第13話 山頂にいるモノ
フィーゲル山への道中、鬱蒼とした木々を縫ってリヒターは歩を進めていた。
気に食わない女だった。
リヒターが考える冒険者の資質でもっとも重要なのは個の力である。
個人としての戦闘力が高ければ、それ以上に必要なものなど何もない。
早い話が、個人で依頼を達成できる力があれば仲間も必要ないのだ。
あたりまえだが人数が多いパーティほど、一人あたりの依頼報酬は減る。
リヒターが思うに、冒険者の仕事の危険度と報酬は、見た目上の割と、実際の割でかなりのズレがある。
熟練の冒険者が四人以上で挑まなければならないような依頼をこなすよりも、熟練の冒険者ならばひとりでこなせるような難しくない依頼を単独でこなした方が割がいい場合がほとんどだ。
組んでいるやつらはそれを理解していないのか、それとも冒険者を遊びだとでも考えているのか、リヒターからすれば馬鹿としか思えない。
人数が増えれば増えるほどトラブルが起こる確率も増えるものだ。依頼外での病気や怪我もあり得るし、単純に人間関係のトラブルだって起こり得る。
利点としてリスクの回避があるのは理解できる。何か不測の事態に遭遇したときには、人数が多い方が対応できる幅が広いというのはリヒターも認める。
しかし、そもそもリスクを恐れるというならば冒険者になどならないべきなのだ。冒険者は失うことを恐れてはならない。それが嫌だと言うなら、そんな奴らは適当な人足仕事でもしていればいい。
そう考えると、リティシアという女は最悪だった。
補助術師というのがまず気に入らない。資質そのものが他人だよりなどリヒターの最も忌むべきものだ。
そんな女がギルドで一目置かれているというのがリヒターは許せなかった。
ガロンという男ならばわかる。あれは一目見て只者ではないと理解できる。
リヒターは自分の腕っぷしにはかなりの自信があるが、あの男には不思議と勝てる気がしない。
そんな男にくっついているだけでいい気になっている女には、自分の力をわからせなければならない。
だからそうなるように仕向けた。
あの男には申し訳ないが、二日はまともに動けなくなる腹下しを飲んでもらった。
今頃リティシアは絶望しているはずだ。単独でグリフィン討伐など熟練の冒険者でもでなければ不可能だ。
もしかしたら協力を申し出る冒険者がいる可能性もあったが、こういった争いには基本関わらないのが冒険者の中では暗黙の了解だ。ギルドの連中はそれを破るほどは、あの女に入れ込んではいないだろうとリヒターは予想していた。
なに、ひとりでグリフィンに突っ込んで死ねというわけではない。リヒターもそこまで鬼ではない。
自分ひとりでは何もできないとあの女にわからせるだけだ。
※
グリフィンは山頂付近に巣を構える。なぜそんなに見つけやすいところに巣を構えるのかという疑問は学者たちの研究の的になっている。有力とされる説はふたつあり、ひとつは天敵がいないために発見されることを恐れないから。
二つめはつがいとなるオスに発見されやすいようにということらしい。グリフィン自体数が少ないので証明はされていないが、その説は当たっているのではないかとリヒターは思っている。
今は産卵の季節より少し前だ。そのためにフィーゲル山に巣食ったのだろう。
巣はすぐに見つかった。
山頂のだだっ広い空間の大きな岩場近くに、鳥の巣をそのまま巨大化したような巣があった。
嫌な予感はしていた。
リヒターは慎重な足取りで巣に近づく。
あとから思い返せば、道中の動物の気配がえらく少なかった気がする。
だからその光景を見ても必要以上には驚かなかった。
巣には、ずたずたになったグリフィンの死体があった。
鋭い槍で貫いたような傷で全身がめちゃくちゃにされており、巣に死体があるということは抵抗すらできずに殺されたと考えるのが自然だろう。
運がいい、これで証拠を持ち帰れば依頼達成だ、とはもちろん考えない。
死体がある、ということは、これを死体に変えたやつが近くにいるということに他ならない。
「あら、別の人?」
不気味な声だった。女性的であるにも関わらず低い声。まるで本来の言語ではない言葉を発しているが故に不自然になっているかのような。
