第96話

 四人には引き続き議論を戦わせ、イーリアには自分の仕事に戻ってもらった。

 ロランとの戦の話を領地の人々に伝えるため、演説文を考える役目がある。


 島民も、領主たちがロランから見知らぬ船で帰ってきたうえ、やたらと慌ただしくしているので、なにかあるようだと勘付き始めている。

 在庫点検を受けた商会から情報が洩れるのもそろそろだろう。


 彼らの不安に勝手に火が付き始める前に、こちらの覚悟を見せる必要があった。


 しかしお目付け役のクルルがいないせいで、ぐずぐず不満を言うイーリアをどうにか部屋に押し込めてから、自分はゲラリオを追いかけた。


「どうでした?」


 中庭に面した回廊に一人でいたゲラリオに声をかけると、歴戦の傭兵はじろりとこちらを見る。


「戦の後、あいつらに魔法陣の研究を任せるのか?」


 今も喧々諤々やり合ってるだろう四人のいるほうを見てから、答える。


「思った以上に心強かったですけど」


 それは、彼らの力だけであっというまにビット符号化を成し遂げてしまった、ということだけではない。

 報酬だとかの話を一切せず、出された問題に即座に食いつき、自説を否定されても相手の考えをきちんと吟味するところとか、はっきり言って想像以上に素晴らしい人材だと思った。


 しかしゲラリオは嫌そうな顔をして、懐を手でまさぐると、ため息とともにやめていた。

 煙草を吸おうとしたのかもしれない。


「お前は、何者なんだ?」

「ん……え?」


 まさかあの怪しげな占星術師や博打うちではなく、自分が問いただされるとは。

 面食らっていると、ゲラリオは頭を乱暴に掻いていた。


「身分も年齢もなにもかも違うあんなちぐはぐな連中が、いきなり結束してやがった。金の話も、待遇の話も、なにもせずにだ」


 ゲラリオは視線を外し、言葉を続ける。


「人心を操る魔法陣があると聞いたことがある。だが、お前は魔法使いじゃない。少なくとも、俺の知る限りは」


 あのロランの地下牢みたいな危機に遭遇してさえ、魔法使いであることを隠しとおす意味はもちろんない。ゲラリオも分かっていて言ったのだろう。


「待遇も報酬も、言葉にしなかっただけで、四人とも理解したはずですよ」

「んあ?」


 ゲラリオの片眉が上がる。


「報酬は、解くべきややこしい問題と、一緒に取り組める仲間の存在です」


 ゼゼルはともかく、少なくとも三人は楽しそうだった。

 自分の鼻の奥がちょっとツンとするのは、大学時代のゲーム製作のことを思い出したから。


 同じ興味を持つ仲間の存在のありがたさは、オタクならだれもが身に染みて理解している。


「もちろん金銭の話は後できちんとします。でも、誰も口にしなかったのは、お金より面白そうなものがあったからでしょう。多分ですけど、戦場でも報酬より、共通の敵がいることで結束するのでは?」


 ゲラリオはこちらを見て、首をすくめた。


「そこまで簡単じゃねえが……言わんとすることはわかった」


 それから、ふんと鼻を鳴らす。


「ゼゼルとやらを追い出さなかった時点で、お前たちの緩い雰囲気も伝わったろうしな。特に博打うちと占星術師だったか。あいつらはどう見てもおとなしく権力に従う連中じゃない。お前が身元を詳しく問いただし、報酬の金の話を先にしていたら……へそを曲げていたかもな」


