其の五十七・玲奈の死

 翌日、玲奈が一人で出かけると言った。


「出かけるのはいいが、雨だぞ」

「大丈夫、傘を持って行くから」

「ポルポルは使わないのか?」

「そんな遠くじゃないわ」

「わかった、気を付けて行って来い」

「うん」


 心配だったが、たまには一人で出かけるのも悪くはないだろう、電子書籍を読んで時間を潰した。


 玲奈が出かけて二時間が過ぎた、遅いどこまで行ったんだ? 電話をかけた。


『どこまで行ってるんだ?』

『ご主人様、ごめんねもう少しで帰るから、冷蔵庫の中にお昼用意してるから、先に済ませて』

『わかった、車に注意しろよ』

『車に轢かれても死なないから大丈夫』

『そうだったな』


 電話を切った。


 冷蔵庫を開けると、完全食が用意されていたので、一人で飲んだ。


 更に待っていると、小一時間でやっと帰って来た、買ってやったバッグがパンパンになっている。


「何を買ったんだ」

「それはまだ内緒、勝手に見ちゃダメよ」

「わかったよ」


 多分俺達の一周年のプレゼントでも買ったんだろう、遅かった事は許してやろう。


「お腹空いた」


 玲奈は自分の完全食を作って飲んだ。


「ご主人様、膝枕してあげる」

「ありがとう」


 いつものように、玲奈の太ももに頭を乗せて眠った。


 起きると笑顔の玲奈がいる、体を起こし抱きしめる。


「ご主人様、記念日まで後二日だよ」

「ああ、場所はもう決めてある」

「楽しみだわ、晩ご飯作るね」


 玲奈が立ち上がり、転んだ。


「玲奈、大丈夫か?」

「大丈夫、つまづいただけ」


 こいつでもつまづく事があるんだな。


 その後は普通に晩飯を食べ、シャワーを浴びて、いつもの一日が終わった。


 二日後の夕方、俺のお気に入りの港に連れて行った、駐車場にポルポルを停めて、雑貨屋などを見て回り、レストランで食事をしてから港を見せてやった。


 綺麗なホテルがあり、中型の豪華客船がライトアップされている、玲奈は凄く綺麗な場所だね、と言ってはしゃいでいた。


 一通り見て回ると、景色のいい場所に腰を下ろした、もうすっかり暗くなっているが、店や船やホテルの明かりで、景色はいい。


 暫く二人で景色を眺めていた。


「ご主人様、出会ってから一年私は幸せだったわ、これからももっと一緒にいようね」

「俺もお前との一年は楽しかった、これからもずっと側にいてくれ」


 玲奈がバッグの中から小さな箱を二つ取り出した。


「ご主人様、二十歳になったら結婚して下さい、お願いしますこれは逆プロポーズです」


 と言い小さな箱を一つ俺に渡して来た、開けるとシンプルだけど綺麗な指輪が入っていた、俺は泣きながら玲奈に抱きついた。


「ああ二十歳になったら一緒になろう、お前の逆プロポーズは受け取った」

「ありがとう、もっと幸せになろうね、指輪はめてあげる」


 玲奈が指輪をつまみ上げ、俺の指にはめようとした時、玲奈が震えだした。


「玲奈? どうした?」

「ちょっと頭が痛いの」

「すぐに診てやる」


 頭を手で挟もうとしたら、俺の胸にに倒れてきた。


「玲奈、玲奈」


 熱が高く、呼吸も荒い、すぐに脳波を調べる、少し脳波が乱れているが原因がわからない、急いで荷物を拾い玲奈を抱え、駐車場まで走りポルポルの助手席に乗せた。


「研究所まで急げ」

「了解しました」


 車が急発進する、その間にも玲奈の熱が上がって行く、途中で理恵の車とすれ違った、すぐに電話がかかってくる。


『慌ててどうしたの?』

『玲奈が、玲奈が倒れた』

『すぐに引き返すわ』


 電話が切れた。


 研究所に着くと玲奈と荷物を持って、検査室に入った、いろんな検査をしたが異常はない、もう一度頭を手で挟み脳を調べる、さっきより脳波の乱れが酷い。


 理恵が飛び込んで来た。


「玲奈ちゃんは?」

