最強竜皇さまは美少女になりたい!

誰も置き去りにしない

第1話ドラゴンズ・ドリーム


「父上! どうかお考え直しください!!」


 息子クーゲルの声が巣に響き渡った。ラバンカ山脈に住む動物たちには、それは恐ろしい竜の雄叫びに聞こえたに違いない。


「いや、おれは考えを変える気はない」


 ガロンの声は皇竜の名に恥じぬ、落ち着きと威厳に満ちたものだった。


「父上が出ていったらこのラバンカは誰が治めるというのですか!」

「おれは、お前がいればこの地は十分であると考えている」


 クーゲルは首を振り、翼を二度ほど羽ばたかせ動揺を顕にし、


「しかし、世直しの旅に出るなど正気とは思えません!!」


 それはガロンもそう思う。

 世直しの旅なんて正気とは思えない。ガロンとてこれが苦しい言い訳であるのは理解している。

 旅に出る真の目的はもっと深淵で崇高なものなのだが、ガロンの立場上それを明かすわけにはいかなかった。

 

 美少女になるため。それがガロンの旅立つ目的だ。

 

 大丈夫、ガロンは正気だ。当年とって二千と六十八歳になるがまだまだボケてはいない。

 ガロンは人間の美少女になりたいと心底思っているし、これは竜族としてはそこまで珍しいことでもない。たぶん。

 

 竜がなぜ人間を守護するのか?


 それは人間たちの中では長年大きな謎として研究されている。

 竜は人間の神が遣わせた神の使いだと信じる者もいる。

 竜たちの政治上の問題で、人間という種族に何かしらの意味があるという説もある。

 あるいはその時代の竜のリーダーの方針で変わっているのではないかという説もあり、様々な憶測がとびかっている。


 しかし実際の理由はとても単純だ。

 

 かわいいからだ。

 

 竜たちの視点から見ると、人間はとても愛くるしく映るのだ。


 つやつやした毛の少ない体、顔の面積に対して小さな瞳、愛嬌のある素振り。

 なぜかわいいと思うのかをあとづけで説明すればそういった要素が絡んでいるのであろうが、それをあえて分析をせずに一言で表現するならば「本能」という言葉が一番答えに近いだろう。


 その中でも十代の少女は素晴らしい。なんならそれ以下もそれ以上も素晴らしい。ガロンは深く、深くそう思うのだ。


 歴代の守護竜である白皇竜サーティラスも、虹龍ヴィネンディトンも、聖雷竜ボルノーヴァも美少女が好きだから人間を守護していた。

 これは一部の竜しか知らないがれっきとした事実である。

 なんなら邪竜ヴォルザーグが人間を滅ぼそうとした理由は、そういった竜たちを恥だと考え、その原因となる人間を取り除こうとしたのが理由だ。

 

 もちろん、当代の守護竜である赤皇竜ガロンディードも人間の美少女が大好きだ。


 それがなぜ人間の美少女になりたい、までいってしまったのか、話は数日前に遡る。



※ 



 それは、ガロンが巣でくつろいでいるときに突然起こった。

 けたたましい翼竜の警戒音、次いで念話が飛んでくる。


『閣下!!』

『わかっている、ボールドバーグだろう』

 

 黒真竜ボールドバーグ。ガロンの長年の友人、あるいは好敵手。竜族の中でも五指に入る実力者で、どこにも属さぬ孤高の強者として君臨する古竜だ。


 ガロンの巣の直上に、くもり空を切り裂くように巨大な黒い影が飛来し、ガロンに近づくにつれて速度を落とし、最後には巨体らしからぬゆったとした動作で着地した。


 ガロンはボールドバーグを見据える。昔から変わらぬ黒曜石のような鱗に紫の眼球。


「いきなりどうした? よもや長年の決着でもつけに来たか?」


 ボールドバーグは翼を小さく動かして笑った。


「ある意味そうとも言える。内密な話になるがよいか?」


 ガロンは察し、息子のクーゲルと警護にあたらせている翼竜たちに、心配せぬよう念話を飛ばした。

 続けて結界を張る。これで外からは何をしているかわからない。


「それで、何の用だ?」

「面白いものを見せよう」


 ボールドバーグの魔力が不自然に歪む気配、次いで体が黒い霧のように変化する。次第に霧は小さくなり、霧から現れたのは小さな人間だった。

 

 黒く長い髪の毛に艶のある褐色の肌、見た目の年齢は十歳から十二歳というところだ。

 顔に浮かぶ笑みを生意気、と捉えるかいたずらっぽいと捉えるかは難しいところで、その姿は竜の基準からしても、人間の基準からしても、間違いなく美少女といえる容姿をしていた。


 一瞬、脳が目の前の現実を拒否していた。


 そこからガロンの脳は長い竜生でも類を見ないほど高速で働いた。目の前の現象に対して分析を行う。竜、魔族、人間のあらゆる幻術による可能性を検討し、否定に否定を重ねて唯一残った結果が「ボールドバーグが美少女に変身した」という現実だった。


「ハーーーーーーハッハーーーー!! 我はかわいかろう!!!!」


 ボールドバーグの高らかな笑いが響き渡る。声までかわいい。


「どうした? かわいすぎて声もでないか? うらやましすぎて声もでないのか?」


 ガロンは声も出せない。その目からは、一筋の涙が流れ始めていた。


 泣いちゃった。

 本当に泣いた。

 竜は本当の本当に羨ましすぎると涙が出るのだと、ガロンは二千六十八年生きて初めて知った。

 それはもう泣いた。皇竜の威厳はどこにいったのか、産卵するウミガメのようにポロポロと泣いた。


「お、おい大丈夫か?」


 ボールドバーグ(美少女)の声が聞こえたが全然大丈夫ではなかった。完全にだめ。

 ボールドバーグ(美少女)がガロンの顔を心配そうに覗き込んで言った。


「なでてやろうか?」


 

 ガロンは生まれて初めて完全なる敗北を味わった。


 



「父上! 聞いているのですか!?」


 まったく聞いてなかった。クーゲルの言葉は意にも介さずガロンは言う。


「ラバンカと人間の守護はお前に任せた。何かあったらリシャードに相談しろ」


 翼を羽ばたかせ、ガロンの巨体が浮き上がる。

 宙空からは、うなだれるクーゲルの姿が見えた。


「おれはお前ならやれると思っているから旅立つんだ」


 それは本当だ。クーゲルが頭を上げて、目と目があった。


 ガロンはさらに高度を上げた。ラバンカ山脈を囲む大森林が目に入る。

 雲ひとつない空へと浮かび上がったガロンは、その背に太陽の光を浴びながら大きく息を吸った。ラバンカの空の匂いだ。


 翼をはためかせ、ガロンの巨体が空を飛ぶ。


 いざゆかん、美少女になる夢への旅路に。

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