第168話
紙とペンを用意して、山道を歩いて行った。
先頭はファルオーネで。ずんずん歩いていく。
自分とクルル、それに最後尾はバダダムとゲラリオなのだが、ゲラリオは飲み過ぎなのか湯当たりなのか、ひどく調子が悪そうだ。
「師匠、宿で寝てればいいだろ。怪我もしてるんだし」
「……そんなことしてみろ。ツァツァルの野郎に説教されるだろうが」
魔導隊から怪我を負わされ、本来なら大事を取って寝ているべきなのに、戦勝の祝いとばかりに湯に入って酒を飲み、案の定体調を崩している。
一緒に湯に入りに行ったバダダムによれば、どうやら助けた獣人と、その獣人と旅してきた者たちから英雄視され、ずいぶんご機嫌だったとのことだ。さもなくば単純に、勧められた酒を断るなど冒険者の名折れ、ということなのかもしれないが。
なんにせよゲラリオが若かった頃はもっと無軌道だったろうから、きっと年長で人格者のツァツァルには、今までしこたま叱られてきたに違いない。
「だめだ、バダダム、背負ってくれ……」
『師匠……』
バダダムは呆れながら、なんだかんだゲラリオを背負ってやっていた。
ただ、ゲラリオがバダダムにだらしなく甘えているのは、ゲラリオなりの気遣いに思えた。
作戦だったとはいえ、バダダムは人間相手にその牙と爪を振るった。
魔法を封じられた魔導隊は、無力な民となんら変わらなかった。
バダダムはかなり手加減していたようだが、本人も驚くほど人の身体は脆かったらしい。
バダダムはそのことに対し、これほど強い獣人が、弱い人間に虐げられているのは間違いだ、と息巻くような性格ではなかった。
むしろなにか、ひどいことをしてしまったと気に病んでいた。
聖堂に乗り込む前、大暴れした結果自分の見方が変わるのではないか、ということを気にしていたが、あれは大袈裟なことではなかったのだ。
獣人と人間の関係はややこしく、その立場には微妙なものがある。
だからゲラリオは、今までとなにも変わってはいないということを、バダダムに示したかったのだろう。
「まったく」
クルルはそんな師匠のまわりくどいところに呆れているのか、あるいは本当にだらしないところに呆れているのかわからなかったが、冷たい目で見て、ため息をついていた。
「しかし……聖女様が悪魔だとはなあ」
バダダムの毛皮に顔を埋め、気持ちよさそうにしているゲラリオが、うわごとのようにそんなことを言った。
「聖堂でちらちらしてたあいつなんだろ?」
「ええ。ヴォーデンの鉱山にいた人……悪魔と同じ感じで」
「師匠が今まで戦ってきた奴は、どうだったんだ? みんなあんな感じだったのか?」
その問いに、少しゲラリオの雰囲気がぴりついた。
ゲラリオが冒険者として退治してきた悪魔も、本当は意思の疎通が可能な人間の慣れの果てだった可能性があるからだ。
『猫姫』
バダダムが注意すると、ゲラリオは咳ばらいを挟む。
「いや、いい。悪魔はずる賢いってのが相場だった。およそ竜とかそういう魔物とは違って、策を練り、こっちの裏をかいてくるのが多かった。だが、そうかもな。中身が人間だったんなら、理解ができる。本当は会話だってできたんだろう」
悪魔の側からすれば、鉱山の魔石が命を繋ぐ食糧で、しかも敵は文字どおり話が通じず、問答無用で殺しにくるという状況だ。
徹底抗戦以外の道はなく、きっと数多の悪魔が、誰にも孤独と苦悩を理解されず、消えていったはずだ。
「この世界は……一体なんなんだ?」
その一言は、バダダムの背中に揺られ、酒がまた回り始めたゲラリオの寝言に近いものだったのかもしれない。
けれどまさに、今の状況を指し示す言葉でもある。
この世界は一体なんなんだ?
ヘレナはあの祠で出会った時、自分たちに言った。
――帝国を滅ぼして。
その中心で魔石を食らうあいつこそが、すべての元凶だと。
ヘレナと話をし、情報を整理すれば、魔法の謎、あるいは世界の謎に大きく近づけるはず。
もしも本当に大精霊がいるのなら、伝説の魔法についても信憑性が増す。
死者を蘇生する魔法や、時間を巻き戻す魔法。
そして、異界の知識を得る魔法。
焼け焦げた道を進んでいくと、祠の上に腰掛けたヘレナが、自分たちを待っていた。
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