第5話 ぱぱかつ
野営地は街道の宿場町に近く、貴族令嬢や若手商人などは簡単な手当てを済ませると出発した。片道分の食料に回復薬それから換金可能な怪物由来の素材などを持たせておいたので、門前払いされる心配もない。街道警備の兵たちや巡回牧師に怪物襲来を伝えてもらう必要もあったし、昭和のギャグ漫画みたいに満腹で動けなくなったチビッ子たちを放置する訳にもいかなかった。
冒険者の義務、というよりは。
前の人生なんて面倒くさい記憶を引きずった駄目男の意地みたいなものである。今の人生でも、跡取りではない農家の三男坊なんて他所に婿入りできなければ奴隷同然の飼い殺しが基本だ。学があったり腕っ節が強ければ村を出て一旗揚げることも不可能ではないが、この大陸は怪物種が多く誕生するため安穏と暮らすことは不可能に近い。
……
……
辺境のコボルト族の集落なら常時人手不足だし、エグザム元リーダーもめぼしい人材いたら紹介してくれとは言っていた。
目ぼしいかどうかは全くもって未知数。
子供なんて可能性の塊みたいなものだし。
仮に迷宮都市にたどり着いたとして、子供たちは豊穣神殿預かりとなる。待遇は悪くないはずだが、おそらく孤児院というシステムがこの子らの心の傷を抉る原因のひとつだろう。特に女児は。神は偉大だが万能ではない。それでも民草に寄り添ってくれるものがいるだけ大分マシとは思うけれど。
隊商から逃されたと主張する子供が十三名。
うん。十三名。
五回くらい数え直したし、名簿も作った。ダブルチェックも行った。その上で十三名の子供を保護した。してしまったともいう。
「ないわー」
色々と叫びたい。けど叫べない。寝付いた子供たちが起きてしまうし。
母性本能全開の
で。
足元に不審者が多数転がっている。
冒険者にしては矜持を持たず、傭兵にしては引き際を見極められず、商人にしては機を読めない。
もう一度言おう。
「ないわー」
彼らは迷宮都市ミノスにて冒険者に様々な人材を斡旋する業者の下請けらしい。尋問中に名乗った幾つかの商会は自分も耳にした事のある有名どころで、彼らは「ガキと従魔を大人しく差し出せばテメェは五体満足で返してやるよ」などと価格交渉(物理)に臨んできた。
どうやら人件費をとことん削った上に値切り倒して収益を上げるビジネスモデルのようだ。前の人生でもそういう企業あったよ。自分が勤めていたところの元親会社とか。身売りした後の外資系も大概だったようだけど。
余計な事を思い出してしまった。
ああ、厄い厄い。
『あのな、主殿。我、武辺者を乗り手に選ぶの辞めたし。戦功立てて立身出世も正直どうでもよくなった』
気絶した不審者を足蹴にしつつ鷲馬娘が提案する。
『迷宮都市に行く理由、主殿にはあるのか?』
「いちおう」
前の人生でそこそこお世話になった冒険者時代のパイセンがね。
こっち来てるらしいのよ。仕事か私用かは分からないけど。挨拶くらいはしておきたいし、チビっ子たちに見習い身分でもいいから冒険者資格を取得させたい。街に残りたい子もいるかもしれない。開拓村で生きるにも冒険者の資格あると狩猟物の換金で便宜をはかってもらえるしね。
『攻略はされないのですか旦那様』
「食材豊富なダンジョンが幾つかあるから、コボルト村への土産に多少は潜るかもしれないっす。食べ盛りの子も沢山いるし」
ドーム球場一杯分の収納空間にはそれなりに食料の備蓄があるが、油断していると神々に上前刎ねられるので、入手できる機会は逃したくない。
それに。
「うちの子を捕まえて売りさばこうとした連中を放置するとか、父親としてはね」
『にゅん』
