第9話 割に合わぬ依頼(1)
ガロンの旅に出た目的は、もちろん美少女になるためだ。
しかし、最近のガロンは適当な日々を過ごし、目的に近づいているとは間違っても言えない。
何もしていないというわけではない。ちょっとの気まぐれで人間の図書館とやらに行ったこともある。だが、図書館の蔵書数は思いのほか多く、そもそも人間の文字をいちいち読むのはめんどう極まりなく、図書館に足を踏み入れて二十分足らずで、こんなところに手がかりが転がっているならば苦労はしないと諦めた。
ガロンの方針はわりと適当だ。
央都を中心に手がかりを探し、それでもだめなら北の果ての賢者を頼りにするか、くらいしか考えていない。
いずれにせよ短時間で目的が果たせるとは思わない。そのためにはいくら路銀があっても困らないわけだ。
よってガロンは無駄な日々を過ごしているわけではない。
そう自分に言い聞かせ、今日も街をぶらつき、適当に酒をちびちびやって過ごしている。
※
依頼の日になって、ガロンとリティシアはふたりで依頼の掲示板を眺めている。
これはここ最近に起きた変化で、今まで依頼はリティシアに任せきりにしていたが「ガロンさんも一緒に選んでくれませんか?」と言われて以来、こうして一緒に依頼を受けることになっていた。
結局のところ依頼はリティシア任せではあるのだが、ガロンが同行するとリティシアは心なしか嬉しそうにしているように見える。
今日の掲示板に貼ってある依頼数は比較的すくなめだ。依頼の場所を近隣にしぼって探すと、報酬が良いものはほとんどないように見えた。リティシアが好む困った人を助けるという依頼もあまりなさそうだ。
雑多に依頼を眺めていくと、気になる依頼がひとつあった。
スライムの駆除、である。
気になったのはその報酬額のやすさだ。銀貨で三十というのはあまりにも割に合わない。
「この依頼はどういうことだ?」
ガロンの指さした先をリティシアが視線で追って、
「スライムの駆除ですか? どういうって?」
「報酬が安すぎるんじゃないのか?」
「え、だってスライムですよ?」
「だからスライムだぞ? 金三十の間違いじゃないのか?」
リティシアがすごい顔をしている。たぶんガロンはまた何かを間違ったのだが、その間違いがわからない。
スライムは厄介な魔物だ。既存の生物が魔物化したものではなく、生まれながらの魔法生物としての魔物で、何でも捕食するという性質からあらゆる生物に恐れられてきた。
もちろん人間も捕食対象に入っており、手に負えなくなったスライムから人間を救うためにガロンが動いたことも一度ではない。
スライムの討伐にこの冒険者ギルドにいる面々が向かえば間違いなく大勢死ぬ。酒飲みのイーノックなんかは真っ先に死ぬ。バジリスクと睨めっこでもさせた方がまだ生存率が高いはずだ。
物理的な攻撃が通じにくいという特性からも討伐には術師が不可欠であり、スライムの核にまで到達可能な魔法を使える高位術師となれば一握りしかいないはずだ。
「初期段階、ということなのか? すごく小さいとか?」
リティシアは不思議そうな顔をして、
「スライムは小さいでしょう?」
話がかみ合わない。もしかしたら今の人間がスライムだと思っているのは、スライムみたいな何か別の魔物なのかもしれない。
「そんなに気になるならこの依頼受けてみます? 近いですし。本当は初心者向けで、そういう人たちのためにとっておくものですけど。この依頼はもうずっと受けられていないのでたぶん受けちゃっても大丈夫だと思います」
スライムが初心者向け、信じられない話だ。
「受けてみてくれ、俺の知っているのと違うスライムかもしれない」
「違うスライム? わからないですけど、とりあえず受けちゃいますね」
そう言ってリティシアは依頼書をちぎり受付へと持っていった。
こうしてガロンはその謎を解明すべく隣村へと向かった。
※
依頼への道中はたいていくだらない話をして過ごしている。
街のうまい店の話だったり、昔話だったり、どうでもいい雑談が主で、ガロンもこういう時間は嫌いではなかった。
今は、リティシアが冒険者の心得とやらを説いている。
リティシア曰く、ガロンもリティシアに協力する形とはいえ冒険者の一端には違いなく、そうであるならば冒険者の心得くらいは知っておくべきだとのことだ。
「冒険者の心得そのいち、失うことを恐れない」
リティシアは先行しながら胸を張って言う。
「失うことを恐れたら何も得られません。冒険者は危険を冒すから冒険者なんです」
「これ、続くのか?」
「続きますよ真面目にきいてください」
「そのに!」
リティシアが右腕を上げ、指を二本立てる。
「冒険者は倹約を心がける」
「ん?」
「冒険者は安定しない職業です。だから普段から倹約を心がけ、流れが悪いときにも耐えられるようにしておくべきなのです」
「なんか、それは失うことを恐れてるんじゃないのか?」
「えーとそれは」
振り返ったリティシアの目が泳いでいる。
「それは何か出典があるのか? もしかして適当に作ってないか?」
「ひとつめは本当ですよ!」
「ふたつめは?」
リティシアが目をそらした。
「あ、ガロンさんもうすぐ着きますよ」
おまけに話もそらした。
ガロンが道の先を見ると、たしかに村の外周らしい柵が見てとれた。
続く話題は、いつの間にか街の近くの交易路にある、うまい店の話になっていた。
※
村に着くなり、見るからに農夫といったナリのおっさんの出迎えを受けた。
どうやらこの人物が依頼主らしい。
「いんやぁー、ようやく来てくれたか。うちの村には魔法使い様おらんくってなぁ」
農夫は頭をぽりぽりと掻きながら、少し申し訳無さそうな顔をしている。
「実害はないんだけどよぉ、牛たちが怖がっちまってなぁ」
この時点で、ガロンは自分の知っているスライムとは似ても似つかぬ何かだということを確信した。
「よろしくお願いします、これが契約書です。それでスライムはどこから来ているんです?」
「裏手の山のどっかだと思うよ、たまに来るだけだからわりと奥のほうか、そんなに数はいねぇのかだと思う」
「わかりました、今日中に片付けちゃいますね」
こうしてガロンの知らぬ何かの討伐は幕を開けた。
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