 人を見る目はゲラリオのほうが鋭い。


「ただ、優秀過ぎるかもという不安はあります」

「なに?」

「合成魔石の件は、あれだけ聡明な人たちだと、そのうち気がつくでしょうし」


 今のところ、合成魔石そのものを見せるつもりはないが、勘付かれる可能性は低くない。

 それから、彼らが魔法陣の謎を解いたところで行方をくらます可能性だって、考えねばならない。


 優秀かどうかは判明したが、信用できるかどうかは……正直、自分の目は節穴だと思う。


「お前の言うとおり、連中は金の話をまったくしなかった。儲けにならない戦いに参加する、馬鹿な冒険者みたいにな」


 そう言った後のゲラリオの苦笑は、昔のことを懐かしむようなものだった。

 戦場でそういう仲間をたくさん見てきたのかもしれない。


 ただ、自分としてはこのゲラリオこそ、まさにそんなタイプだと思うのだが。


「だから信用は、まあ、できるだろ。むしろ心配すべきは」


 ゲラリオが、ため息をつく。


「魔法陣の研究が本当の目的だと知った時、連中が怖気づいて逃げ出さないかのほうかだな」

「逃げ出す?」


 聞き返すと、ゲラリオは肩をすくめた。


「魔法は特権階級の縄張りだ。さっき、占星術師のおっさんが言ってた帝国学術院とかいうのはよく知らんが、魔法は帝国の魔法省や、教会の正邪省が取りしきっている。趣味で研究してる好事家もいるが、ほぼ大金持ちの悪趣味だ。いずれにせよそこには、貴族連中しかいない」


 近づくのも恐れ多いお上の縄張り、というところだろうが、ちょっと気になった。


「あれ、でも、魔法省には魔法の才能がある村の子供なんかも集まるのでは」

「門をくぐった時点で貴族待遇だ。当然、門から出て行きゃ、逆戻り」


 身分秩序のはっきりしたこの世界で、それくらい特別扱いをされるのが魔法使い、ということだろう。


「まあ、小気味いい話ではあるがね。流れ者の博打うちに、煉瓦職人、あの占星術師のおっさんは……異端審問かなにかから逃げてきたんじゃないのか? それとゼゼル。なんと獣人だ。そいつらがお貴族様の縄張りを荒らすってんだから」


 権力機構にがっちり組み込まれた魔法の世界に、彼らは立ち向かう気概があるだろうか。

 無邪気に数学の問題を解くという話ではない。


 ただ、自分たちだけで謎を解けるかというと、はなはだ怪しいのが現状だ。


「連中の根性に期待だな」


 一応ゲラリオのお墨付きが出た、と考えてよさそうだ。


 となれば、あとは彼らを雇う給金の手配と、研究するための屋敷の確保か。


 町は今景気がよく、空き家が少ない。商会は商品の倉庫のために確保しているし、職人は工房の拡張を見越し、建物を争って購入しているような状況だ。

 人口密度が上がりすぎると疫病が不安だから、町の区画も拡張しないとならない。


 そのためには測量やら新たな土地の権利の確認やら、芋づる式にやるべきことが出てくる。

 それらを若干うんざりしながら、頭の中でリスト化していたところのこと。


 ゲラリオが咳払いとともに言った。


「んで、俺たちのほうでも、戦の前に例の魔石で試したいことがあるんだがね」


 ゲラリオはロランで合成魔石の話を知った瞬間から、伝承に残る大規模魔法陣の話に夢中だった。

 試し撃ちしたくてうずうずしているのだが、一応こちらの顔を立てて、許可を待っている感じだ。


 危険だとかなんだとか、説得の言葉は無意味だろう。


「もしも大規模魔法が使えるってなったら、ロランの連中なんぞ屁でもないだろうし」


 世を拗ねたような偏屈男が、らんらんと目を輝かせている。


 こんなゲラリオをへたに諫めてへそを曲げられるより、こっちも前のめりに協力したほうがいい。


 いずれにせよ、大規模魔法陣の確認は、避けて通れない道なのだ。


「期待より不安のほうが大きいんですけど……一応、さっき港で、カッツェさんに聞いておきましたよ。試し撃ちによさそうな場所が、近くの海にあるみたいでした」


 ジレーヌ領は海に浮かぶ島であり、近くに人のいない小島か、上陸できるくらいの岩礁はないかとカッツェに尋ねてみた。無人の海に向けてなら、危険な魔法を撃っても被害は少ないだろう。


「なら司祭の野郎がいないうちに、教会の床石の魔法陣を粘土に写し取っとくか。あの四人に調べさせるにも、必要だろうしな」


 すでにワクワクを抑えきれていないゲラリオに、ため息をつく。

 世界が足元からひっくり返るかもしれないという緊張感が、まるでない。


「ゲラリオさんは、あの四人以上だと思います」

「ん?」


 きょとんとしたゲラリオは、妙に子供っぽかったのだった。

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