其の五十八・溶けたチップ

 役員の見守る中、全身の検査をしたが異常はない、脳の玲奈チップだけは消滅したままだ、何故動けるのか、何故喋れるのかはわからない。


 俺は玲奈の頭を手で挟み、集中して徹底的に調べた、信じられない事が脳の中で起こっていた。


「海斗君、玲奈は何故生きている?」

「じいさん、これは奇跡だ」

「どういう事かね?」

「玲奈チップが完全に溶けて、プログラムが脳内に吸収されている、今は自分の脳で考えて動いている、これはもう人間に生まれ変わったとしか判断出来ない」

「そんな事が起こり得るのかね? 科学者としては信じられない事じゃが」

「俺の二枚のチップで調べてもありえない事だが、実際にこうやって玲奈は生きている」

「ふむ、本当に奇跡じゃな、君と玲奈の愛がこの奇跡を起こしたとしか思えん」

「ご主人様、私のプログラムが消えたの?」

「ああ、チップが溶けて消滅したんだ」

「でも私、生きてるよ」

「だから奇跡なんだ」

「よくわかんない」

「お前は人間になって生き返ったんだ」

「じゃあご主人様と同じだね」

「海斗君、検査入院して様子を見るかね?」

「いや、これ以上は俺でもわからないから、連れて帰る」

「わかった、何かあれば連絡しなさい、理恵君も暫く休みたまえ」

「はい」

「理恵、ずっと付き合わせて悪かった」

「玲奈ちゃんが生きてるだけでよかったわ」

「じいさん俺も家で休む」

「わかったそうしなさい」


 車でマンションに帰った。


「ご主人様、私は逆プロポーズが成功してから、どうなったの?」


 俺はあの日から今日までの事を、全部話してやった、俺は途中から涙を流していた。


「そんな事があったのね、ご主人様もう泣かなくていいよ」

「お前はもう自分の脳で行動している、人間になったんだ、ご主人様と呼ばなくてもいいし、お前の好きなようにしていいぞ」

「それって、ご主人様の元を離れろって事を言ってるの?」

「これからはお前の人生を、好きなように生きて行けばいい」

「私は今まで通り、ご主人様って呼ぶしご主人様と一緒にいる、ご主人様しか愛せないし離れるつもりもないわ、プログラムが消えても、ご主人様への愛は変わらないもん、死ぬまでご主人様を愛し続けるわ」

