第2話 救わぬ理由
勢いよく飛び立ったものの、実際の旅はかなり地味なものになる。
言うまでもないが、ガロンは現存する竜の中で最も有名な竜である。
そんな竜がびゅんびゅん空を飛び回って、なにかを探していたら騒ぎになるに決まっている。ガロンが何かをするならばそれを手伝いたいと申し出る輩はたくさんいるだろう。
例えば人間の国の周辺にいたならば、間違いなく人間からこう聞かれる。ガロンディード様、どのような御用でしょうか? と。
息子にこそ世直しの旅と言ったが、人間にまで世直しの旅をしています、などと伝えれば、ちょっと意味がわからないと思われるに決まっている。
ガロンが竜族の頂点である以上、個でうごく意味がわからないし、納得のある説明をして欲しいと言われたらとても困る。そんなものがあるならおれが知りたいとガロンは逆ギレする。
そういうわけで最大限お忍びの努力をして旅をしなければならない。
その結果、徒歩だ。
徒歩といってもただ歩いて進むわけではない。それは違う。
ガロンがラバンカの大森林を徒歩で進んだら、木々はなぎ倒され巨大な道ができてしまう。それはだめ、全く忍んでいない。
ではどうするかといえば、人間に変身しての旅をすることになる。人間ならば、エルフ、獣人、その他亜人種や一部魔族にまであらゆる種族と交友がある。情報を集める上でも便利だし大きさも小回りがきいてとても合理的だ。
ここで疑問が生じるだろう。なぜ人間に変身できるのに美少女になれないのか?
魔法には現実のイメージと乖離すれば乖離するほど実現が難しくなるという性質がある。
竜はなぜ飛べるのか? という話がわかりやすい。普通に考えたらガロンのような巨体が空を飛ぶのは極めて負担がかかる行為だ。ガロンの重量が共通単位でどれくらいか知らないが、ガロンが建物に乗っかれば、それがどんな新築であろうとも秒で廃墟になるし、生き物に乗ったりしたら、だいたいできたての肉せんべいになる。
そんな重量の生き物が空を飛ぶにはどれくらい負担がかかるか?
答えは極めて軽微で、大した竜でなくとも望むならいくらでも飛べるといった程度の消耗しかしない。
それは竜は空を飛んで当然だという世界の認識が根底にあるからだ。
変身もこれと同じで、本来の姿とかけ離れた姿になろうとすればなろうとするほど負荷が大きくなる。
つまり、竜が人間に変身するという時点でめちゃくちゃな無理がある。
実際に人間に変身できる竜は、竜族の中でもひと握りだ。
過去に「人の姿をした竜に出会ったら絶対に逃げろ」という魔族の格言を知ってガロンは笑った記憶がある。
もちろんガロンは人間に変身できる竜ではあるが、その変身にも制限というものがある。
イメージとかけ離れたものにはなれない。
ガロンディードは人間を守護する竜族の頂点に立つ者である。守護竜、竜皇、赤帝、力の番人、比類なきもの、ほかにも呼び名を探せばキリがない。いずれにせよそのイメージの上位に来るのは、間違いなく威厳や力だ。
そうなると人間への変身もそのイメージに従ったものになる。
今のガロンの姿を描写しよう。
赤褐色の髪の毛をした、筋骨隆々のたくましい男である。ぜんぜんかわいくない。
これが限界なのだ。イメージから離れれば離れるほど、負荷は指数関数的に増えていく。そうでなくとも変身は維持をしなければならない類の魔法であり、消耗と回復の釣り合いまで考えるとどうしたってこういう姿になる。
そこでボールドバーグがなぜ美少女に変身できたかという疑問が浮かぶ。
おそらくは何かしらの魔道具を使っている可能性が高いと踏んでいるが、それが何かはガロンもわからない。
その手段さえわかれば、ガロンも美少女になれるのだ。
※
ラバンカ大森林の入り口のほど近くには小さな村がある。ガロンは今そこにいた。
宿もないような小さな村で、旅人の来訪はかなり珍しいらしい。
泊まる場所を探すために村長の家まで案内されたはいいが、どうやら雲行きが怪しかった。
テーブルを挟んで座っている村長の顔は険しく、今にも村の危機を救ってくれないかと頼み込んで来そうな面持ちだ。
「旅人のあなたにこのような相談をもちかけるのは大変心苦しいのですが、どうかこの村を救ってくれないでしょうか?」
でたよ。
村長の話を聞くに、村は近くに拠点を構える盗賊に、定期的に食料を渡すよう脅されているらしい。警護団は全滅。この村が属するシットール領の領主に救援を求めて使いを出してはいるが、使いは未だに戻ってきていないらしい。
よくある話だ。
「ラバンカ大森林を一人で探索していたとは相当な使い手をお見受けします。貧しい村ゆえ渡せる報酬には限りがありますが、どうか賊を退治していただけないでしょうか?」
ガロンの基本的な信条として、人間の争いは人間に任せる、というものがある。守護竜の守護とは、魔族からの侵攻や想定外の厄災からの守護であり、人間同士の争いはよほど目に余るものでない限り干渉しない。
干渉するかをこの村が滅びるかどうか、という視点で捉えてはいけない。世界全体でみれば、この村と同じような境遇の村はやまほどあるだろう。そのうちいくつかの村は本当に滅びてしまうだろう。
しかし、全体としてとらえれば、今の人間の世界ならば救われる村の方がはるかに多く、滅びる数が多いのはむしろ賊のほうだろう。そうして人間の世界は人間の手でより良いものになっていく。世界はそういうものだとガロンは二千年を超える歳月を過ごして知っている。
ガロンがこの村を救うのは容易い。ガロンの持てる力すべてを使えば、人間の世界の犯罪をほとんど無くすことだって可能かもしれない。
ただ、それが人間のためになるとは思えない。
安易な干渉はしない、それがガロンの守護竜としての矜持だ。
だからこの話は断ろうと考えた。
助かる見込みは村長が考えているほど絶望的ではないとガロンは考えている。使いを出した日から考えると、使いが戻る可能性はまだある。
それに盗賊が略奪の限りを尽くさないことから、しばらくすれば足がつかぬように適当なところで切り上げるという可能性もそれなりにあるように思える。
申し訳ないという気持ちも多少はあるが、自然の流れに任せるべきだとガロンは考えた。
自分が訪れた村だから、と特別扱いはしない。守護竜は守護龍らしく、大局的な視点から行動をするのが大切なのだ。
いきなり現れた旅人に賊を退治してくれなど、言っている村長の方も無理があると理解しているのだろう。その表情は暗く、希望があるとは思っていないように見えた。
「やはり無理でしょうか?」
ガロンが口を開こうとした瞬間、入り口の扉がキィと音をたて、小さな少女が姿をあらわした。
「おじいちゃん…… お客さんなの……?」
美少女だった。
ガロンは一瞬だけ停止し、一秒後に再起動して口を開いた。
「やりましょう!!」
ガロンはとても良い返事をした。
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