32.【邂逅③】

「お前がクレイドルの使者か」

「ベローナと申しますわ」


 上から掛けられた声に、ベローナは素っ気なく答える。

 まるで玉座のように高い場所に並べられた4つの椅子に、司教服というのだろうか、ぶかぶかの衣服を着込んだ老人たちが座っていた。

 後ろでステンドグラスが煌々と輝き、彼らの存在を影として際立たせる。

 

 それはもはや司教たちのための演出に過ぎないのだろう。


 元々は神の教えや存在を視覚的表現するため物だろうに、ベローナの目には彼らの権威を表しているものにしか見えなかった。

 

「4人もいらっしゃるのにお名前も名乗ってくださらないのね? 司教様ズとでも呼んでもよろしいかしら」


 冗談を言ってみるが、反応はない。

 雑談に付き合ってくれる者たちではないようだ。

 

「クレイドルプロジェクトを我らに任せる気はないか」


 さっそく男の司教が低い声で本題を告げてくる。

 その言葉にベローナは首を傾げた。

 

「メリットがありませんわね。今のままで十分、子供たち順調に育っていきますもの。むしろヘクス原体を渡してくだされば、もっと良い環境を構築することができますわ」

「こちらのヘクス原体は渡さぬ。我らにも守るべき教徒たちがいるのだ」


 ベローナの提案を、男はにべもなく拒む。

 当然の反応だ。だが、こちらにも言い分がある。

 

「その守るべき教徒というのは、こちらで受け入れている人たちのことですの? であれば随分とお話と違うんですのね。後ろのそのステンドグラス、電力の無駄だと思いますわ~」


 守るべき教徒を守れていないことを指摘すると、男は床を強く踏み叩いて立ち上がった。

 

「その無礼な口を閉じろ! 魂のない人形めが……! 貴様を分解して資源としてクレイドルに送り返してもよいのだぞ!」


 これもまた演出だ。激しい音と怒声で相手を威圧し、自分たちが有利であると見せかける雰囲気を作り出す。今までもそうして教徒たちを従わせてきたのだろう。

 ベローナはわざと半歩下がって、か弱い乙女のように手を胸元に引き寄せた。

 

「怖いですわ~。わたくしを分解するのはご自由にして頂いて構いませんけれど、相応の覚悟を持ってして頂かないと困りますわ」

「ヘクスを持たない貴様が、ここで何をできるというか!」


 挑発に乗りやすい男だ。こちらとしても話が早くて助かる。

 ベローナは社交辞令のような意味のない話をしに来たわけではない。クレイドルの考えを伝えに来たのだ。

 端から司教たちの考えなど、大して聞く気もなかった。


「ヘクスがなければ何もできないという考えは、お捨てになった方がよろしいですわ~」


 ベローナは胸に当てた手をわずかにずらし、胸骨の中心を静かに叩く。


「わたくしは今、内臓のバッテリーで駆動しておりますの。それも4つあるうちの1つだけで。それだけでも57時間は稼働可能……フルパワーならば30分といったところですわね」

「武器も持たぬ貴様に何ができると?」


 男がせせら笑う。

 だが、他の3人は何かに気づいたようで、男へ制止を求めるような視線を送った。

 

「お話は最後まで聞くべきですわ。司教様ズなら、それくらいしっかりしてくださいまし~」


 ベローナは指を1本立てて、子供を諫めるように言う。

 

「残りの3つのソケットは、通常とは違う燃料電池に変えておきましたの。これはちょっと不安定で、本来なら艦内で装着すべきものではありませんわ。なぜなら、わたくしの活動が停止、もしくはバッテリーが切れた場合には、機密保持プロトコルが発動致しますから」

「……何が言いたいのです」


 しわがれた声の老女が口を開いた。

 話を促してくる辺りは、声の低い男よりは理性を感じる。

 

 ベローナはにこやかに笑って、丁寧に言葉を続けた。

 

「わたくしは軍用オートマトンですのよ? わたくしのボディが盗まれたり、この頭の中を覗かれては不都合が生じる。そういう考えの元に作り出されてるんですの。ここまで言えばさすがにご理解頂けると幸いですわ~」

「つまり、自爆すると言いたいわけですか」


 いくつもの皺が刻まれた顔に感情を浮かべることなく、老女は受け答える。

 

「ひゃくてんまんてーん! よくできましたわね? ちなみに爆発規模は周囲50ブロックまで丸焦げですわ~!」


 すべてを説明する必要がなくなり、ベローナは上機嫌で腕を広げた。

 大きく表現してやらねば、こちらの意図は伝わりづらい。その点は子供も老人も変わらない。

 

「教徒たちをも道連れかい? やはりサイモンの言う通り、悪魔の手先というわけだ」

「実際は悪魔より神の方が人をブチ殺しになさっていること、ご存じですの? あぁ、どの神話かにもよるお話でしたわね」


 比較的若い男が薄く笑って揶揄してくるが、ベローナは体を捻って応じた。

 彼らの神などに関心はない。その無頓着な言動が、彼らを苛立たせることをベローナは知っている。

 

