第17話 賭博激進録ガロン


 祭りのときにだけ開かれる闘技場がある。


 冒険者はお断りだが、基本的には飛び入り大歓迎とされている。単なる博徒の見世物と馬鹿にしてはいけない。場合によっては裏稼業の猛者も参加するときがあって、運次第ではハイレベルな喧嘩を観戦できたりもする。


 これにガロンを放り込む。冒険者ではないので。


 冒険者ではないのがそれほど重要なのかと疑問に思い、ふたりに聞いてみたところ、冒険者が営業妨害と判断されるようなことをした場合は、最悪ライセンスの剥奪になる恐れがあるそうだ。


 それどころか冒険者であるという表明を怠っただけでも、見つかれば依頼を一定期間受けられないという重いペナルティがかせられる。


 見つからなければ大丈夫なのでは、と思うかもしれないが、警備には一部冒険者が参加しており、警備の中には当たり前に顔見知りがいる。遭遇したらそれだけでアウトだ。


 その点ガロンは剥奪されるライセンスも持っていないし、そもそも依頼が個人では受けられないので何も関係ない。やりたい放題である。


 ただそこには問題もあった。


 闘技場への参加にも金がかかるのだ。参加するには金貨四枚を支払い、勝ったほうの総取りという単純な方式だ。胴元側は客同士の賭け金の一部を利益とし、参加者側からは一切受け取らない。


 ところでガロンの全財産は今、金貨一枚しかない。


 イーノックとリヒターの持ち金はと言えば、ガロンが尋ねたら目をそらして口笛を吹き始めた。


 というわけで、種銭がない。


 まずは種銭の確保からだった。


 種銭ももちろん博打で稼ぐつもりだ。ただ博打といっても運否天賦のものではなく、力で解決できるものとする。


 それは腕押しだ。


 街中の裏通りちょっとをいけば、ふだんは見ない怪しい店が必ず目に入る。街の博徒がかきいれ時と、そこら中でちょっとした博打ができる場所を提供しているのだ。


 色々な種類の博打があるが、その中には腕押しに勝てば賭けた金額の二倍を払い戻すというものがある。


 ガロンたちはそれを狙った。


「くれぐれも圧勝だけはしないでくださいよ、苦戦しているフリがキモです」

「なぜだ?」

「街中の博打屋は全てリール一家が仕切ってます。めちゃくちゃな勝ち方をしたらすぐに情報が伝わって次の場所じゃ受けちゃくれません」


 イーノックからそう言われていた。


 裏通りの建物の間の、細く暗い道の行き止まりにその店はあった。

 大きなの木樽の前後に椅子だけが置いてある簡素なもので、樽の後ろにどう見てもカタギではない巨漢が一人座っていてる。


 木樽には紙が貼ってあり『腕押し、勝てば二倍お支払いします』とだけ書いてあった。


「やれるか?」


 巨漢がガロンの姿を見つめる。


「いいよ、うちは最低銀貨三枚から、最高は金貨一枚までだ」

「では金貨で」

「威勢がいいね、座りな」


 巨漢に言われるがまま席について向かい合う。


「腕を組んで三秒経ったら開始、相手の手の甲を樽につけたほうが勝ち、魔法は禁止だ。いいか?」

「ああ」


 肘を樽に置いて腕を組み合う。巨漢の手はガロンよりも一回り大きかった。

 巨漢が深呼吸をひとつ。


「いくぞ、三、二、一」


 腕はびくともしない。

 ガロンには始まったのかも分からなかったが、巨漢がすごい顔をしているのでたぶん始まっている。


 苦戦するフリ、と言われてもいったいどうすればいいのか。


 後ろを振り返って細道からこちらを覗いているイーノックを見やると、必死な顔をして首をブンブン振っている。

 どうやらだめらしい。


 ガロンはわざとゆっくり自分の手の甲が樽に着く手前まで持っていき、そこからゆっくりと押し返して巨漢の手を樽につけた。

 巨漢は何が起こったのかわからないという顔をしている。


「勝ち、だよな?」

「あ、ああ……」


 金貨一枚を受け取ってすぐに立ち去った。

 イーノックとリヒターに合流すると、リヒターは、


「ガロンさんすっげー、さすがッスよ!」


 と興奮気味だったが、イーノックは、


「何やってるんですか、あれじゃすぐ話が伝わっちゃいます、急ぎますよ」


 その後、似たような店を二件見つけてなんとか闘技場参加費の金貨四枚は確保できたが、三件目では参加を拒否された。


 どうやら話が伝わったらしい。

 何にせよ三回やれたことで第一関門は突破した。


 これで闘技場に向かえる。





 街の中央付近には地下で酒場を営んでいる店がある。


 祭りの日だというのに、入り口には本日休業という看板が立てられていた。


 酒場の入り口へと繋がる階段には、ふたりの強面な男がなにかの勘違いで一般の人間が入らないように番をしている。

 

