第2話 プロローグ2

なぜ、彼らが寒い辺境の地にいるかを知るには時を3週間巻き戻す必要がある。


カール家領地、ライトの部屋。カール家は騒がしかった。それは、カール家の前当主であるライトの父親が死に、多くの血の繋がらない兄弟姉妹たちが次期当主を目指して様々な策略を巡らせていたからだ。

しかし、ライトにはそんな事情関係なかった。ライトは、父親とは仲が良くなかったことや、母親は既になくなっていたので特に頑張る必要も無かった。それに前世の記憶から、前世の社会で学んだ記憶から貴族はダルそうと思っていたので、いつも通り、エマと時間をつぶしていた。


具体的には、ライトとエマは、部屋をノックする音に気が付くことなく真剣な表情で向かい合って、拳を突き合わせていた。


「ライト様、お話よろしいでしょうか?」

数度のノックののちその部屋に一人の焦り気味のメイドが入ってきた。彼女は服装だけの似非メイドのエマとは異なり、本物のメイドでありライトとついでにエマの教育係のメリッサであった。


「ライト様、エマさん何をしてるんですか?」

彼女には言うべき重要なことがあったが、異様に真剣な眼差しで向かい合っている二人を見て少したじろっていた。


「「今日のおやつをかけた、真剣勝負のジャンケンですけど。」」

部屋のテーブルには一つのお菓子が乗っていた。しょうもない争いであった。


「………無駄に真剣な表情でそんなことをしないでください。今から重要な話を2つします。まず、当主様の遺言書を知っていますか?」

実際、そんなことはいつものことなので、彼女はため息をつきながら話始めた。


「知らないですけど、何ですか?」

もちろん、ライトは今の家の事情や後継者の行方になど興味がなかったので、知るはずもなかった。


「流石にもう少し興味を持ってください。教育係の私としては、貴族の世界にもう少し興味を持ってほしいものでした、まあもう諦めましたけど。」

そう、メイドは諦めきった言葉をこぼした。


「だって、エマ…………何勝手にお菓子食ってるの?」

ライトがよそ見をしている隙を逃すことなく、エマは、テーブルにあるお菓子を食べていた。


「よそ見してるのが悪いよ、ライト君。」

そう言ってどや顔でライトの方向を見て、おおいに煽った。これがスポーツだったらフェアプレー精神が全くない行為であるが、残った一個を取り合うという場では、フェアプレーなどという概念は存在しなかった。


「いや、返せよ、お菓子返せよ。」

ライトは、ここ最近で一番真剣な表情でそう言った。


「ライト君、そもそも、私がお菓子を作りましたよね。」

しかし、ライトもエマも空気を読むことはあまり得意でないらしく、メリッサの出すシリアスな真剣な空気感を読み取ることが出来ずに、まあまあ、高いテンションで言葉を交わしていた。


「あの…………ライト様、エマさん。」

そんな風に二人声をかけてみる、メリッサであったが、


「それは、それ、これはこれですよ。ジャンケンで決めるってそれで納得しましたよね。」


「聞こえません、ライト君。」


全く二人には届くことがなく、メリッサはゆっくりと笑顔を浮かべて少し大きな声で

「…………ライト様、エマさん、一回黙ってくださいね。」

そう言った。



場面転換

しばらくすると、メリッサの前にライトとエマが正座で座っていた。

「それでは、良いですか?今から真剣な話しますよ。いいですか?2つあります。」


そのメリッサの声に合わせて

「「はい」」

そう、訓練兵のように統率された声で、ライトとエマは返事した。


「1つ目は、当主様の遺言書です。遺言書には、新しい当主は、兄弟の中で最も強い人間にするってあったんです。」


「はい、野蛮な決め方ですね。でも、それだったら、ライト君が絶対に勝ちますよね。」

そう、エマがつぶやいたが、それはひいき目などでなく事実だった。単純な実力で圧倒的に他の7人の兄弟姉妹よりも優れていた。それは、ライトに才能があったとかではなく、単純に前世である程度の教養が完成されているので、前世で勉強や運動を一度経験しているので、魔術などの知識を学ぶ時の効率が全く違った。それに、前世の近代文明を体験しているライトにとって、基本的にこの世界は娯楽においては退屈で、その時間潰しに魔術の研究をしていた。だから、強さに差があった。


「それが、問題なんですよ、ライト様が兄弟の中で圧倒的に一番強いんです。つまり、このままだとライト様が当主になります。」


(まじで、面倒だな、まあ)

そんなことを考えながら、ライトは

「僕、別に当主にならないので、どうにかして、断りましょう。任せました、メリッサさん。」

適当に呟いた。そういう面倒なことは、全てメリッサに丸投げしていた。苦手なことはしない方が誰も傷つかないと、前世の経験でライトは考えていた。別にメリッサも得意ではないが、一番ましであった。


