第6話 やあ、前世ぶり。




 恨む気持ちは末代まで続く。

 憎しみは連鎖さえしなければ当事者の死をもって。

 そして怒りは瞬間的なものだ。

 燃料を足さなければ、ものの数秒で理性が怒りを鎮めてしまう。生きている限り、火種と燃料に事欠くことはないのだけど。


「てんちょー、かうんたーのお客さんC定食みっつー」

「あいよお」


 注文をとった少年が、席番号の籠にCと書かれた木札を突っ込む。

 収納空間に突っ込んでいた屋台を複数繋げただけの青空食堂なので大して座席もないが、読み書き算数もあやしい子に仕事を任せるならあった方が良い……程度の軽い気持ちであった。

 C定食はコモン向けの食事。おおよその種族が安心して食べられる材料で作られた飯だ。使える食材が限られているので、雑穀のパン粥や薄味の麺料理が多い。追加のトッピングは個人の責任で。

 道中の村落では人口の移動が少ないためか使える食材の選定が楽だった。迷宮都市に向かうにつれて客層が多様化し、複雑怪奇な混血のヒトが真剣な面持ちで硬貨を握りしめて来るのは正直なところ胃痛案件である。


「てんちょお。象牙の彫像と人間のハーフってお客さんが泣きながらC定食を注文してるう」


 舌足らずな声で年少の女の子がキッチンに駆け込んできた。

 うむ、対応に困る客だ。御父上の名前はピュグマリオンとかかい? 硬化前のレジンとか食わせる訳にもいかないだろうし。

 接客できそうな子は注文と配膳に走り回り、無理そうな子は裏方で芋の皮を剥いたり皿洗いに頑張って貰っている。毎食二十人前を用意するのだから余剰分で商売できれば御の字、という軽い気持ちで始めた移動式の青空食堂。地元民の他に通りすがりの隊商や冒険者が足を止めて行列に並ぶ。しまいには噂を聞きつけたのか、食事に苦労してる連中がC定食目当てにやって来るようになった。


 どうしてこうなった?

 てな顔で子供たちは調理や接客に追われている。我が身の不幸に耽る暇もない。

 油断してると腹一杯になるまで甘味を突っ込まれるし。先日などは男性憎悪の原因となったトラウマ話を食事中に暴露しかけた年長の少女達が、家事妖精シルキーの特製サマープディングを顔面直撃そぉい!されて悶絶している。すまんね。

 王都で情報交換した転生者に事情説明して協力を要請、情報収集しつつ此方の準備を整えていた。鷲馬娘ヒッポグリフなどは独自の武術流派を編み出して痛々しい名前の必殺技を幾つも開発していたし、合成獣キマイラは鷲馬娘の手持ち武器となって三つの口から謎の破壊光線を発射する宴会芸を身に着けていた。

 ……

 ……

 君ら、殺意高くない?

 一周まわって子供らが冷静になるレベルぞ?


『散発的な襲撃を受けること数度。その全てが主殿を狙い、瞬殺された! 我、出番ない! むしろ変な魔物使いから勧誘魔法とか受けるし、つまらん!』

『にゅん!』


 そらまー君ら、魔物使いとか金持ちから見れば財宝が歩いてるようなものだから。自分がどっかの国に仕えてたら速攻で召し上げられてたよ?


『許さぬ、許せぬ、許そうとも思わぬう!』

『にゅにゅにゅーん!』


 はいはい分かったから怒りを抑えて。

 皿洗いしてた子がまた漏らしちゃうから。


「……てんちょ」


 あ、駄目?

 四人くらい?

 おっけー、家事妖精が風呂入れてくれるから、ついでに早めに飯を食ってきなさい。お客さんらも拍手しない、チップも不要ですから。その代わり、迷宮都市に戻ったら適当に噂をばらまいておいてくださいな。

 ね?


