第35話

魔石加工の速度を上げるための施策をまとめると、こうだ。


 魔石加工の作業工程を分解し、未熟練の徒弟たちでも修得可能なくらいに単純化する。

 親方たちは複雑な部分を受け持ち、同時に徒弟が技術に習熟するのを助ける。


 当然これは、自分の工房を構える一人の親方が、ひとつの原石を最初から最後まで加工するというものではないので、加工費用は完成した魔石の金額を人数で割ることになる。


 どこかの部分だけやたら加工が進んでも困るので、作業量は平準化されるのが望ましく、そうなると工房の垣根は撤廃する必要がある。


 親方というのは、最も難しいところを受け持ったり、未熟練の者たちを教育する者、という役割に変わるだろう。


 実にわかりやすくて、合理的な案だ。


 ――少なくとも、紙の上では。


「わしらに職人としての誇りを捨てろと言うのか!」


 魔石加工職人組合の会館に、割れんばかりの怒声が響き渡った。

 ここを訪れるのは都合三度目で、一度目はノドンを倒す協力を仰ぎに、二度目はノドンを追放した後に借金棒引きについての説明をしに。


 そして三度目の今日、新しい魔石加工についての相談をしにいったら、組合長がこめかみに血管を浮き上がらせる勢いで怒鳴り声を上げることとなった。


「お、お前らはなんだ! ノドン商会を召し上げた後は、我らが魔石加工職人組合を乗っ取りに来たのか!」


 ものすごい剣幕に完全に頭が真っ白になっていたら、ここでもずいっと前に出たのはクルルだった。


「職人の誇りが聞いてあきれる。借金で立ち行かったのはどこのどいつだ」


 魔石加工はジレーヌ領の根底に関わることなので、領主イーリアの名代としてクルルがいる……のだが、クルルは最初からこうなることがわかっていた節がある。連れ立って歩く間、目をらんらんと輝かせていたからだ。

 そのクルルのヤスリのようなざらついた言葉に、組合長はますます顔を真っ赤にしていた。


 借金の件は、魔石加工職人たちの弱みである。

 ただ、借金の話は今回の提案とはまた別の話だ。


「ま、待ってください。借金の話で恩に着せるつもりはないのです。あれはノドンの純粋な不正なんですから」


 自分はクルルを下がらせる一方、組合長にそう言葉を向けると、組合長もまた、同じように副組合長になだめられていた。


「ただ、私たちがここの組合にしたのと同じように、他の組合たちにも、いえこのジレーヌ領全体に正義を為そうとすると、商会の今の儲けでは到底足りないのです。それゆえに自分たちは、魔石取引をノドンがいた頃よりも大規模にする必要があるのです」


 そのために分業制導入の相談をしにきた。


「だが、だからといって……!」


 怒りのあまりに言葉が続かない、という組合長に対し、自分は丁寧に言った。


「鉱山は多分、これから二倍から三倍の産出量になるんです。今の職人さんたちでは、加工しきれないと思うのです。なにか加工の量を増やす考えがありますか?」

「む、ううぅぅ~~~……!!」


 その指摘に、組合長が口を引き結んで唸っている。

 代わりに口を開いたのは、副組合長だ。


「ヨリノブ殿。産出量がそんなに増えるというのは、本当なのですか?」

「新規鉱脈が有望そうなのもそうなんですが、今、鉱山の採掘環境は劇的に改善されています。場合によっては、十倍の産出も可能だとか」

「じゅう……」

「しかし鉱石だけ山ほど掘り出せても、加工ができないとバックス商会に買い叩かれます。特に、ここジレーヌ領は島国であり、生活資源を輸入に頼っています。なので島全体として、可能な限り金貨を稼ぐ必要があります。その観点から、魔石をそのまま輸出するという選択肢はありえません。加工すれば原石より高く売れますし、加工職人の皆さんの仕事も発展し、稼いだお金で色々な物を買えますし、それは巡り巡って島の人たちの儲けになります。こうして、島全体が豊かになるんです」