「検査では異常はない、俺が調べても脳波の乱れしかわからない」

「ご主……人様」

「玲奈、しっかりしろ」

「愛して……る」


 気を失った。


「玲奈ぁー」

「海斗病室に運びましょう」


 病室に運ぶと裸にした、理恵が点滴を打って、脳波を計る装置を持ってきた。


 理恵に経緯を聞かれたので、全部話した。


「前兆とかはなかったの?」

「そう言えば、何もないところで転んだ」

「多分その時からね」

「理恵、助けてくれ」

「海斗に出来ない事は私には無理よ、様子を見ましょう」


 理恵が完全食と水を持ってきてくれた。


「あなたが倒れたら元も子もないわ」


 確かにそうだ、完全食と水を飲み干した。


「所長には連絡しておくわ、あなたも少し休んだら?」

「原因がわかるまで起きておく」


 一時間ごとに脳を調べた、原因はわからない、玲奈の手を握り祈った。午前四時の検査で、玲奈のプログラムのチップが溶けてきているのがわかった、愕然とした。


 更に細かく調べると溶けたチップが、脳に癒着している、これではオペも出来ない。


 アシストと二枚のチップを駆使して治療法を考えた、出た結果は完全にチップが溶けてから、新しい玲奈チップを入れ替えるしかないが、元の玲奈に戻る確率は一パーセントしかない、失敗すれば死ぬ。


 朝一でじいさんと役員が集まった、俺は玲奈の現状と解析結果を話した。


「レーザーで焼き切るかね?」

「駄目だ、それでは元の玲奈に戻らない」

「そうか、我々も対策を考えるが、元の玲奈に戻る事は不可能に近い、残念だが君も覚悟を決めておきなさい」


 理恵だけが残った。


「海斗少し休んで、私が様子を見ておくわ」


 俺も限界だ、椅子を持ってきてベッドの側に座り、玲奈の手を握り、寝る事にした。


『スリープモード開始、玲奈が動けば起床、もしくは三時間で起床』


 ……


『三時間経過、スリープモード解除』


 俺が起きると理恵がどこかに消えた、すぐに食事を持って来てくれた、三食は理恵が運んでくれ、三日に一度シャワーを浴びた、そんな生活が一週間続いた。


 玲奈のチップは完全に溶けた、プログラムが消えてしまった、だがまだ生きている、熱も下がり息もしている、それだけが救いだった、俺は涙が止まらなかった。


 じいさんが来て言った。


「チップが完全に溶けた今、玲奈は植物人間と同じだ、新しい玲奈チップを入れるか、安楽死させるか選びなさい」

「もう少し待ってくれ、お願いだ」

「わかった、後一週間だけ待ってみよう」


 理恵も泣いていた、俺はただ玲奈の手を握り祈り続けた。


 俺は決断を迫られていた、新しい玲奈チップの一パーセントに掛けるか、安楽死させるかの二択だ、新しい玲奈チップに入れ替えても九十九パーセント死ぬ、それならば俺の愛した玲奈のまま安楽死させる方がマシだ。


 一週間が過ぎた、玲奈の様子は変わらないままだ、じいさんがやって来た。


「海斗君、決断しなさい」


 俺は玲奈の肩を掴み揺さぶった。


「俺と結婚するんじゃなかったのかよ、目を覚ませ、玲奈頼む最後に愛してると言ってくれよ、俺はお前を愛してる」


 そのまま泣き崩れた。


「じいさん、安楽死させてやってくれ」

「わかった」

「ウオォーーー玲奈ぁ」


 頭を撫でられた。


「ご主人様、聞こえてるよ声が大きいよ」

「玲奈? 玲奈なのか?」

「私は私よ、ご主人様の婚約者よ」


 じいさんも理恵も驚いている。


「ご主人様、私どうしたの? 逆プロポーズが成功したところまでは覚えてる」

「それ以降覚えてないのか?」

「うん、寝ちゃってたから、理恵さんも所長も何で驚いてるの?」

「玲奈、何で生きてられるんだ?」

「どういう事?」

「海斗君、どうなっている? 生き返るはずがない調べたまえ」

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