 闘技場はその階段の先にある。


 ふたりの強面はリヒターの姿を認めると「通れ」とだけいった。

 どうやらリヒターはすこし顔がきくらしい。


 酒場に入ると、いかにも、な雰囲気に包まれていた。

 酒場の広さは結構なもので、天井があまり高くない、という点を除けば即席の闘技場としては十分といえる。


 客席は全て片付けられ、客は思い思いの場所で立ちながら酒を楽しんでいる。その中で、部屋の中央部分だけはひらけた空間になっていた。


 その中央ではふたりの男が殴り合っていた。すでに佳境なのか、技巧を凝らした戦いではまるでなく、原始的とも言える凶暴さでお互いが拳を繰り出していた。

 片方の男が顎に拳をもらい、魂が抜けたような倒れ方をした。


 周囲から歓声が上がる。勝者が発表される。賭けに勝ったものは払い戻しのためにカウンターに並び、負けたものは賭け券を捨てて悪態をつく。


 リヒターが部屋の隅にいる男を指さした。


「あの男に参加したい旨を伝えれば参加できます、今丁度試合が終わったところなんで、次の試合は出られると思いますよ」


 ガロンはひとりでその男の元へと向かった。


「出られるか?」


 男はガロンを睥睨し、


「今ちょうど相手待ちをしてたところだ。ルールはわかっているか?」


 ガロンは首を振る。


「武器、魔法、殺しはだめ。要するに素手の喧嘩だな。参加費は金貨四枚。参加費といってもおれらは闘士から預かるだけで、勝ったほうが総取りだ」

「わかった」

「今ちょうど対戦相手がいるからすぐにでも始められる。やるか?」

「ああ」

「名前は?」

「ガロンだ」

「じゃあ中央に行ってくれ」


 中央のひらけた空間へ向かうと、ふたつの椅子が用意してある。

 片方の椅子には、すでにガロンの対戦相手と思しき男が座っていた。

 細いが引き締まった肉体、目つきは鋭く、ちょっとした喧嘩自慢、という雰囲気ではない。

 ガロンも椅子に座る。周囲の視線が集まる。


「さあ次なる対戦カードはさすらいの武闘家リー!! 対する相手は飛び入りの参加者ガロンでございます!! どうぞ皆様奮ってお賭けください!!」


 どうやら観客が賭けをする時間があるようだ。五分ほど待つと賭けが締め切られ、賭け率が表示される。

 ガロンが勝った場合、二.三倍になるらしい。


 ということは、ガロンの方が人気がないということだ。

 相手のことはよくわからないが、すくなくとも観客たちからしたら飛び入りの参加者よりは強いと考えられているのだろう。


 ガロンと対戦相手が立ち上がり、椅子が片付けられ、審判の案内に従ってふたりは距離を取る。


「それでは開始させていただきます!!」


 審判の号令で戦いは始まった。


 リーと呼ばれた男は腰を沈め、体の正中線を塞ぐように手を正面に構えた。右手を上に、左手を下にして拳を握る。


 紹介で武闘家と名乗られていた以上は武術の構えなのだろう。ガロンにはそれがどういった意味があるのか理解できないが、人間が研究した結果こうするのが良いと導きだされたものなのだろうと思う。


 リーが突然踏み込んできた。動きは素早く、体の軸が一切ぶれない不思議な移動だった。

 間合いを一瞬で詰められ、リーの右拳が突き出、


 ひっぱたいた。


 パン、という音が地下に響いた。


 リーが観客に突っ込んで、それ以上動くことはなかった。


 観客は突然の強者の出現に驚嘆の声を上げる。

 ガロンとしては頬をなでただけに近いが、観客たちからは強烈なカウンターか何かに見えたのかもしれない。


「勝者ガロン!!」


 審判が勝者を宣言し、それだけで試合が終わった。

 参加を受け付けていた男の元へ戻ると、しっかりと金貨八枚が渡された。

 金貨四枚といえば結構な額だ、こんなに簡単に金が手に入ってよいのかと、ガロンはなにか悪いことをしているような気分になる。


 受付の男が口をひらく。


「もう一戦行けるかい?」


 ガロンは迷わず即答した。


「ああ」


 中央へと戻るとすでに対戦相手が待っていた。片目に眼帯をつけた男で、ガロンを見て笑っている。

 次なる戦いの相手は、どうやら有名人らしい。審判の声も気合が入っていた。


「さあ今度はあの男が戦ってくれます! もう冒険者ではないから俺は参加できる! アーヴィンでございます!!」


 観客が歓声に包まれる。


「対する相手はこの男! たった今武闘家リーを一撃で倒した怪物、ガーローーン!!!!」


 観客たちの声は「がんばれよーーーー!!」「死ぬなーーーー!!」といった、ガロン側を応援するものだった。

 こいつはそんなに強いのだろうか。ガロンがアーヴィンという男を見ると、男の方もガロンのことを見ていた。お互いの目が合う。


「あんた、相当強いな、いったい何者だ?」


 何者、と言われても竜ですと答えるわけにもいかない。返答に窮していると、男は答えなどどうでもよかったのか言葉を続けた。


「俺はあんたみたいな強者と戦いたくてここで張っていてな」


 男がニヤリと笑う。


「せいぜい楽しませてくれよ」


 戦いが始まった。


 パン、という音が地下に響いた。


 アーヴィンが観客に突っ込んで、それ以上動くことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る