第16話 破産


 祭りの季節だった。


 祭りの名はディオースという。


 名前の由来は、英雄ディオスの名から取られている。


 ディオスは貧しい生まれで父を早くに亡くし、母の女手一つで育てられていた。

 その母も、ディオスが成人となる直後に亡くなってしまう。


 母は亡くなるそのときまで、ディオスの将来を大層心配していたそうだ。


 幸いなことにディオスには秀でた武の才があり、軍に入ったのちに数々の武勲を立て、いつの間にか英雄と呼ばれるまでになっていた。


 ただ、英雄となったディオスの心にひっかかり続けているものがある。


 それは母だった。

 母は最後までディオスのことを心配していた。そんな母に今の自分を知ってもらうためにはどうすればよいのか。


 それを知るためにディオスは高名なエルフに教えを乞うことにした。

 するとエルフは、ディオスに母へとメッセージを伝える方法を教えてくれた。


 夏が始まった最初の満月の夜に、バングラスの葉で小さな船を作り、そこに母への手紙をのせて河へと流すのだと。


 ディオスは半信半疑ではあったが、エルフの言う通りにした。

 バングラスの葉を折って手のひらほどの小さな船を作り、そこに手紙をのせて満月の夜に河へと流したのだ。


 すると不思議なことがおこった。葉で作った小舟は河を流れながら淡い光を放ち、光は次第に強くなり、最後には葉ごと手紙と共に消えてしまった。


 ディオスは、母に今の自分がどうしているか伝えられたのだ。

 それ以来、夏の始めの満月の日は、死者をしのぶ祭りが行われることになった。



 死者をしのぶ、といっても祭りは祭りである。


 一般民衆にとってはそういった細かいことはあまり関心がなく、催しの内容といえば収穫祭と大差ない。

 祭りは満月の前日と当日の二日間にわたって開催される。道には露店や出店が立ち並び、広場には大道芸人が溢れ、そこかしこでお祭り騒ぎが行われる。


 ディオース祭の特徴と言えば、祭りの終わりに、バングラスの葉で作った船にロウソクを乗せて河に流すところだ。

 伝承の再現として河を流れる無数のロウソクは大層美しく、ここだけは死者をしのぶ、といった体面を一応は保っている。


 ここで冒険者には二つの選択肢がある。


 ひとつは単に祭りを楽しむこと。


 もうひとつは、祭りの治安維持に協力することだ。


 ディオースは国中で同時に行われる祭りである。そうなると、ちょっとした街や村だと治安維持のための人員が足りなくなるのだ。

 そこで冒険者が雇われることになる。


 正直な話、国からの依頼な上にそれほど危険もないので、報酬はあまりいいものではない。

 よっぽどの変わりものか、日銭に困るような冒険者でなければ請けることはないといっていい。


 が、リティシアはちょっと変わっていた。ちょっとなので一日目だけ依頼を請けることにしたらしい。


 ガロンはちょっとどころではなく変わっているが、依頼には見向きもしなかった。リティシアから「ガロンさんはお祭りを楽しんでいいですよ。二日目は一緒に回りましょう」と言われたからでもある。


 天気は素晴らしい快晴で、夏の始めだというのに真夏のような日差しだった。朝も早くから音楽が鳴り響き、人々の笑い声が聞こえる。


 こうしてディオースの一日目は始まった。



 


 やってしまった。


 ガロンと、イーノックと、リヒターが、三人揃って全財産を溶かしてしまったような顔をして賭博場の前で立ち尽くしている。


 実際に溶けている。


 少し時間を戻そう。

 


 祭りとなると一般の人間が楽しめるような露店やらの他に、怪しい店も出てくる。それらはその程度がどうあれ、だいたいが賭場と言っていい。


 ガロンは人間のギャンブルというものを初めてやった。三つのサイコロを投げ、その出目の組み合わせで強さを決めて勝負する。


 人間が行う賭博、というものにガロンは興味があった。


 勝てば一攫千金、負ければ全てを失う。なかなか面白そうではある。


 なによりガロンは資格がないとはいえ冒険者である。たぶん。


 冒険者ならば冒険をしなければならない。


 リティシアも言っていた。冒険者の心得そのいち、冒険者は失うことをおそれないと。


 ガロンは失うことを恐れなかった。


 賭博場に踏み込むガロンの足取りはさながら勇者といった勇壮さに満ちあふれていた。


 当たり前な話ではあるが、勇気と結果は賭博において何の因果関係もない。


 ガロンは熱くなってしまった。


 あっという間に破産した。


 店のそとに出て、ガロンは途方にくれる。


 ガロンの所持金はリティシアに監視されているのだ。

 どうやらガロンは相当金遣いが荒いらしく、リティシアがその役を買って出た。


 ガロンとしては迷うところではあったが、リティシアの好意ということで頼むことにした。結構な額の路銀が貯まっているのはそのおかげでもある。


 今はもうその路銀もないが。


 とてもよろしくない。


 リティシアに知られたらいったいどうなってしまうのか。怒りそうな気もするし呆れそうな気もするが、どういった方向にせよ失望されることは間違いない。


 そこに、偶然イーノックが通りかかった。


「旦那、どうしたんです?」


 ガロンは恥を忍んで事情を話した。


「なんですか、そんなのあっしに任せてくださいよ」


 するとイーノックは実に男前な顔をして、賭場へと入っていった。


 少ししてイーノックが出てきた。


 パンツ一丁で。

 目には光がない。


 二人が途方に暮れていると、偶然リヒターも通りかかった。


「ガロンさん、どうしたんですか?」


 事情を話すと、リヒターは、


「なんだ、そんなことスか。おれが取り返してきますよ」


 そう言って自信に溢れ賭場へと踏み込むリヒターは、とても頼もしく見えた。


 少しするとリヒターが出てきた。


 鼻の下を指でこすりながら「へへっ」と笑っている。もちろんパンツ一丁で。



 こうして祭り開始から数時間もせずに悲惨な軍団が誕生したわけである。


「で? 何か手はあるか?」


 イーノックもリヒターも首を振る。


「お手上げですよ、冒険者である以上あっしらにはどうしようもありません」

「冒険者である以上、とは?」


 リヒターが説明を引き継いだ。


「さっきみたいな運試しの賭場以外にも、腕っぷしを競うような怪しいところは結構あるんスよ。ただおれら冒険者はそういうのには参加できないんです。国からの依頼を受けていなくても、冒険者ライセンスを持っているものはそれを示すように義務付けられていて、冒険者は参加できない決まりになってるんです」


 リヒターがパンツに括り付けてあるバッジを指さす。そうまでしてつけなくてはいけないものなのか疑問はあるが、それ以上に自分の股間を見てくれと指さしているようでちょっと気持ちがわるい。


「冒険者ライセンス…… それがなければ参加できるということか?」

「そりゃまあそうスけど」

「おれ、持ってないぞライセンス」


 突破口は、意外と簡単に見つかった。

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