 この世界にくる前に制作を夢見ていた、自作ゲームの経営シミュレーションパートでこの手のことは山ほど考察した。

 もちろん経済がぐるぐる回るたびに、領主のイーリアはそこから税金をとることができる。


「だが、だが……」


 組合長は呻き、目線を上げないままに、言った。


「提案は、受け入れられん……」


 クルルがあからさまに組合長を睨みつける。

 けれど、自分には単純にわからなかった。

 いくらか抵抗は受けるかもと予想していたが、それでも交渉次第だと思っていた。

 まさかこんなに、頭から反対されるとは。


「組合長、まずは試してもらうだけでいいんです」


 自分は食い下がった。


「魔石加工には工程がいくつもありますが、そのひとつひとつは単純な作業の組み合わせでしょう。ですからその作業をひとつやふたつなら、新入りでもすぐに修得ができるはずなんです。そうして各々が作業を受け持つことで、全体としての生産性が――」


 とまで言ったところだった。


「わしらは……」

「え?」

「誇りあるっ、職人なのだっ」


 地の底から響くような、うめき声だった。


「この組合に加盟する親方たちは、誰もが長年に渡る徒弟修業を経て、栄えある親方試験に合格し、職人としての名誉を重んじ仕事をしているのだ! 人手が足りないからといって簡単に増やせるような、畑仕事の牛みたいなものでは断じてない! ましてや、ましてや――」


 そのまま卒倒するのではないかというくらい、親方の顔が真っ赤になって、こちらのことを睨みつける。


「た、た、た、単純な作業だと? お、お前らに魔石加工のなにがわかる? お前らは、お前らは……わ、わしらに手間賃仕事をやれと言う! このわしらに! 名誉ある、魔石加工の……一体、一体どうして、そんな――うっ⁉」


 血圧が上がりすぎたのか、息をするのも忘れていたせいなのか、組合長が胸を抑えて呻いている。


「組合長、組合長!」


 副組合長が組合長を椅子に座らせ直し、背中をさすって深呼吸させていた。


 自分はその様子に、呆気にとられるばかりだった。


 現状の工房は、明らかに非効率なのだ。

 すべての技術を習得した親方が加工のほぼすべての作業を受け持ち、徒弟たちは補助的な仕事をする中で技術を盗んで学んでいくという、前時代的な徒弟制度。

 決まった教育制度もなく、むしろろくに教える気などなく、親方は自分の満足のいく作業を頑固に執り行い、その結果、どこの工房も仕事が遅れに遅れて売り上げが立たず、借金をすることになり、それがどんどんかさんでいって、ノドンの食い物にされた。


 良き魔石を仕上げることこそが、組合の、職人としての名誉なのだからと。


「……帰れ」


 うなだれていた組合長が、顔も上げずに言った。


「帰ってくれ……あんたらに、恩があるのは確かだ。だが……」


 多少の抵抗、などというものではない。完全な拒絶だった。

 自分は言葉を返せず、立ち尽くすばかり。


 そこにクルルが言った。


「名誉、名誉と、よくもまあ」


 忌々しそうにつぶやいたクルルは、こちらを見やると顎をしゃくる。


「帰るぞ」

「へ? えっと」


 この分業案以外には、魔石加工の生産性を上げる方策などないはず。

 けれど今この場でのこれ以上の説得は、確かに無理かもしれない。


 なにせ自分たちがノドンを倒すために相談しに来た時、頑迷な組合長との間を取り持ってくれた話の分かる副組合長でさえ、なんとも言えない顔をしていたのだから。

 自分はなにか、とんでもなく失礼なことを提案したらしかった。


 組合会館を出ても、自分は組合長たちの様子にまだ戸惑っていた。

 それに魔石加工はどうなるのか。なんとなれば、加工職人たちとの関係が悪くなるようなことになれば、ノドン商会の経営が傾いてしまうかもしれない。


 自分は迂闊なことをしてしまったのではなかろうかと慄く中、クルルは会館脇の路地のほうを見つめていた。


「クルル……さん?」


 その顔がこちらを振り向くより先に、獣の耳がこちらを向く。実家の猫のことを思い出し、少しだけ心が癒される。

 そのクルルはゆっくり振り向いて、ふんと鼻を鳴らしていた。


「名誉を守るには金がかかる」


 クルルは、組合長が名誉と口にするたびに不機嫌そうにし、突っかかってもいた。

 自分の提案は、まさにその名誉とやらを傷つけたらしい。

 そして今なお、その理由がよくわからない。


「とりあえず飯にするか」


 クルルはそう言った。

 こんな時に食事など……と思ったのだが、そうではないと理解した。


「戦の前の腹ごしらえだ」


 このクルルは、見た目に寄らず体育会系なのだから。



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