第3話 情の道連れ(おかわりもあるぞ)




 魔物使いが使役する魔獣の中で鷲馬ヒッポグリフは機動性に特化した騎獣と認識されている。


 天馬ペガサスに比べて一日あたりの飛行距離はやや劣るものの、谷底から山頂まで短時間で駆けて飛び越えられる騎獣は鷲馬の他には鷲獅子グリペンくらい。それは空中戦において顕著で、最高速で遥かに勝るはずの翼竜ワイバーンが鷲馬との戦闘を避けることもある。

 鷲馬は決して弱くはない。

 条件が揃えば竜種さえ脅かす程度には強い。

 だが最強ではない。

 鉤爪も嘴も風の魔法も、届かぬ相手はごまんといる。羽毛や毛皮は無敵の鎧とはなりえない。自慢の機動力も屋内や洞窟型の迷宮では本領を発揮するのは難しいだろう。


 鷲馬娘クリスの懊悩はそこらに起因する。

 人型への変化へんげが可能で、武器を用いた戦闘技術を修めた。色彩豊かな羽毛から察するに、通常個体にはない複数属性の魔術も行使できるだろう。騎獣としての欲求を克服できたならば、彼女は単騎で迷宮探索できるだけの実力を備えている。育ての親としての贔屓目を差し引いた上での評価だ。

 強さを追い求めるなら、騎手は要らんというか邪魔。

 でも自身の背に相応しい乗り手を求めている。それはもう本能というよりも呪いに近しいもので、発情期の牡馬もかくやという掛かり具合で強者を求めるのだが理想と現実のギャップに打ちのめされる。幾度も幾度も。

 迷宮都市までの道中、様々な形で遭遇した冒険者や傭兵たち。好意的な者もいればそうでない者もいた。犯罪者は警備兵に引き渡して路銀の足しになったりもした。

 そういう旅暮らしが二か月ほども続くと、本能に振り回されていた鷲馬娘も理性が機能し始める。


『我、騎手いない方が強い?』


 身も蓋もない真理に彼女が到達したのは、一つ目の国境を越えた頃。

 身形よく気品すら漂わせる少女が魔獣であるという申告に国境門の審査場は騒然とし、注目を集めてしまった。人の姿にて魔術と棒術を、鷲馬の姿に変じてトミノフスク四行詩を諳んじるという宴会芸を披露したものだから、鷲馬娘を騎獣にと求める騎士や貴族たちが次々と押し寄せた。


 前世記憶で例えるならば人気アイドルとの握手会レベルで。


 在野の兵法家から王家に連なる血筋の高位騎士まで集結したことで発生した突発イベントは三日三晩続き、都合百八名の候補者と鷲馬娘は面談し。

 前述のような結論が出てきてしまった。

 敗因としては枴棍トンファの存在を教えた自分の責任なのだが。打撃、防御、組打ちに魔法ついでに荷電粒子砲から収束熱光線まで多彩な攻撃手段を獲得した鷲馬娘を便利な移動手段として運用するのは根本的に間違っている。


『騎乗する側の自尊心が木っ端微塵になることは確かかと』


 死屍累々となって転がる挑戦者たちの惨状を一瞥した後、家事妖精シルキーアルビオンはあくまで優雅に微笑んだ。試乗会の規模を見て「これは流石に本決まりであろう」と準備していた「鷲馬娘クリスちゃん相棒決定おめでとう&元気でね」送別会パーティーの準備が無駄になってしまったので、かおには出さないが不機嫌オーラが漏れている。


『さりとて運送や護衛業を営む旦那様の傍において上級魔獣の戦闘力など無用の長物。クリスティーナお嬢様は市民権を得て一介の兵法家ないし冒険者として独立されるのが順当かと』

『にゅーん』


 ばいばーいと前脚を振る家事妖精と合成獣キマイラに躊躇も未練もない。輓馬グレイス号は我関せずとばかりに新鮮なシロツメクサを食べている。合間合間にタンポポの花を食べているが、口直しだろうか。


『独立、であるか』

『旦那様ではない騎手を求めたのも独り立ちするための手段ではありませんか』


 にべもない。

 宮中にて王族の給仕を務めてもおかしくないほど洗練された家事妖精が旅暮らしの冒険者に同行するのも大概なのだが、彼女の心の棚は李朝薬箪笥並に引き出しが多い仕様なのかもしれない。家事妖精だし心の整理整頓は大得意とか。


『合成獣様と食後のデザートを奪い合うことも無く、狭い寝床を占拠されることも無く、自分だけの時間と空間と食事を心行くまで堪能できる。並大抵ではない武力を誇るクリスティーナ様であれば容易でありましょう』

『そ、そうであるかな』

『勿論でございます。強さと美しさと華麗さを兼ね備えたクリスティーナ様であれば、立身出世も思いのまま。いずれは貴族となり領地の主となる事すら』

『むむむむ! ゴハンも食べ放題?』

『ええ、もちろん。ジェリードイールズ鰻ゼリーハギス羊胃の詰物料理キドニーパイ腎臓モツ煮込のパイ包焼もクリスティーナお嬢様が望むままに召しあがれるるのです』


 作ったことも食べたことも無い料理名に踊らされてテンションを上げていく鷲馬娘と、ブリティッシュな暗黒面を隠そうともしない家事妖精。彼女は19世紀後半にイギリスから転生してきた地球人の子孫が営む伝統料理の店を鷲馬娘に紹介し、ついでとばかりにここ数週間の旅で渡した給金――家事妖精相手の賃金交渉は二度とやらないと誓った――の半分を餞別として握らせている。


『さあクリスティーナお嬢様、今が旅立ちの時です。思い立った日に動かねば、後に続くのは後悔の時間ばかり。若き情熱を真っ赤にスパークさせませう!』

『にゅん!』


 家事妖精の掛け声と合成獣の合いの手に乗せられてか、鷲馬娘は背中の翼を展開して飛んでいった。最寄りの町を目指しているとは思うのだが、あの町は偏執的なまでに馬鈴薯とキュウリの栽培に情熱を注いでいたと記憶している。異様なまでのキュウリ推し。サンドイッチの具材でキュウリ以外を探すのが困難なほどに。

 ……

 ……

 魔馬時代のおしおきゴハンの常連だったんだよなあ、キュウリ。




 半日後、かご一杯のキュウリを背負って鷲馬娘が泣きながら帰還した。

 全身から淡水魚独特の生臭さと臓物独特の生臭さと血抜きされていない腎臓独特の血生臭さとアンモニア臭が漂っていたので、おススメされたものを一通り注文してしまったらしい。

 いや、十八世紀以前のイギリス料理は食材も調味料も豊富に使われていたらしいよ? その後はともかくとして。

 かの町で負った心の傷はかなり深そうだったので、甘辛のタレでかば焼き風に焼いた鰻を饅頭の具にして、キュウリの香味酢漬けピクルスをたっぷり使ったチキン南蛮も用意した。


『うわ~ん、お仕置きゴハンなのに美味しいいいい』


 タマネギだと中毒起こすからね、君。

 上位魔獣だから魔力で捻じ伏せる可能性高いけど、一応、念のため。

 こんなんで野生でやっていけるんだろうか。

 ウ■コ詰まった臓物とかをウマウマって食ってるんだぜ、野生種の鷲馬とか鷲獅子って。貴重なビタミン源として、積極的に。


『い、いやじゃああ! 主殿の仔になるうううう!』


 はいはい、現状維持、現状維持。


『チッ』

『にゅん』


 はいはい、そこ。心底悔しそうにしない。

 輓馬も踏みつけるのは程々にね。







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