其の四十四・理恵の自殺、記憶の混濁

 十分で理恵のマンションに着いた、チャイムにもノックにも反応がない、超音波で鍵を壊して土足で上がる、姿がない、風呂場で見つけた、左手首に包丁を刺して倒れていた、湯船の水が血で真っ赤になっている。


 体は変色しかけていて脈もない、研究所の受付けに電話した。


『理恵のマンションに大至急救護班を呼べ』

『所長の許可がないと無理です』

『もういい』


 救護班に直接かけた。


『理恵のマンションに大至急来い』

『あなたの名前は?』

『真田博士だ』

『所長の許可がないと無理です』

『もういいバカ野郎』


 じいさんにかけた。


『どうじゃった?』

『理恵のマンションに大至急ドクターヘリを呼べ』

『わかった』

『それと何でもかんでもじいさんの許可が必要なのを何とかしてくれ』

『わかった』


 電話を切った、五分でドクターヘリがやって来た。


「オペ室へ運べ、オペの準備もしておけ」

「はい」


 玲奈を連れて車に乗り込む。


「ポルポル、大至急研究所に戻れ」

「動けません警察です」


 窓をノックされた。


「スピードの出し過ぎだ、降りろ」


 身分証明書を見せた。


「急患だ急いでいる」

「失礼しました、どうぞ」


 車が急発進する、すぐに研究所に着いた。


「ポルポル駐車場で待ってろ」

「わかりました」


 急いでオペ室に入る、じいさん達が集まってる。


「俺がオペをする」

「海斗博士もう無理じゃ、わしでも助けられん」

「まだ助かる、俺なら出来る」


 はさみで服を切って裸にする、体を切って心臓を直接掴み、マッサージする。


「ランクAの内蔵と筋肉一式、それと血液を用意しろ」


 スタッフが走り回る、内蔵を全て入れ替える、すぐに筋肉も貼り替える。


「輸血しろ、もっと血液を持って来い」

「血液入りました」


 心臓に手を当て静電気を集め放電する。


 バチッ、ドクンドクン。


 心臓が動いたので体を縫合する、頭を手で挟み、脳波を確認するが脳波は大丈夫だ、手首の傷も塞がった。


「オペ終了、命は助けた」


 拍手がおきる。


「話には聞いておったが、正確で素早い見事なオペじゃった、君でなければ確実に死んでいたじゃろう」

「俺にしか出来ない事だ」

「うむ、君の命令は所長命令と同じく処理するように全員に伝えた」

「ありがとう助かる、理恵はもうすぐ目を覚ますが、俺の事と自殺の事は覚えていない」

「記憶を消したのかね?」

「いや、ショックで俺の存在が消えている」

「治さないのかね?」

「忘れてくれていい」

「何かあったんじゃな?」

「ああ、その方がお互いのためだ」

「わかった」


 理恵が目を覚ました。


「所長、私に何かあったんですか?」

「ちょっとした事故じゃ、海斗博士が君の命を救った」

「海斗博士? 誰ですか?」

「俺が海斗だ」

「ありがとうございました」

「動けるなら起き上がってもいい」

「はい」


 理恵が手術台から降りて、病衣を着た。


「じいさん俺は帰る、後は任せる」

「うむ、理恵君を助けてくれて感謝する」

「玲奈、帰るぞ」

「はいご主人様」


 理恵が頭を抱えた。


「玲奈? ご主人様? 何か大切な事を忘れてる気がする」

「事故のショックで混乱してるだけだ、体を休めろ」

「はい」


『ポルポル車を回しておけ』

『わかりました』


 俺達はオペ室を出た。


「ポルポル、カー用品の店に寄れ」

「わかりました」

「ご主人様、ワックス買っていいの?」

「ああいいぞ、スポンジと拭き取り用の布も必要だからな」

「うん」


 ワックス一式を買うと、マンションに帰った、俺が理恵をあそこまで追い込んだ、これからは仕事のパートナーとして、新しい関係を築いていけばいい。


「ご主人様、理恵さんはあのままの状態でいいの?」

「あれでいい、これからはただの仕事のパートナーだ」

「わかった、ご主人様に任せる」

「昼を食い損ねた、完全食をくれ」

「うん、今回はバナナ味よ」


 すぐに完全食が用意された、バナナ味も美味くて飲みやすい。


「ご主人様お昼寝する?」

「ああ太ももを貸してくれ」

「どうぞ」


 横になった。


「ポルポルのワックスはいいのか?」

「また今度にする」

「そうか」


『スリープモード開始、十七時起床』


 ……


『十七時です、スリープモード解除』


 目を開けた、玲奈が笑顔で覗いている。


「ご主人様、理恵さんが来るって」

「許可したのか?」

「どうしても話したいって言うから」

「わかった何時に来る」

「十七時には起きるって言ったら、それくらいの時間に来るって」

「もう来るじゃないか」

「そうだね」


 暫くするとチャイムが鳴った、玲奈が理恵を部屋に上げる。


「海斗博士、普通なら確実に死んでいたところを助けて貰い、ありがとうございます」

「礼はいい、君は俺のパートナーだからな」

「そうらしいですね、ずばり聞きますが博士は私のダーリンや愛人ですか?」

「何故そう思った?」

「私のメモ帳にダーリンとか愛人って言葉が書いてありました、そして私のチップの中のデータには、あなたとの思い出の写真やデータがとぎれとぎれあるのでそうじゃないのかなと思って」

「そうか、しかし俺の知る限り、君には恋人はいなかった」

「そうですか」

「あの後研究所の精神科の先生には診て貰ったのか?」

「はい、記憶の混濁があるよだ、とだけ言われました」

「そうか」

「私の記憶に私生活の事や研究所の記憶は、しっかりと残っているのですが、海斗博士の記憶だけ曖昧なんです」

「俺が研究所に入社したのは、去年の七月だが、毎週月曜にしか出社しない非常勤勤務なんだ、だから君と過ごした期間もまだ短い、しかし仕事のパートナーとしてはよく頑張ってくれていた」

「そうですか」

「ダーリンや愛人というのは君の妄想や願望なんじゃないか?」

「かもしれませんね、脳や心については海斗博士が一番詳しいのは覚えてますが、博士がそういうならそうなんでしょうね」

「君を助けた時、頭の中も調べたが、異常はなかった」

「博士がそういうなら、やはり記憶が混濁しているのかもしれませんね」

「それしか考えられないな、暫くすればそれも収まるはずだ、君が望むなら定期的に脳の検査をしようじゃないか」

「じゃあお願いします」

「わかった、君は俺の仕事のパートナーだ、これからもよろしく頼むよ」

「はいお願いします、完全食上手くいくといいですね、私は帰って休みます、こんな時間に失礼しました」

「気にしなくてもいい」

「はい」


 理恵が帰って行った、俺は嘘は吐いていない、これからはパートナーとして上手くやっていければいい。


「ご主人様、上手く嘘を吐かずに話を回避したね」

「ああこれでいいんだ、お前は今まで通りにしていればいい」

「わかったわ」

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