第10話 割に合わぬ依頼(2)


 スライムは思っていたよりも山奥にいた。

 その数は膨大でリティシアが、


「これはちょっと時間かかっちゃうかもしれませんね」

 

 と漏らしていた。


 結論から言えば、スライムはたしかにスライムであった。


 めちゃめちゃに地味な作業だった。


 スライムの大きさはガロンの拳程度だった。

 その討伐方法は、中心にある赤い核にちょっと魔力を当てる。ただそれだけだ。

 それだけでろくな魔力抵抗もなくスライムの核は失われ、ただの水分に戻って地面へと吸収されていく。


 この作業をひたすらに繰り返す。

 つまらなすぎてガロンはなんだか悲しくなってきた。


 リティシアはテキパキとスライムの駆除を続けている。ガロンは退屈を紛らわすためにリティシアを眺めていた。かわいい。魔法による補助をおこなっているのか、リティシアは実に素早く動く。


 リティシアの術はすこし変わっているとガロンは思う。ふつう、術師が素早く動きたいならば足に魔力を込めて動く。しかし今のリティシアを見るとそうではなく、身体全体に補助術をかけて素早く動いているらしい。


 その術にしても補助術という気配は希薄で、意味のある形で構成された術というよりは、魔力による基本的な身体強化と同じような、ごく単純で自然なものであるかのような気がする。


「ガロンさん! サボらないでください!!」

「いやおれは別に」

「別に? 手、動いてないですよね? ガロンさんが気になるって受けた依頼なんですけど」

「はい」


 ガロンはため息を一つ。

 しゃがんでスライムたちを地味に駆除するその姿は、なんだかいじけているようにも見える。

 かつては恐れられていたスライムが、いまではこんなざまというのは少し気の毒だった。


 どうして人間と竜との間でスライムに対する認識の違いが発生したか、ガロンなりに考えていた。

 思い返してみると、人間にスライムから助けてくださいと請われた記憶は千年以上昔であったかもしれない。


 その千年の間にスライムはどんどんと弱くなっていったのだ。

 人類の魔法の発展、駆除法の確立、おそらくはそういった理由から、スライムの駆除が徐々に難しいものでなくなっていったのだろう。


 そういった理由からスライムに対する驚異が薄れていったのだ。

 するとどうなるか。


 スライムが弱くなるのだ。

 駆除しやすくなったから相対的に人間という種よりも弱くなるというわけではなく、実際に弱くなるのだ。


 それはスライムが魔法生物であるということに大きく起因する。

 魔法生物は、実体が不確かである分だけ魔法的な影響を受けやすい。

 そんな生き物がヒトと称される知的な種族全体から「弱い」と認識され続ければどうなるか。


 それはおそらく呪いのように作用することだろう。

 結果として今ガロンが悲しい思いをしながらひたすら駆除している「コレ」になるわけだ。

 すべてガロンの推測ではあるが、間違っていないという自信はあった。

 人間の発展と、時間の無慈悲さを知るいい資料になりそうだ。


 そこでふと、ガロンの脳裏に美少女になる方法が思いついた。ただ、これは直感的にやりたくないとも感じていた。


 皆に忘れ去られるのだ。


 ガロンが美少女に変身できない理由は、スライムに働いた力と同じくこの世界からの認識によって呪いじみた抵抗があるからである。


 つまり、その認識さえなくなればガロンは美少女になれるはずだ。

 千年でも二千年でも姿を消しているだけで、たぶんガロンは美少女に変身できるようになる。


 ただ、それはあまりにも時間がかかるし、何か見苦しいような気がするのだ。

 美少女になりたいというのは見苦しくないのか、という疑問は受け付けない。


 ガロンの考えかたからすれば「美少女になるために動く」というのは雄々しい行いであり、「美少女になるために姿を消す」は女々しい行為なのだ。


 気配。


 今のガロンがぎりぎり感知できる範囲に一羽のカラスがいた。


 弾いた。


 拳を握り、親指の先にある空気を魔法圧縮した指弾を放った。


 直撃を受けたカラスの頭部はいきなり消失した。


 スライムを駆除しながら近づく。死体を確認すると、それは魔物化したカラスであった。魔物化したカラスというのはすこし珍しい。カラスは使い魔としてよく使われるので何か監視の類ではと危惧したが、どうもその可能性は低そうだった。