「無理です、私クビになりました。即刻にこの場所から立ち去るようにって言われたので、力を貸すことが出来ません。それが2つ目の話です。」

そう言いながら乾いた笑顔で解雇通知書をメリッサは突き出した。


その場にいるライトとエマは一瞬固まった。

それから、ライトは真剣に思考した。

(うん?マジで、絶対に他の兄弟からの嫌がらせじゃん。こういうことをやるのは次男かな?不当だってって訴えれば。でも、メリッサを雇っているのは僕じゃなくて、この家だから、ああ、どうしようもないんだ。まあでも、)


「本当ですか?申し訳ないです。まあ雇用主は僕じゃ無いのでね。とりあえず、新しいお仕事とか見つかりましたか?」


「心配するところは、そこなんですね、ライト様。それは、学院から声をかけてもらってたので大丈夫です、心配しなくても良いです。それより、お二人は自分の身のことを心配してくださね。」

そう言いながら、メリッサは学院の教師になるための推薦状を突き出した。それから、しばらくの無言の時間が流れて


「「また、そのうち会いましょうね、メリッサさん。」」

そんな風なライトとエマの声が重なった。学院ならば、来年ライトは入学する予定だったし、エマはそれに合わせてついていくつもりだったので、このまま何事もなければ会えると考えたのだった。


「能天気すぎますね。本当に心配ですよ。エマさん、ライト様のことは任せましたよ。」

メリッサは、笑顔でそう言いながら、美しく礼をした。それで、ライトの部屋を後にした。


「任せて、ください。」

そんな風に言うエマの声が部屋に響いた。メリッサは、この屋敷を去った。





それから、しばらくまあまあの放心状態でいた、ライトとエマだったが、流石に何もしないとまずいと感じた。ライトが立ち上がり

「ふう、仕方ないので少し兄弟姉妹たちのところに話をつけにいきますよ。」

そうつぶやいたときに、ライトの部屋のドアが無駄に大きな音とともに開いた。


「その必要はない。」

そう、ライトに少し似た30歳程度の人物が兄弟姉妹の長男が部屋に入ってきた。


「お久しぶりです。」

そう適当にライトは返事をした。わざわざタイミングを伺ってたのかなと一瞬ライトは思ったが、さすがにそれを今口に出すことはなかった。


「久しぶりだな。お前が当主を辞退するのは分かっていた。しかし、父の遺言の件もあることから、兄弟姉妹で相談してお前に領地を与えて、この家から除籍することに決まった。だから、今すぐこの家から出て行って、お前に与えた領地の場所にいってもらう。」

そう、長男は言った。その相談があったことは当然のようにライトは知らなかった。


「僕は相談に入れてないんですけど」


「お前を除く、兄弟姉妹ほとんどが賛成しているが?」

ライトはしばらく、無言で考えて、それで無駄に抵抗するのをやめることにした。


「…………1日待ってください。」

それでもすぐに追い出されることぐらいは抵抗することにした。今すぐは無理だ。いろいろすべきことがある。


「何を言っている、決定事項だ、今すぐこの家から…………」


そう長男がいう言葉をライトは遮り

「言っておきますけど。確かに他の兄弟姉妹の後ろ盾とかを踏まえて抵抗して戦って勝ち目はないと思ってますけど、兄弟姉妹だけだったら、」

そう殺気を放ちながらつぶやいた。


長男は冷や汗を拭い

「1日だ。明日のこの時間に貴様の領地への連れていく人を手配する。それまでだ。それと、一応与えられた領地で貴様は領主のようなものになるだから、指定された建物に基本的に住むようにしろ。」

ライトにビビりながら書類を投げた。


「どうも、ありがとうございます。」

ライトはほぼ棒読みでそう言いながら書類を拾い、自身の魔法でしまった。


「お前の領地になる場所は良い場所だぞ。」

そう最後に長男は言い残して去っていった。不敵な笑みを長男は浮かべていた。







それからしばらく沈黙が流れて

「私も準備しますね、ライト君。」

そうエマは呟いた。


「…………ついてくるんですか?」

ライトは、驚きと嬉しさを抑えつつ無表情を装っていた。


「もちろん。私はライト君任せられたので」

ドヤ顔でいう、エマを見ながらライトは少しハニカミながら


「じゃあ、僕も面倒ごとをいくつか片づけてきますかね。」

そんな風に軽く伸びをしながら呟いた。まだ、寒い辺境の地であることを知らない二人は割と余裕を持って、家から追放される人とは思えない態度であった。

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