其の三十二・愛人

 いつもの時間に理恵が迎えに来て、研究所へ向かった、俺も理恵も普段通りだ、研究所に着くと部屋の机に所長が雑誌を置いていてくれた。


「ダーリンその雑誌は何?」

「俺達の作ったスーパー完全食の記事が書かれた雑誌だ、所長が集めてくれた」

「へー、ますます売れそうね、後で読ませてちょうだい」

「ああいいぞ」


 玲奈は理恵の本棚から漫画を取り出し読み始めた、俺も雑誌をめくる。


「玲奈ちゃん、私をダーリンの愛人にしてもいい?」


 何を言い出すんだバカか、俺は雑誌を読んで無視した。


「愛人ってキスしたり、エッチしたりするんでしょ、絶対にダメ」

「じゃあそんな事はしないから、愛人にしてちょうだい」

「そんな事言ってコソコソ誘惑する気でしょう? 認めないわ」


 この二人は放っておこう、雑誌に集中して記事を読む、この発想はなかったとか、混ぜてるからと言って効果は薄まってない、二種類配合なのにこの安さは凄い、など褒めちぎっている、どの雑誌も同じような事が書いてある、全部で六冊全て読み終えた。


 玲奈と理恵の駆け引きはまだ続いている、玲奈が押されているようだ、最後は理恵が泣き落としに入った、自分もこんなに愛してるのにとか形だけでもお願い、と言っている。


「ご主人様、どうするの? 私もうわかんないわ」

「形だけならいいんじゃないか? そのうち冷めるだろう、俺はこれくらいしか意見はないぞ」

「玲奈様、土下座しますなので愛人と認めて下さい」

「プライドの高い理恵さんが、土下座なんて出来るわけがないわ」

「認めて貰えるなら出来ます」


 と言って玲奈の前に膝を付いた、俺も驚いたが玲奈はもっと驚いている、理恵が正座をして頭をゆっくり下げ始めた。


「待ってストップストップ、わかったわよ形だけなら愛人と認めるから頭を下げないで」


 下げかけた頭をすっと戻すと、理恵はニヤニヤしていた。


「やっと認めてくれたわね、本当に土下座しちゃうところだったじゃない」

「騙したわね」

「もう遅いわ、今の会話録音してあるから」


 玲奈がうなだれた。


「約束は守ってよ、破ったらただじゃ済まさないから」

「はいはーい」

「なんかイライラするわこの人」

「ダーリン、今日から愛人よ」

「そうか、この雑誌を読め」

「冷たーい」

「ご主人様、手を出されないように気を付けて」

「わかった」

「ご主人様、反応薄ーい」

「俺は今まで通りだ、関係ない」

「ご主人様、昨日まであんなに優しかったのにぃ」

「今でも優しぞ」

「ダーリン私にも優しくしてよ」

「これでも優しいつもりだが」


 コンコン、ノックされた。


「どうぞ」


 所長だった。


「雑誌は読んだかね?」

「はい、ありがたい記事ばかりでした」

「そうじゃろ、売上も伸びるぞ」

「理恵君は読んでる途中のようじゃな」

「そうでーす」

「すいません、バカな奴なので」

「二人共後で来なさい」

「はい」


 所長が出て行った。


「早く読め、所長が待ってる」

「もう少しだから待って」

「ご主人様、私は呼ばれてないから、漫画読んでていい」

「ああそうしろ」

「ダーリン、終わったわ」

「じゃあ行くぞ」


 所長の部屋をノックすると、どうぞと言われたので入る。


「博士までお待たせしてすいません」

「構わんよ、玲奈は一緒じゃないんだな?」

「はい、部屋で漫画を読んでます」

「ちょうどいい聞きたい事があったんじゃ」

「何でしょうか?」

「君は理恵君と浮気しておるな?」


 直球だ。


「はーい、してまーす私は愛人です」

「バカ、黙っとけ」

「よいよい、別に責めてるわけじゃない、むしろわしは浮気も出来ない男は信用しないからな」

「はあ」

「ダーリンって超ウブなんですよ」

「黙れ怒るぞ」

「ごめんなさい」

「理恵君を黙らせるとはなかなかやるのう」

「俺には逆らえませんよ」

「玲奈にはバレないように注意しなさい、話は以上だ」

「はい、失礼します」


 うんざりしながら部屋に戻った。


「ご主人様おかえりなさーい」

「ただいま、すぐに終わった」

「ダーリン食事の件今日にしましょう」

「いいぞ何が食べたい?」

「夜景の見える高級レストランで二人でワインを――」

「玲奈、二人で食べよう」

「チッ」

「お前今、俺の嫌いな舌打ちしたな?」

「してないわ」

「いや、確かに聞こえた、もう出ていけ」

「ごめんなさい、もう二度としないから許して下さい」

「次したら本気で追い出すからな」

「わかりました」

「ご主人様舌打ち嫌いなの?」

「ああ聞いててイラッとする」

「私はしないわよ」

「知ってる、したら怒るからな」

「大丈夫よ」

「ダーリン食事は?」

「玲奈と二人で食べる」

「連れて行って下さいお願いします」

「何が食べたいんだ?」

「この前の焼き肉でいいです」

「いいのか?」

「ホルモンが食べたい気分なの」

「わかった玲奈もいいか」

「うん」

「じゃあ混む前に行こう、早めに帰ろう」

「「はーい」」


 コンコン。


 所長がドアを開けた。


「声が廊下まで聞こえておったが」

「すいません」

「いや違う、玲奈が普通の女の子の喋り方をしておったが、どうしたのかね?」

「所長、ご主人様が敬語はダメなんだっていうから直したの」

「自分の意志でか?」

「うん、そうだよ」

「進化しておる、ドクター海斗これは凄い事じゃよ」

「そうなんですか?」

「また変化があれば教えてくれたまえ」

「わかりました」


 所長が出て行った。


「ご主人様、私の進化ってそんなに凄い事なの?」

「みたいだな、ともかくすることもないから帰るぞ」

「はーい」

「ホルモンホルモン」

「俺もホルモンが食いたくなってきた」

「ご主人様私もー」

「じゃあ今日はホルモンデーにしよう」


 そそくさと片付け街に向かった、昼間でも客は多い、席に座るとホルモンばかりを三人前頼んだ、水をよく飲む客と覚えられたのか大きな水入れもテーブルに置いていかれた。


「ねえダーリン、最近急にお酒に弱くなったんだけど何故かしら?」

「自分のアシストに聞いてみろよ」

「わかったわ」


 ホルモンセットが運ばれてきた、三人で焼き始めよく火を通して食べ始める。


 二人も美味いと言いながら次々と食べていく、追加注文して更に食う、流石にホルモンばかり食いすぎて腹が膨れた。


 また三人で水をがぶ飲みして、帰る事にした、ホルモンだけだとかなり安いが、一応約束は守ってやった、二人も満足している。


「ダーリン、愛人が帰るのよ」

「だからどうした? さっさと帰って寝ろ」

「もう、キスくらいいいじゃない」

「理恵さん、しないって約束したでしょ」

「わかったわ、ごちそうさま」

「ご主人様帰ろう」

「ああ少し寝れるな」

「太もも貸してあげるね」

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