巣の近く、岩場の上に何かがいた。
それは人の形をしていた。
青白い肌をして、黒い装束を身にまとっている。一見人にしか見えないが、リヒターにはそれが絶対に人間ではないという確信があった。
魔族だ。
なぜここに魔族が、という疑問を抱く余裕すらなかった。
グリフィンを屠ったのは間違いなくこの魔族だ。
ヤバい。
「だんまりなの? あたしちょっと暇だからお話でもしない?」
魔族は、暇つぶしで人間を殺す。
戦おうとすら思わなかった。
リヒターの冒険者としての本能が全力で警鐘を鳴らしていた。
よじるように体を反転させ逃
※
護衛の依頼を無事に終え、フィーゲル山の道中も何事もなかった。
ここまで来るとリティシアも開き直ったらしく、いつもどおりの様子に戻っていた。
ガロンとしてはグリフィンがすでに討伐されていた場合、これからしばらくタダ働きが発生するというのは若干憂鬱ではあったが、まあ仕方がないだろうという気持ちでいた。
若かりし頃というのは熱くなることもある。ガロンにもはるか昔ではあるがそういった経験はあった。
中腹のあたりでガロンはすでに気づいていた。
魔族の気配だ。
感じ取れる魔力は極めて好戦的で隠そうともしていない。
そして人間の気配がひとつ。
少し進んだところの山道の脇に、力尽きて倒れている人間がいる。
リヒターとやらだろう。何が起こったかは想像に難くない。グリフィンを討伐しようと意気込み、山頂へたどり着いたら魔族がいたのだ。そして襲われた。
まだ生きているのは逃げ切ったというよりも逃されたからなはずだ。ふつう、大きく格上の相手から逃げ切ることはできない。逃したからには何か意図がある。
山頂から伝わる好戦的な気配からするにおそらくは挑発。
山道を進み、リティシアもようやく気がついたようだった。
息を飲む気配。
すぐさまリティシアが走り出した。
ガロンもそのあとを追う。
リティシアが倒れている人影に向かって叫んだ。
「大丈夫ですか!? どうしたんですか!?」
リヒターという男は重症を負っていた。
その手足には槍で貫かれたような傷があった。グリフィンにやられたわけではないというのは、リティシアもすぐに気づいたはずだ。
リヒターがガロンたちの姿を認めた。
その表情は、竜であるガロンにはどういった感情を表しているのかわからなかった。
絶望と、希望と、怒りと、諦観と、悔しさが入り混じったような表情。
「助……けてくれ……」
リヒターは絞り出すようにそう言った。
リティシアの動きに迷いはなかった。すぐに駆け寄って応急処置を開始した。
それを見てガロンは魔族の意図を理解した。
それはガロンたちを逃さぬためだ。相手はガロンたちが万全の状態ならば逃げられる可能性があると考えている。そこでお荷物をこうして寄越したわけだ。
「絶対助けますからね、安心してください」
道中散々悪口を言っていた相手を、迷わず助けるリティシアにガロンは苦笑する。それがリティシアのいいところなのかもしれない。
「リティシア、わかってると思うが、それをやったのはグリフィンじゃない」
「わかってますよそれくらい、上になにかいるんでしょう?」
リヒターが泣き出しそうな声で言う。
「魔族だ…… 魔族がいた……」
ガロンはそれを聞いたリティシアの反応を見ようと、リティシアの方に顔を向けた。
リティシアの目を見ただけで、完全に覚悟が決まっているのがわかった。
「逃げるつもりはないわけだな?」
「ないです、助けます」
「わかった、じゃあおれが行こう。リティシアはその男のお守りをしておいてくれ」
「わたしも行きます」
「だめだ、第一その男は誰が守る? 血の匂いで寄ってくる獣はいくらでもいるぞ。まさか連れて行って守りながら戦う余裕があると思うのか?」
「それは……」
リティシアの迷いを断ち切るようにガロンは言った。
「おれが負けると思うか?」
リティシアの返事は早かった。
「思いません」
「それに、その男には昨晩ごちそうになってな。一飯の恩くらい返すさ」
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