「玲奈ありがとう」


 二人で泣きながら、抱き締めあった。


「ご主人様、二週間も付きっきりでいてくれてありがとう、理恵さんにもお礼が言いたいわ、ご主人様と私のために、二週間も一緒にいてくれたんだもん」

「そうだな、二人でお礼に行こう」

「うん」


 チャイムが鳴って、理恵がやって来た。


「二人の話し合いは終わったの?」

「ああ、これからも今まで通り生活する」

「玲奈ちゃん、よかったわね」

「うん、理恵さんもご主人様と一緒に、二週間も付きっきりでいてくれてありがとう」

「気にしないで、玲奈ちゃんが生きていただけで十分よ、海斗を休ませてあげて」

「ありがとう」

「人間になった気分はどう?」

「今までと変わらないわ、実感がないもの」

「そう、でも本当によかった、私も少し休むわ、これからも海斗の側にいてあげて」

「うん、わかった」


 理恵が帰って行った。


「ご主人様も少し休んで、膝枕してあげる」

「久しぶりだな、少し寝るよ」

「うん」


 玲奈の太ももに頭を乗せて眠った、起きるといつもの笑顔の玲奈がいた、体を起こして玲奈を抱き締めた。


「ご主人様、いっぱいちゅーして」


 玲奈と久しぶりのキスをした、玲奈はバッグから指輪を取り出した。


「ご主人様、あの日の続きよ」


 と指輪をはめてくれた、玲奈も指輪をはめて喜んだ。


「婚約指輪よ、ずっと側にいさせてね」

「ああこれからもずっと一緒だ」


 それから三日間毎日検査をした、もう大丈夫みたいだ。


「ご主人様、心配しなくてももう平気よ」

「そうみたいだな」

「明日は研究所に行く?」

「行こう、お前に関する会議があるらしい」

「わかった」


 月曜研究所に行った、理恵と三人で会議室に入る、続いてじいさんも秘書と現れた。


 数枚の書類が配られた『玲奈について』と書かれている、玲奈にも配られた。


「会議を始めよう、玲奈気分はどうかね?」

「気分はいいわよ」

「そうか、みんな書類に目を通してくれ、玲奈の検査結果だ、見てもわかると思うが玲奈はもう人間になった、と言っても過言ではなくなった、みんなはどう思うかね?」


 みなが資料をじっくり見ている、読み終えてもみなが難しい顔をしているので俺が手を挙げた。


「俺は今日まで毎日、玲奈を検査したが本物の人間と変わりはなくなった、人間と認めていいと思う、新田博士意見を聞かせてくれ」

「新人の私が見ても、玲奈は人間と変わらないと思います」

「では、斎藤博士はどう思う?」

「私も同じ意見です、検査結果を見る限り、もうアンドロイドではないと言ってもいいでしょう」

「理恵はどうだ?」

「玲奈ちゃんに人権を与えるべきだと思う」

「沼田博士の考えも聞いておきたい」

「にわかには信じられないが、事実は事実だから受け入れるしかないと判断する」

「最後はじいさんの判断に任せる」

「みなありがとう、真田博士の検査でも人間と判断するなら、わしもそれを信じるしかない、幸い玲奈は人間の戸籍も持っておる、これからは一人の人間として扱おうと考えておる、賛成の者は挙手を」


 全員が手を挙げた。


「決まりじゃ、これからは玲奈を人間として扱う、幸い玲奈君がアンドロイドだと知っている所員は少ない、玲奈君もいいかね?」

「はい、嬉しいです」

「では玲奈君はこれから真田博士の秘書になってみないか? 所員として雇おう」

「私はご主人様の側にいられるなら、何でもかまいません」

「では真田博士の秘書として雇おう、吉田君あれを玲奈君に渡したまえ」


 じいさんの秘書が、制服とネームプレートと所員の身分証明書のカードを渡した。


「制服は着ても着なくてもかまわん、ネームプレートと身分証明書は付けておきなさい」

「はいありがとうございます、でも秘書って何をすればいいの?」

「真田博士の仕事の窓口みたいな感じでよい難しく考える必要はない」

「わかりました」

「みんな、そういう事じゃいいかね?」

「「はい」」

「うむ、いい会議だったでは解散する」


 みなが拍手をして、出て行った。


「海斗君、いい働きっぷりじゃった」

「何がだ?」

「上手くみなの意見を聞き出してくれた」

「じいさんから頼まれたからな」

「あれでよい」

「わかった、部屋に戻る」


 三人で研究室に戻った、玲奈に制服を着せてみた、似合っている。


「ご主人様、ポケットに名刺が入ってる」

「自由に使えばいい」

「うん、でも制服は堅苦しい」

「玲奈ちゃん似合ってるわよ」

「そう? 今日だけ着ておくわ」

「昼飯にしよう」


 三人で食堂に行った、みんなが玲奈の制服姿を珍しそうに見ている、食事が終わると玲奈は『ちょっと出かけてくる先に戻ってて』とどこかに行った。


「やけに嬉しそうだな」

「そうね、先に戻りましょう」


 研究室で待っているとやっと玲奈が戻ってきた、満足そうな表情だ。


「どこへ行ってたんだ?」

「名刺を配りに行ってたの、みんなはもうとっくに秘書だと思っていたみたい」

「そりゃいつも俺と行動してるからな」

「だから秘書で婚約者って言っておいたの」

「じゃあ車を呼んでくれ、初めての仕事だ」

「はーい、秘書だから運転するのは私よ」

「わかった」


 その夜、秘書として雇われたお祝いに、好きな物を食べさせてやる、と言ったらラーメンが食べたいと言ったので、連れて行ってやった。


これからも生まれ変わった玲奈と平穏な暮らしができればいい、それだけを願った。


第一部了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

非戦闘型奉仕用アンドロイド玲奈と改造人間の俺 椎名千尋 @takebayashi_kagetora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