『分かります。そうやって父性と見せかけて圧倒的雄の力をアピールすることで養女たちを無自覚メス堕ちさせるんですね、さすが旦那様えっ――』
余計な事を口走った家事妖精が輓馬に踏み潰される。
グレイス号、渾身のスタンピングである。先日の戦闘では怪物たちの頭蓋や背骨を踏み折り砕いていたし、体当たりでオークを吹き飛ばしていた。
「グレイス号、教育的指導は程々にお願いするっすよ」
ぶるるんと短く
▽▽▽
迷宮都市ミノス。
アポロジア大陸屈指の都市であり、大迷宮をはじめとする複数のダンジョンを保有する冒険者達にとって憧れの地でもある。
集うのは冒険者だけではない。
ダンジョンで得られる素材を目当てにした幾つもの商会が拠点を構え、豊穣神殿をはじめとする各種神殿も実力のある神官を常駐させている。人口規模と統治体制を考えれば奇跡的な水準で治安が保たれていると為政者は評価するだろうが、それでも物事に限度はある。
あからさまな違法行為はしない。
なにしろミノスには「犯罪者相手なら遠慮なくどうぞ」と解き放たれている凄腕の
「入荷予定の派遣社員が集団脱走。回収ついでに仕入れを試みたところ返り討ちに遭って、官憲に引き渡されたと」
合法スレスレの人材派遣業社は他にもある。
大抵の場合は報酬の天引きが主だが、代替わりして急成長を果たしたその商会は合法違法の境界線を読み違えた商売に手を出していた。
「ふむ。人化能力を得た
部下の報告を聞いて、商会主は喜色を浮かべた。
逃げた子供を売りさばいたところで小銭が増える程度のもの。しかし鷲馬に合成獣ならば他国の王侯貴族が高く買い付けてくれる。家事妖精は手元に置きたい。
「それで我が商会に逸品を差し出してくださる間抜けは何処の何方で? 先頃解散したチーム『戦慄の蒼』に所属していた……アレックス……ソロモン城塞都市解放戦の?」
部下が提出した資料の名を見て商会主の笑みは凍り付き、顔色は白を通り越してどす黒くなる。
十年ほど前、ミノスに匹敵すると言われた迷宮都市が重装の巨人達に占拠された。その中で特に凶暴だったのが、黒と紫の鎧に身を包んだ単眼巨人部隊。しかし十二体いたそれらは、たまたま隊商護衛で訪れていた一組の冒険者チームによって討伐された。
忘れるものか。
当時ソロモンの支店にいた商会主はその一部始終を目撃した。
あの悪夢を。
二十メートル近い身長の、単眼巨人。その瞳を的確に貫通する、拳大の石。どれほど逃げようと、飛び跳ねようと、泣き叫んで許しを請おうとも、容赦なく単眼を貫き脳天を内部から破砕した、ただの石ころ。
魔鉄の剣も祝福された槍も跳ね返していた巨人族の鎧や皮膚。だというのに丸石が、レンガの欠片が、割れた石材が、一撃必殺の威力となって単眼巨人達を葬った。
ただの隊商護衛が。
支援職の見習い冒険者として紹介された小僧が。
間抜けは自分ではないか。
商会主は今頃になって、その情報が丁寧に届いた現状の不自然さに気付いた。ここが分水嶺だ。誰か知らないが与えられた最後の機会に感謝し、商会主は即座に領主館と商業ギルドに廃業届を提出して財産を処分した。
およそ半月後。
迷宮都市ミノスを訪れた冒険者アレックス一行に、とある元商会主からの詫び状と金一封が届けられた。
半端に身に覚えがあるアレックスは元商会主の行方を尋ねたが、現在ミノス市は地下競売グループの一斉摘発のため大変な騒動の最中であった。領主家血縁の貴婦人が首魁の一人として逮捕され王都送りになった事に比べれば、グレー判定の商会ひとつが自主的に看板を下ろしたことなど話題にもならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます