其の三十三・HDチップ

 ちょうど一週間が過ぎた、研究所にいた俺は玲奈を連れて、昼から研究所を逃げ出すようにマンションに帰った。


「ご主人様」

「……」

「ご主人様」

「少し静かにしてくれ」

「はい」


 俺は午前中の事を思い出していた、いつものように理恵の車で出勤し、完全食の生産が追いついて、順調に売上を伸ばしていると聞き理恵と喜んでいた。


 そこに所長と博士から俺と玲奈が呼び出され、玲奈が進化しているのを、もう一度検査させて欲しいと頼まれた、簡単な検査だと思っていたが、内容を聞くと脳を直接見たいと言われたのだ。


 俺は玲奈の所有権は完全に俺にある事を主張し、最後の検査も受けた事も理由に断固反対し拒んだ、それでも頼むと言われたので、いくら傷がすぐに治るとしても、もう玲奈の体を実験や研究のために使われるのは嫌だと断った。


 すると大金を払うと言い出したので、もう話にならないと怒り、玲奈を傷付けるつもりならもうここにはいられない、と言った。


 それでもアンドロイドの進化のためだと言われ頭にきて、部屋を飛び出し自分の部屋で白衣を脱ぎ捨て、理恵に別れを告げ佐藤さんに送って貰い帰って来たのだ。


 電話がうるさいので全部の着信を拒否し、退職届けを送った、このマンションにも来るかもしれないので、ここも出ていく覚悟を決めた。


「玲奈、どこか遠くでひっそり暮らそう」


 返事が返って来ない、横を見ると玲奈は泣きじゃくっていた、俺も再び沈黙した、チャイムが何度か鳴らされたが、全て無視した。


 夜になり腹も減ったが食欲はない、玲奈も何を考えてるのかわからない、何度か話しかけたが何も答えないので、別れの言葉を言い残しマンションを出た。


 まず理恵のマンションに寄った、何度も連絡をしたとか、何度も家に来た事を言われたが、すまんとだけいい、玲奈を置いて俺はどこか遠くで一人で暮らすと言い残し、理恵のマンションも出た。


 一人でどこへ行くのか決めていなかったので、ホテルに宿をとった、ホテルの居心地が良かったので何日も泊まった。


 アシストから玲奈が保護されたと聞いたがもうどうでもよかった、勝手に解体されればいいとさえ思った、俺は多分もう玲奈の事はどうでもいい存在に変わってると考えた。


 俺を探していると言う情報はなかったので十日ぶりくらいにマンションに戻った。


 戻ってすぐに完全食を何倍も飲んだ、十日ぶりの食事だ、キッチンの水道に口を付けて水も大量に飲んで生き返った。


 鏡を見たら筋肉質の体が骨と皮だけになっていた、このまま死にたい。


 ろくに寝ていなかったので丸一日眠り、今後の事を考えたがいい案は浮かばなかった、何度か自殺を試みたが、改造された体では自殺も難しかった、最後に遺書を書いてベッドに入りスリープモードをかけた。


『スリープモード開始、餓死するまで起こすな』


 眠りに落ちていった。


 スリープモードが解除されたのか、目が覚めた、暗い部屋で身動き出来ないように手錠と太い鎖で縛られていた、元気があればこんな鎖は引き千切れるが、体力がない今はそれも出来なかった。


 何とか目をナイトモードに切り替え、首の動く範囲内を見たが、どこなのかわからなかった、カーテンで仕切られていることから、病院かもしれないと感じた、体内スマホで時間を確認すると、夜中の一時だった、腹も減り水分も不足している、まだ死ぬチャンスはある、しかし身動きが出来ないので半分諦めてまた眠る事にした。


『スリープモード開始、二度と目覚めるな』


 これで死ねるだろう。


 …………


 夢を見た、内容は覚えていない。


『スリープモードを強制解除しろ』


 起きれない。


『アシスト、スリープモードを解除しろ』

『今は危険なので解除出来ません』

『俺は死にたいんだ、危険でも解除しろ』

『できません、すいません』

『殺せ、殺せ、死にたい、死にたい』


 何度も訴えたがアシストが反応しない。


『殺せー、殺せー、死なせろ、死なせろ』

 と叫び続けた、体が軽くなり力が湧いて来る、しかし目覚めないこれが死なのかわからない、両手を誰かが握っている。


 渾身の力で叫んだ。


「死なせろ、殺せ」


 何度も叫んだ、声は出ているはずだ、叫び続けた、何時間経ったのだろうか? 骨と皮だけの俺は死んだのだろうか? それすらわからないが、まだ手を握られている感覚がある、叫び続けた。


 俺は後何日したら死ねるのだろうか?