『いやいや、君も殺気が駄々洩れだからね――ご主人様アノー君


 と。

 逃散したお客さんの代わりに懐かしい声。

 今世の名前アレックスではなく前世の名前アノーを口にできる人は極僅か。というか今の今まで忘れていたよ、日本人だった頃の名前なんて。しかもご主人様扱いとか。そんなことを言う人はひとりしかいない。


『やあ、前世ぶり』


 狐の耳と尻尾を生やした麗人。

 オッパイのついたイケメン。

 黙ってたら傾国妖艶を描いたような圧倒的な色気を放つのに、凛々しい佇まいとイケメン言動によって中和されていた人。レースクイーンだってもう少し慎みあるよと突っ込まれる勝負服で数多のダンジョンを踏破した、生ける伝説。

 前の人生では自分に冒険者としてのイロハを教えてくれた恩人で、肩ひじ張らずに付き合える対等な友人。のはず。

 うん。

 うん?

 なんすかそのダンジョン配信業であざとく媚びながらソシャゲに出演したり特撮ドラマに声優として参加して多方面に爆弾を落としそうな萌え記号の集大成みたいな駄フォックス美乳甘ロリは? いやでもその声は紛れもなく我が旧友とものそれ。


『山月記の李徴ワータイガーだってもう少しマシな扱いを受けてると思うなあボクは!』


 ボクッ子属性まで獲得したんすか。

 わぁあ。


『頼むから、素でヒかないでくれ! 従魔の先輩方にあわせてイメチェンというか差分衣装を用意したようなものじゃあないか!』

『主殿。我も乳を暖簾のれんで隠す系の衣装を着ねばならんのだろうか?……それが天命であると言うならば、我は、我は覚悟を!』


 ほら見ろ、うちの子らが悲壮な覚悟で決意表明してるし。そこの家事妖精は暑くもないのに脱がないように。合成獣とか尻尾股にはさんでるし。

 あ、野菜の皮を剥いてた年長の娘達が汚物でも見るような目で。ナンデエ!


「控えめに言って、男の屑かなと」

「店長サイテー」

「え、うちらも将来ああいう服を着て接客させられるの?」


 ……

 ……

 一週間かけて少しは打ち解けたと思った、子供達からの好感度。一気にマイナスに振り切れてません?


『HAHAHA、良く分からないけど競合相手が減るならそれでヨシ!』


 いや、ちっとも良くないのだけど。

 あざと可愛いポーズで誤魔化してもダメ。

 まあ、営利誘拐しかけてきた連中にカチコミかける戦力が増えたのだから大歓迎なのは間違い無し。


『まーかせて。前のバイト先でもそろそろオシオキ案件だってブラックリスト入りしてたし。ボクらが代行してもお咎めナシどころか報償金出るよ多分』


 前のバイト先っすか。


『うん。寿退社しますって言ったら笑顔で送り出してくれたよ!』


 わぁあ。

 笑顔がクッソ可愛いのが逆に腹立つ。


「てんちょー、新しいお客さん。C定食に煮卵と揚げパン」

「あいよー!」


 怒りの感情は長くは続かない。

 マイペースに接客してた少年が注文札を手に戻って来ると、青空食堂は営業を再開した。この世界の価値基準では破廉恥きわまりない服装のパイセンも、エプロンを重ね着することで露出が減ったからか従魔や子供達とも打ち解けたようだ。






『前の人生では度数の高い酒で酔い潰そうとしたら、なんかスイッチ入ったらしくてね。ボクは硬くて長い彼のシャフトで何度もコンコンされてさんざんワカラセられちゃったものさ』

『ぴゃああああああ!』

『要チェックでございます』

「店長サイテー」「これ通報するべきでは」「むっつり店長ありがとうございます」


 待って。

 いや、待って。

 泥酔して妖獣形態で大暴れしたパイセンをゴルフクラブで鎮圧した事件が、なんでオラオラ調教系溺愛エロ話になってるの? コンコンしたのはパイセンの頭蓋骨で、自分あの時かなりフルスイングしたからね? 

 訂正。

 訂正を!

 話聞いてた一部の少年達が前屈みで自分とパイセンを交互に見てるんだけど!


『お任せください旦那様。真夜中に殿方のパンツを洗うなど、家事妖精の得意分野でございますので』


 そうじゃねえ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る