其の二十六・役員
月曜の午後、俺は博士の部屋に呼び出された、理恵が午前中の会議でやらかしたのだ、失敗したわけではないが、会議の進行の遅さに苛立った理恵が、会社の本当の資本金から隠し資金、スポンサーからの正確な受取金額から、週ごとに変わる金庫の解除番号や、残り四体のアンドロイドの制作費やかかる日数に人件費、パートナーへ渡る金額など博士と先生しか知らない事を話したのだ。
「もっと細かい事も全部言いましょうか?」
と挑発までし、会議が途中で解散になったのだ。
博士と先生が珍しく厳しい顔でいると、今更チップを外そうとしても無駄と、あらゆる薬品を打たれても、チップで打ち消せる事なども話した。
俺は仕方なく理恵のチップを一旦遮断し、おとなしくさせた。
「ドクター海斗、君が理恵君の暴走を止めたのかね?」
「ええ、今遮断させています」
「今回理恵君が話した事は、当然君にもわかっていたんだね?」
「はい、理恵の二十倍の能力のチップですから、だからまだ実用段階ではないと言ったのです」
「ふむ、どうやら私はアンドロイド以上に厄介なチップを開発してしまったようだな、君は何故今までおとなしくしていたんじゃ?」
「俺は自分の身分をわきまえていますし、誰にも迷惑はかけたくありません、それに俺はこの玲奈と、静かにのんびりと暮らしたいだけなので」
「ふむ、君にチップを装着したことは問題なかったというわけか、このままでは理恵君を何とかして処分しなければ、うちだけではなく世界中の危機を招いてしまう」
「待って下さい、殺すのは俺がいなければ出来ませんし、理恵を殺すのは絶対に協力出来ません」
「ではどうすればいい?」
「俺が理恵をおとなしくさせます、周りに迷惑をかけないようにするので、穏便に済まさせて下さい」
「君に任せる以外方法はないと言うわけじゃな?」
「そうです」
「具体的にどうするのかね?」
「俺が理恵のチップにリミッターをかけてみます、それで片付く問題です」
「すぐに出来るかね? この問題は出来るだけ人目を避けて終わらせたい」
「今からここでします」
「やってくれたまえ」
泥酔したような理恵の頭を両手で挟み、チップを悪用しないようにリミッターをかけ、もしリミッターが解けても悪用すれば、チップの機能を停止させるようにチップをいじった。
終わるとそれを二人に話した。
「それだけで大丈夫かね?」
「大丈夫です、俺が危険だと判断すればチップを破壊します」
「うむわかった、オリジナルのチップが君の脳でよかった、今後チップは極秘に改良を進めて行く、理恵君を起こしてくれたまえ」
理恵を目覚めさせた。
「ん? あれ? 私寝てましたか?」
「お前のチップが暴走して、暫く気を失ってたんだ」
「博士すいません、まだ使い慣れてなくて」
「かまわんよ、午前中の会議の記憶はあるかね?」
「あはは、さっぱりです」
「まあいい、いつも通りの会議じゃった」
「ドクター海斗、感謝する」
「いえ、とんでもないです」
「何か意見はあるかね?」
「役員と役職の見直しの時期かと思います」
「うむ、わかったすぐに動こう、理恵君君が安定するまでドクター海斗と同じ部屋を使いなさい」
「ダーリンと同じ部屋ですか? 嬉しい」
「ドクター海斗、頼んだよ」
「わかりました」
要は監視しろと言うことだ。
「では博士失礼します」
「うむ、ありがとう」
「理恵行くぞ、引っ越しだ」
「はーい」
理恵を俺の部屋に引っ越しさせた、コスプレ衣装と本棚が大きいだけで、すぐに引っ越しは終わった。
俺と理恵のパソコンに何か届いた。
『重要、役員と役職の変更通達』
と書いてあり、地位の高い順に番号がふられ、新しい役職が書かれていた、博士が所長、先生と理恵が博士、俺は理恵と同じ三番目の地位で、後の役員は同じ顔ぶれだ。
「ダーリン、私が博士だって」
「よかったな」
「ダーリンも私と同じ三番よ、もっと喜びなさいよ」
「俺は地位はどうでもいい」
アナウンスが流れた。
「役員は所長の部屋まで来るように」
俺は理恵達を連れて所長の部屋に行った、全員集まっている。
「今回の変更に異議のある者いないかね?」
誰も何も言わない。
「うむ、ではドクター海斗と理恵博士以外戻ってもよい」
またさっきのメンバーが残った。
「ドクター海斗、これでいいかね?」
「いいと思います、俺が三番なのはちょっと複雑ですが」
「君の能力は君自身がわかっておるはずだ」
「はい」
「理恵博士もこれでいいかね?」
「文句一つないです」
「君をドクター海斗と同じ三番にしたのは、ドクター海斗が休みの日は、ドクター海斗の代わりをして貰うためじゃ」
「わかってます」
「ふむ、ではもう行ってもよいぞ」
部屋に戻った、もう用事はない。
「理恵、まだ仕事はあるのか?」
「今日はないわ」
「じゃあ帰ろう、暇だ」
「そうね」
「出世祝に焼き肉を奢ってやる」
「やったー」
部屋を出て車で帰った、玲奈と行きつけの焼き肉屋に入り、好きな物を好きなだけ食えと二人に言った。
三人で食いながら話をしていると理恵が。
「私、会議で何か悪い事をした気がするの」
「気のせいだろう、興奮して倒れただけだ」
「思い出そうとすると頭が痛くなるの」
「ストレスが溜まってるんじゃないのか?」
「そうかもね」
最後にホルモンセットを食べて、腹がいっぱいになった、三人で水を何杯もおかわりし店員が呆れていた。
会計を済ませると理恵は帰って行った。
俺と玲奈もマンションに戻り、シャワーを浴びた、コンビニで買ってきたアイスを食べると玲奈が言った。
「ご主人様は理恵さんに甘くないですか?」
「甘いんじゃない、理不尽に命を奪われるのが許せないだけだ、人間もアンドロイドも」
「わかりました、ご主人様は甘いんじゃなく優しいのですね」
「優しすぎるかもしれないがな」
「私はそんなご主人様が大好きです」
「俺もお前を愛してるぞ」
「ご主人様、昼過ぎに大金が振り込まれています」
「いくらだ?」
「二億円です、研究所からです」
「ちょっと所長に電話する」
「はい」
所長に連絡した。
『何かあったのかね?』
『また大金を振り込みましたね』
『それだけの仕事をしたからのう』
『今後は余程の事がない限り振り込まないで下さい、給料だけで十分です』
『わかった、君は欲がないのう』
『もう十分に貰ってるからです、玲奈と楽しく生活出来れば、それ以上望みません』
『わかった気を付けよう、ところで理恵君はどうかね?』
『さっきも出世祝で、一緒に食事をしましたが、今日の事はすっかり忘れています、もう大丈夫です』
『わかった、助かったぞ』
『問題があればまた言って下さい、では失礼します』
『うむ、期待しておる』
電話を切った。
「玲奈、これ以上無駄に大金を振り込むのは止めて貰った」
「そうですか、わかりました」
「もう十分だ」
「そうですね、使いきれません」
「その通りだ、少し贅沢をしてみようか?」
「何に使います?」
「ははっ、思いつかない」
「今の暮らしで十分です」
「わかった、でも欲しい物があれば言えよ」
「わかりました」
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