 叫びが変わっていた。


「全員ぶっ殺す、殺してやる、殺してやる」


 殺すと叫び続けた。


『アシスト、殺せ、全員殺せ』


 反応がない、壊れたのかもしれない、とりあえず渾身の力で握られた手を振り払う、またすぐに握られる、振り払う、握られる、きりがない、もう脳を壊せばいい、チップで静電気を集め脳に流す、意識が飛んだ。


 …………


 まだ生きているようだ、暴れまわる暴れて暴れてまた意識が薄れていく、しかし意識が飛ばない、諦めた、生き返ったらチップの力で日本を壊し、火山の中に飛び込んでやる、それだけを考えた、もう何時間過ぎたのだろうか? 何日かもしれない、意識がはっきりしてきた、重いまぶたを開いた、明るい照明に目がくらむ、まだ掴まれてる手を見る、右手を玲奈が左手を理恵が握っている。


「手を離せ」

「ご主人様」

「ダーリン」

「お前らには別れの挨拶をしただろうが、俺は全て失った、殺してくれ、何度か自殺したが死ねなかった、今すぐ殺せ」

「生きて下さい」

「死なないで」

「お前たちとは縁を切った、お前らは赤の他人だ」

「そんな事言わないで」

「ここは何階だ?」

「研究所の三階です」

「飛び降りでは死ねないな、青酸カリを持ってこい命令だ」

「何組かのチームが交代で一ヶ月かけて生き返ったのにダメです」

「俺は死にたかったんだ、助けろと頼んだわけじゃない、俺を助けた奴らは全員殺してやる、責任者を連れてこい」

「今日はダメです」

「俺の遺書を見てないのか?」

「ご主人様の遺書は見ました、けど生きて下さい」

「俺はお前らのご主人様じゃない、ダーリンでもない、俺の気持ちも知らないくせに勝手に馴れ馴れしくするな」

「赤の他人じゃないです、私のご主人様なんです」

「お前は解剖されて死んでしまえ」

「何でそんな事を言うの?」

「お前はあの時俺を無視しただろう、俺は傷ついた、もう顔も見たくない」

「無視したわけではないです」

「いや、無視したあの瞬間にお前への愛がなくなった、だから赤の他人だ」

「そんな……」

「うるさい出ていけ、二人共もう顔も見たくない」

「嫌です」

「わかった俺が出ていく」


 起き上がり病室から出た、出口が閉まっている、近くにあった消化器で扉のガラスを破り、外に出て運転手に街まで送って貰って、マンションに戻り完全食と水も飲んだ、ドアに二重に鍵をかけベッドで眠った。


 起きるとシャワーを浴びて、鏡を見る、筋肉が元に戻っていた、もう全てどうでもよくなった。


『スキャン開始』

『スキャン終了、うつを発症肉体は異常なし新しいデバイスを発見、リンクしますか?』

『しろ』

『リンク完了』


 また俺を実験台にしやがった、怒りが湧いたがこれもフル活用してやる。


『アシスト、新しいデバイスとは何だ?』

『何でも出来る機能を搭載したHDチップです、現代科学の最高峰の機能搭載です』

『では研究所を攻撃しろ、隕石でもミサイルでもいい、破壊しろ』

『近くの護衛艦からミサイルを発射……迎撃ミサイルで撃ち落とされました、失敗です』

『では研究所のコンピュータを破壊しろ』

『破壊完了、研究所の機能停止を確認』


 やってやった、次は全員殺してやろう。


『危険を察知、その場から逃げて下さい』


 早速報復に来たか、返り討ちにしてやる。

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