたいことに酒がない。あるのは三杯の水だけだ。
誰が悪いかと言えばリヒターが悪い。
「ガロンさんほどのお人だったら、どっちが勝つかわかるんじゃないスか?」
手持ちはガロンが最初にもっていた額以上に増えていた。
ただ、三人で分けるとすると少し物足りないと言っていい。
三人は勝負することに決めた。
「次なる勝負はなんと異色の組み合わせ! 十六歳の少年と十七歳の少女でございます!!」
そう紹介されて賭けが始まった。
実際のところ、どちらが勝つか、を正確に判断するのは不可能に近い。勝負は実力だけではなく戦略だったり、あるいは運否天賦で決まる場合もある。
ガロンはどちらに分があるかを総合力で判断することにした。
身体のつくり、魔力、足取りや佇まいを真剣な眼差しで観察する。
少年の能力に点数をつけるとしたら、筋力が四、技量は五といったところで、少女の方は筋力が二、技量は六、かわいさは六といったところだ。
ガロンは総合力で判断する。
ガロンは少女に全額かけた。勝負に見た目は関係ないのだと気付いたときにはもう遅かった。
少女はふつうに負けた。
そんなわけで、またしても文無し三人衆の誕生だ。
ガロンは二度と賭博などしないと誓う。多くの人間がコツコツと働くのには意味があるのだ。
ガロンは水を一口で飲み干す。あたりまえだが水の味しかしない。隣のテーブルの酒を見て悲しくなってくる。
そこにリティシアが現れた。
「どうしたんですか?」
まさか破産しましたとも言えない。
「いやちょっとな、リティシアの方はどうだったんだ?」
リティシアは不満そうにする。
「朝から大変でしたよー。イカサマ賭博の取り締まりからてんやわんやでした」
「イカサマ賭博、とは?」
「なにかサイコロを使ってやるのでしたね。そこで負けちゃって調べて欲しいと通報する人が複数いて、調べようとしたら店の中全員が逃げ出して追いかけるのが大変でした」
「それはもしかして、ギルドの近くにあった店か?」
「なんで知ってるんですか?」
イーノックが割り込む。
「それで負けた人はどうなるんで?」
「え、と、捕まえた人たちは留置所にいるんで、その人たちから確認がとれれば負け分は返してもらえると思いますよ」
リヒターがさすがは聖女さまだと自分の手柄みたいな顔をしている。
イーノックは早くも酒を頼んでいる。
ギャンブル、というのは特殊な心理状態を作る。
例えば手持ちの二倍になってから元の金額にもどってしまうと、精神的には大きく負けた気分になる。
逆に、破産寸前から初期の手持ちにまでもどすと、精神的には大勝したような気分になるものだ。
負け金がもどることが確定した今、ガロンたちの大勝が確定したのだ。
酒がテーブルに運ばれる。
その夜もっとも盛大な乾杯がおこなわれる。
ガロンは一杯を一息で飲み干した。
勝利の美酒だった。
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