第161話
例の花は、一定距離に近づくとさわさわと揺れ出し、魔法を放ってくることがわかった。
なんらかの方法で敵を感知して、花粉や胞子を飛ばすように魔法を放っているのだろう。
「だが、確か魔物は魔石を食ってるって言ってなかったか?」
神の住む鉱山での話。
そうとしか思えない、という仮説であって、確定したことではない。
しかしこの異世界にもルールがあるとしたら、魔法の代価には必ず魔石が必要となるのでは。
クルルが花を地面ごとえぐるように蹴り飛ばしても、その下にあるのは普通の土に見える。
「この魔法の強さだ。かなり魔石を費やすはずだが」
『地面すべてが魔石の土ってことはないのか?』
「そうは思えないんだよ」
クルルが土を握りしめて力んでも、紫色の煙はあがらない。
魔石が大量に含まれているなら、魔法の痕跡が見えるはず。
あるいは根っこが大地の奥深くにまで……と思ったところで、クルルが地面ごと蹴り飛ばした花の様子に気がついた。
「この花、花じゃないのかもしれません」
「あ?」
なにを馬鹿なことを、という感じのクルルだが、しゃがみこんでまだ無事な花に触れる。
クルルはため息交じりに死神の口を起動させてくれたようで、幸い催眠魔法にはかからなかった。
ゆらゆら揺れる花に触れると、多肉植物みたいな感じがするのと、引き抜いてみて確信する。
それと合わせて、この植物が魔法を放つ様子を見て、直感したこと。
ゆらゆら揺れるその様子は、胞子を飛ばすようだった。
「茸かも」
「……」
クルルはバダダムと顔を見合わせていた。
「だからなんなんだ?」
「茸って、地上に出ているのはほんの一部で、本体は地中にあるんですよ。細い根っこみたいなものが、膨大な長さで山中に張り巡らされているんですよ」
クルルはぎょっとし、立ち止まる。
「そして、その根っこで、地中のミネラル分……ええっと、成長に必要な栄養や、微小な鉱物類をかき集めるんです」
『鉱物類……』
魔石はもちろん、鉱物だ。
「じゃあ、こいつらは山中のわずかな魔石を?」
「あるいは、この地面の下にすごい鉱脈があるのかも」
そこに根を張り、吸い上げることで魔法を使う。
それに地中の鉱脈であれば、その魔石の中で死に絶えた茸の菌糸も多いことだろう。
この世界では、鉱山に死体を置いておくと時折復活し、さらに魔法使いとしての才能に目覚めることがあるという。
ならば生と死のサイクルが人間より圧倒的に早い生物は、魔法使いとして復活するガチャも引き放題だ。
バダダムの話では不気味な呪いのような現象の起きる土地がちょくちょくあると言うから、微生物が魔法使い化している事例は思っている以上に多いのかもしれない。
「……お前の話は、いつも本当に……」
怪談話を聞かされたかのようなクルルが、嫌そうにこちらを見ている。
バダダムは話についていけないのか、頭を掻いていた。
「なんにせよ、こいつが冬虫夏草みたいなやつじゃなくてよかったですよ」
クルルに聞き返される前に、説明した。
菌類の中には、昆虫に取りつき、ミイラ化させて自らの苗床とするものが存在する。
前の世界では、菌類によって茸化してしまった哀れな昆虫は、冬虫夏草として漢方薬に用いられていたが、この世界ならもっと大きい生き物を苗床とするやつらがいてもおかしくない。
化け物と化した菌糸類は、人類の敵役として不足はない。
魔法が人間だけの特権ではないのなら、そういう場面の想定も必要だろう。
異世界がユートピアでないのはわかっていたが、思っていたのとは違う方面でも厳しそうでげんなりした。
「……さっさと聖女とやらに会って、山を下りよう」
不気味な話に尻尾の毛を逆立てたクルルが、ちょっとつま先立ちになりながらそう言った。
地面の下で不気味なものがうごめいているような、そんな気がしてならないのだろう。
「あと、ヨリノブ」
「はい?」
「その話、イーリア様にはするなよ」
「……」
どういう意味かと測りかねて見返すと、クルルは嫌そうに犬歯を見せた。
「イーリア様はそういう話が大好きなんだ」
イーリアの無邪気な笑顔を思い出す。
確かにあのお姫様は、スプラッタ系のグロ映画とか好きそうな感じがある。
「善処します」
そんなこんなで、クルルが周囲に咲く花を焼き払いながら、慎重に進んでいく。
山中にぽつりとある石造りの建造物は、やはり家という感じではなく、祠が近い。
苔やつる植物がびっしり絡まり、長い年月に渡って放置されているのがよくわかる。
