第150話
結局半日以上足止めを食らい、残りの旅程は、噂の魔導隊とやらの後を追うように、徒歩で進むことになった。
そしてたったそれだけのことで、ゲラリオが言った魔導隊の評価に納得した。
「汚い野営の仕方だ」
クルルが顔をしかめたのは、魔導隊が夜を明かしたと思しき場所に差し掛かった時のこと。
昨晩の火がろくに始末もされず、割れた素焼きの壺などが散乱していた。食べ残しもそのままで、ちょうど狐が骨を咥えて逃げるところだった。
「戦場じゃあ、敵より会いたくない連中だ」
「……強いのか?」
弱ければ躾をしてやる、とでも言いたげなクルルの問いに、ゲラリオは肩をすくめる。
「強い。魔力の圧みたいなものが全然違う」
魔法の才能は、実質的に魔法を起動させるための能力とイコールで、次がどれだけ魔法を撃てるかの容量みたいなものらしい。
それを聞くと、電池と電流の関係みたいなものかなとも思う。
「ただ、連中の最大の強みは、そこじゃない。迷いなく人間相手に魔法をぶっ放せるところだ」
クルルが不機嫌そうに顎を上げたのは、ロランで戦った魔法使いを思い出したのかもしれない。魔法で人を傷つけることにためらいを見せず、最初から最後まで居丈高だった。
「連中は魔法を使えない奴らを等しく虫けらだと思っている。だから本来味方のはずの兵だって、平気で巻き添えにする。人質は意味をなさないし、戦線から逃げようとする味方の兵を見つければ、喜んで魔法でなぎ倒す。それゆえに……」
ゲラリオは、遠い目でため息をつく。
「戦場ではとにかく強い。奴らが現れたら、兵の士気も上がる。雑兵たちが生き延びるには、敵を殺すしかないからな。おかげで魔導隊のいる戦は連戦連勝。ますます連中は増長していくってわけだ」
身分制社会の極致みたいな話だった。
圧倒的な暴力と身分思想が組み合わさると、最悪の絵ができあがる。
「……帝国の奴らは下衆ばっかりだな」
イーリアと一緒に貴族社会の中をたらいまわしにされてきたクルルの一言は、実感がこもっていた。
「まあ蜂とかと同じだ。関わらず、遠巻きにしてれば大丈夫だろ」
「……」
なんとも言えない顔をしているクルルは、せめてもの抗議としてか、割れた素焼きの壺を踏み割っていた。
散らばるごみを見るだけで、豪奢な馬車に揺られながら酒を飲み、ごみを捨てていく傍若無人な連中の姿が目に浮かぶ。
ただ、クルルの顔にある暗さは、道徳心だけが原因ではないように見えた。
その頭の上では、猫のような耳が神経質に揺れている。
島の外ではそもそも獣人に対する風当たりが強いことを思えば、魔導隊のような連中が獣人に対して広い心を持っていると想像できるはずもない。
もしかしたら、魔導隊の荷物持ちやらで過酷に使役される境遇の獣人たちの匂いを、ここに嗅ぎ取っているのかもしれない。
クルルにとって、気が重くなるだけの要素は十分すぎるほどに揃っている。
「大丈夫ですよ」
けれど根拠もなく、自分はクルルに向けてそう言った。今までだって、根拠なんて大してなくて、ここまでこられたのだから。
クルルはこちらを見て、少し力なく笑ってから、荷物を背負い直したのだった。
◇◇◆◆◇◇
クウォンの町は山間の盆地にあり、周囲の森の深さから今にも緑に飲み込まれそうだ。
木造家屋が密集して建てられ、あちこちから湯けむりがあがっている様子は、少しだけ前の世界を思い出させてくれた。
「山間の温泉地って感じですね」
ただ、実際に町に入ってみればやはり異世界だ。
旅人のために荷運びする獣人たちがうろうろしているし、人々は古代ギリシャ人が着てそうな長衣一枚で道端にたむろし、楽器を奏で酒を呷っている。
これはこれで楽しいけれど、と思いながら、つい温泉卵や温泉まんじゅうを探してしまう。
饅頭はなかったが、ゆで卵は売られていたので、後で買ってみようかと思う。
そんな賑やかな町を進み、まず向かったのは地元の教会だった。
河口の町では、聖女への推薦状をもらうためにたっぷり寄付したこともあり、巡礼者向けの宿をあっせんしてもらえるよう、司祭が書状をしたためてくれた。おかげでまあまあ綺麗な宿をあてがわれた。
今回はツァツァルやバダダムたちも同じ部屋になれたのは、こんな僻地では旅人のために荷運びの獣人が必須で、共に旅をする間に仲良くなる者たちも多いからだろう。
「じゃ、早速聖堂を見に行くか」
荷物を運び終えると、誰よりも先にゲラリオが言った。
本人はさりげなく隠しているつもりのようだが、明らかにそわそわしている。
良い人なのだと思っていたら、ツァツァルに袖を引かれた。
『アレが変なものに騙され、無駄金を使わんように注意してくれ』
ツァツァルは自嘲気味に、欠けた牙を見せて笑っていた。
多分だが、この勇敢な前衛の怪我を治すため、ゲラリオは手当たり次第にあれこれ試しては、詐欺同然のものにも金を出してきたのだろう。
「わかりました」
『特に食い物関連には目を光らせてくれ。まずいものほど効くと思っているのだ。以前に湯治場に来た時など、硫黄臭い湯をしこたま飲まされてな……どれだけ腹を下したことか』
情に篤いゲラリオなので、本当にツァツァルのことを思ってのことなのだろうが、なんとなくその様子が想像できた。
「なるべくおいしいものを買って参ります」
ツァツァルは肩を揺らして笑っていた。
バダダムたちは宿で留守番をし、張り切っているゲラリオを先頭に、その後を自分とクルル、それにファルオーネが着いていった。
目指すのは町の北側にある聖堂で、巡礼者たちは基本的にそこを訪れ、聖女様の奇跡にあやかろうとするらしい。
町の広い道に出ると、自分たち同じような旅人風の者たちが、ぞろぞろと同じ方向に向かって歩いていた。それも聖堂のほうに向かうと、どんどん密度が高くなっていく。
正月の初詣みたいだなと思っていたら、しばらく静かだったファルオーネが、いささかじれったそうに言った。
「聖女本人は奥の院にいるのだったな? ゲラリオ殿なら山道も問題なかろう。そこに直接潜り込めないか? こんなに人が多くては、会えるものも会えんのではないか」
荒っぽい提案に、ゲラリオは顎髭を撫でながら答える。
「全員が同じことを考えるはずだからなあ。まあ、調べてはみるつもりだ」
聖女は時折聖堂に現れるものの、次にいつ顔を見せるかはわからない。
大枚はたいて推薦状を手に入れたものの、それがどれほど役立つかは、行き交う人の中に身なりの良い者がかなりいるのを見て、怪しく思えてくる。
辺境の島からやってきた小領主の使い程度では、特別扱いは難しそうだ。
「まずは正攻法で当たりましょう。案外気さくな人かもしれませんし」
前の世界では、超有名なミュージシャンも地元では普通に街を散歩していたらしいし、そういう可能性がないわけでもない。
そう思っていたのだが、楽観はすぐに崩れた。
「……これに並ぶのか?」
クルルがげんなりと言ったその先には、聖堂に押しかける巡礼者の群れがあったのだった。
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