「ガロンさん? どうかしたんですか?」

「いや、なんでもない」


 カラスの死体を魔法で燃やして処分した。

 炭になったカラスを捕食しようとスライムたちが寄ってきて、駆除が捗るのはなんとも言えない気分だった。


 作業は日暮れ間近までたっぷりかかった。


 この日あった良いことと言えば、帰り際に農夫のおっさんが振る舞ってくれた飯が美味かったことくらいだ。



*



 ギルドに戻る頃にはすでに夜の帳も降りていた。


 依頼の報告を済ませると、受付の男は上機嫌な様子で言った。


「いやあ、いつも助かるよリティシアちゃん」


 ガロンの方に視線を移して、


「それにガロンの旦那も」


 現金なものだと思う。一ヶ月と少し前にはガロンどころかリティシアですらうさんくさい目で見ていたくせに。


 そこに酒場の方から酒臭い男が現れた。


「旦那じゃないっすかぁ、お勤めご苦労さまです!」


 イーノックだった。

 姿勢を正してわざとらしい敬礼をする姿は酔っ払いそのもので、真っ赤な顔をしてすでにだいぶ出来上がっている。


「今日はなんのお仕事で?」

「スライムの討伐だ」


 イーノックはわざとらしく驚きの顔を作って、


「そりゃすごい! 一月以上誰も達成できなかった依頼だ! こりゃ祝うしかないっすね! 達成祝いにこっちでいっぱいやりましょう!」


 リティシアがまたか、という顔でガロンを見ているが止めはしない。リティシア曰くこういったコミュニケーションも冒険者には重要なことだそうだ。


 イーノックに半ば引きずられるような形で酒場へ入ると、今日も今日とて冒険者ギルドの酒場はにぎわっているらしい。

 席につくまでにも酔っ払いたちがやかましい。


「旦那ぁ! お疲れさまっす!」

「また奢ってくれるってマジっすか旦那ぁ!!」

「みんなーーー! 旦那のご帰還だぞぉーーー!!」


 実は、初日以外にも何度か酒を振る舞うというのはやっている。

 なんというか、別にそれが美少女ではなく、むさ苦しいおっさんの集団であろうと、楽しそうに騒ぐ姿は竜の視点から見るとなかなかかわいらしく映るのだ。


 そんなせいか、今ではここの人間もガロンと打ち解けてきたのかもしれない。

 数日前には、別のパーティから依頼を手伝ってもらえないかと相談されたこともあった。そのときはすでに別の依頼を受けていたので断ったが、リティシアが大分嬉しそうに、そして申し訳無さそうにしていたのをよく覚えている。


「今日はおごらんぞ」


 途端に酒場は非難の嵐に包まれる。


「旦那のけちーー!!」

「旦那のうんちーーーー!!」


 と子供みたいなヤジが飛び交う。

 ガロンは奥の席にどっかと腰を下ろす。


「じゃあ俺に飲み比べで勝ったらおごってやる」


 このやりとりもお決まりになってきた。

 皆がこぞって名乗りを上げる。


「ではあっしからいかせてもらいましょう」


 イーノックが対面に腰を下ろす。

 すでに出来上がった赤ら顔だが、その瞳は獲物をねらう狼が如き眼光を放っている。

 たとえ酒場にいる全員でかかろうとガロンに飲み比べでは勝てない。それはもう周知の事実として認識されている。

 しかし挑戦が止むことはない。ガロンにも皆がこういった飲み方を楽しんでいるのだとわかっている。

 

 イーノックはすぐに敗北した。

 

 飲み比べの敗北条件は、降参するか、見苦しいと周囲に判断されるかのどちらかになっている。

 イーノックの場合は後者だった。トイレに向かって妙な足取りで駆けるその姿は、満場一致で見苦しいと判断された。

 

 次の挑戦者が現れる。

 酒場は祭りのような騒ぎへと加速を続ける。


 

*



 誰かが評価されると、それを面白くないと考え始める者は必ずいる。

 今もひとり、つまらなそうな顔でギルドの酒場を出た男がいる。

 そんな男がいるなどと誰も気づかず、今も酒場は大騒ぎを続けている。


 夜はまだまだ長い。

 

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