古代帝国時代の聖女が、この祠の中でお茶をしているとは到底思えないが、その祠の周囲だけあの花が咲いていなかった。
「聖女の寝床がありそうか?」
その建造物からなにが飛びだしてきてもいいように、クルルはある程度距離を開けたところで止まり、周囲を念入りに警戒している。
『なにか生きたモノがここを訪れているような感じは、まったくないですな』
地面に両手をつき、視線を低くして周囲の植物の生え具合を見ていたバダダムが言う。
「忘れられたかつての遺跡か?」
クルルがこちらに問いかけてくる。
「山に立ち入るのを拒む魔法というのが、聖女のものではなくてあの魔物と化した花の仕業なら、聖女はこの山にいないことになりますが……」
それこそ、幽霊の、正体見たり、枯れ尾花だ。
「危険がなさそうなら、ちょっと調べてみましょう。聖女様がすでにいないのだとしても、伝言が残されているかも」
クルルとバダダムは互いに顔を見合わせ、そうするしかないかとうなずき合う。
先頭をバダダムが歩き、クルルが続き、自分はそのクルルにくっつくようにして歩く。
「私から離れるなよ」
死神の口の範囲内なら、どんな魔法攻撃もしばらくは防げるし、バダダムの分厚い毛皮と筋肉があれば、大抵の物理攻撃は弾くことができる。
獣人と魔法使いのツーマンセルなら、防御体制としては最強の布陣だ。
そのバダダムが大きな足で草木を踏みしめ、地雷原を歩くかのように、クルルがその足跡を踏んで進んでいく。
やはり祠の周囲にだけ、あの花が咲いていない。
そうなるとただの忘れられた祠とも思えず、バダダムの背中に隠れながら自分もあれこれ注視しているうち、到着した。
『……立派ではありますが、ただの石でできた祠に見えますな』
それはかなり大きな石を組み上げて作られたものだ。
「装飾も施されてるが……古代帝国の文字はないか?」
『苔と蔓を剥がしましょう』
バダダムは、汚れ仕事は自分の仕事、とばかりに大きな爪で緑色の衣を剥がしていく。
気持ちいいくらい綺麗に剥がれていくのだが、たまにそこを住処としていた蛇や、やけに足の長い虫やらが飛び出してきて、クルルがまた尻尾の毛を逆立てていた。
そして、ひととおり掃除が終わる頃。
クルルはぽかんと祠を見上げていた。
「なんだこれ?」
祠には奇妙な模様が描かれている。
さらになにか明らかに意図を持って作られたと思しき穴が、いくつか空いていた。
「水がうがった穴、というには整いすぎてるが」
穴は全部で四つ、並んで開けられている。
穴の大きさは人差し指と親指でつくるわっかより、やや小さいくらい。
『猫姫、こっちにもある』
祠の側面部分には、もう少し大きい穴が開いていた。こちらは拳がすっぽり入るくらいだ。
『石の中が空洞になっているようだ』
横穴から中を覗いていたバダダムと並んで、クルルも腰をかがめて覗きこんでいた。
「中で寝てるから、この穴から声をかけろってことか?」
『それで、故郷の唄と?』
「子守歌ならわかるけどな」
バダダムとクルルが互いに軽口をたたき合っているところ。
自分は、目を見開いていた。
「あああ!」
大声を出し、その場に膝から崩れ落ちる。
クルルとバダダムが慌てて駆け寄り、戦闘隊形を取っていた。
自分は目も口も開け放ったまま、祠を見つめていた。
クルルがなにか言っているが、声はまったく頭の中で意味をなさなかった。
自分が見ているものに、すべての意識が取られていたから。
そこにあるのは、驚きと、それから敗北感だ。
自分はやっぱり、凡人だった。
異世界に来たから前の知識で無双チート、なんてことはできず、この世界のルールに従うので四苦八苦。
夢だったゲーム製作も、せいぜいトランプで大富豪をやるくらい。
けれど、そうだ。
その手があった。
「これ……」
震える手で、祠を示す。
そして、あの謎の伝言。
故郷の唄。
これは、意図して作られたのかどうかまではわからないが――。
「音ゲーです」
クルルは思い切り顔をしかめ、こちらと祠を見比べる。
「おとげー?」
祠に刻まれた模様は、罫線と音符。
くりぬかれた穴は、笛とかオカリナとかの穴に違いない。
「ちょっと、魔法をお願いしたいのですが」
クルルはやや気圧され気味にこちらを見て、うなずいたのだった。
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