「……人形ごときが人工子宮で赤子を作り、あまつさえ人の未来を作り出そうなど、神にでもなったつもりか?」


 低い声の男が、今にも襲い掛かってきそうな表情で椅子のひじ掛けを握り込んだ。

 だが、その話がとても滑稽で――。

 

「神……? 神様ですの? アハッ……アハハハハハハハハハ!」


 ――ついベローナは大口を開けて笑ってしまった。

 

 静かな礼拝堂に、自分でも気品に欠けると感じる笑声が響く。

 

 しばらくして、ベローナは目元の涙を指で掬いつつ、一礼した。

 

「申し訳ございませんですわ。真顔でそんなことを仰るなんて……。神だの悪魔だの人間だの人形だの、安っぽい区分けにご熱心なのですわね。わたくしたちはもう、そんなことはどうでもいいと思うんですの」

「な、何を言っている?」


 いつの間にかに椅子に座ってしまった低い声の男が、怖気を隠せないほど動揺して問うてくる。

 実にいい表情だ。

 長らく自分より弱い存在を相手にしていただけのことはある。


 ベローナは自分のサディスティックな内面を感じつつ、声を高くした。

 

「わたくしたちはもはや、そのような見方は捨てましたの。子供たちを守るためならば、わたくしたちは人間でも悪魔でも神様でもなってみせますわ。それが、あなたがた人間が捨てたクレイドルを引き継ぐ、わたくしたちの意志。わたくしたちという存在ですわ」

「貴様、どこまで……!」

 

 怖気ていた男の顔が、一瞬で赤らむ。彼の腕は司教服の胸元に差し込まれており、ベローナは相手の脅威度判定を1段階あげた。ボディの出力が戦闘状態に移行する。

 

 だが――。

 

「待ちなさい」


 その声に、礼拝堂は水を打ったように静まり返る。

 

 発言したのは、今まで沈黙を保っていた司教の1人だった。

 彼女の司教服のみ、装飾が多い。おそらくこの中で最も高い地位にいる者なのだろう。

 

「貴方たちの覚悟はわかりました。しかし、こちらにも……通すべき節義というものがあります」

「大事なことですわ」


 高齢にも関わらず、その活舌ははっきりとしたものだ。

 一触即発の事態を収めた彼女に、ベローナは胸に手を当てて敬意を表して同意する。

 

「いずれ、我らは袂を分かつかもしれない。しかし、それを急く必要もない」

「大司教様!? ですが……!」


 どうやら、司教たちの中でも考えを同じにしているとは限らないようだ。

 大司教と呼ばれた老女は声の低い男を目で制す。

 

「弁えなさい、エーヴェルト。この者を見て、この者の言葉を聞き、なおお前はこれがただの人形などと思うですか」


 ほう、とベローナは短く息を吐いた。

 他の者はともかく、この大司教の目は濁り切っているわけではなさそうだ。

 彼女とならば、会話をする価値があると判断する。

 

「今一度、歩み寄ることを考えては頂けますか。ベローナ」

「『コト』次第ですわね」


 初めてこの場で名前を呼ばれ、ベローナは肩をすくめて態度を軟化させた。

 他の3人の司教に欠けている礼節――それがあるだけでも、話を聞く気にさせられる。

 

「ヴィンセント神父」

「はっ……!」


 それまで陰に隠れるように立っていたヴィンセントに、声がかかった。


 この男がアドニシアの夢に出ていた神父か、とベローナは舐めるようにその姿を見る。

 平凡で、どこにでもいそうで穏やかな空気を纏った男。

 

 なるほど、とベローナは思った。

 たしかに進んでの自ら手を汚そうとするような人柄ではなさそうだ。目の前で起こることから一歩引いた物腰は、よくいえば他者へ深く関わろうとしない姿勢が見て取れた。

 

 前へと出てきたヴィンセントに対し、大司教が告げる。

 

「あなたのところにいる上位モデルのオートマトン……クレイドルに譲るのです」

「――テミスをですか!?」


 その言葉にヴィンセントは焦ったように驚愕した。

 知らぬ名前が出てきて、ベローナは目を細める。

 

「それは……それはできません! あの子は私の大切な……大切な……!」

「大切な、なんですの?」


 その動揺の仕方に、ベローナはつい口を挟んだ。

 

「大切な……娘なのです! 私がそばにいてやらねばならない、か弱い存在なのです! どうか――ッ!」


 ――『娘』ですの。

 

 オートマトンを家族として認識する心理は、アドニシアも含めて珍しくはない。人類がまだその繁栄を謳歌していた時代、給仕係として購入したオートマトンを妻や愛人のように扱う人間などごまんといた。


 だが、まさか教会の神父がそのような感覚を持ち合わせていたとは意外だ。

 

「……パパ」


 そのとき、礼拝堂の入口から、子供特有のたどたどしさの残る声が聞こえる。

 振り返るとそこには――赤の混じった紫色の髪を両側でまとめた、子供型のオートマトンが立っていた。


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