第2話 穏やかな食卓(優雅とは言っていない)
迷宮都市ミノスは国境を二つほど超えた先に存在する。
複数のダンジョンを内包する城塞都市はムーンラシア大陸には彼の場所以外にない。迷宮都市という呼称はここ数百年、かの街を指し示す言葉だ。その象徴たるミノスの大迷宮は未だ踏破者の現れていない、冒険者達に残された数少ない最前線の一つでもある。
冒険者という肩書が内包するものは様々だ。
あるものは英雄であらんと欲し、あるものは力を求め、あるものは日々の退屈から逃れるための刺激に飢え、あるものはタダのヒトとして扱われたいと願う。暮らすだけならば傭兵や狩人それに衛士などで生計は十分に立てられるのだ。冒険者として認められるほどの技量と実績があれば他業種でも問題なくやっていけるし、円満に引退できた冒険者を雇用するというのは商家や資産家のみならず貴族階級にとっても
そうではない冒険者も多数いる。
そうなれない冒険者も多数いる。
『旦那様は今世ではダンジョンに潜られないのですね』
笑顔で朝食の準備を手伝いながら、
たっぷりの煮豆にキノコと野草を腸詰と一緒に炒めたもの。ついでに分厚いベーコンと目玉焼き。それからほどほどに焦がしたトーストとミルクで煮出した紅茶。旅暮らしの朝食としては奮発したつもりだったのだが、お気に召さなかったらしい。普段は三割ほど目減りしているのに、神々の徴収も無かったようだ。
なお隣では干し鮑と
『神々すら手を付けずにそっと離れたえげれす飯を旦那様は食べろと仰るのですね』
「油っぽくて薬臭い伸びた
『ブリッカス飯をここぞとばかりに高い再現度で用意しようとなさらないでください旦那様』
心外な。
仕方ないので一般的な携行保存食を用意する。炒った雑穀を獣脂で練り固めて焼いた塩味のついた煎餅みたいなビスケットに、発酵させた茶葉を煮出した苦酸っぱいスープ。それから乾燥させたナツメヤシの実。いずれも収納空間で保存していたものである。大人数であれば鉄鍋で煮て茶粥状に仕立てるのだが、そのまま食べても一応は消化できるようにはなっている。
「では駆け出し冒険者御用達の保存食を一緒にどうっすか」
『女中が主人と食事を共にするのは失礼にあたりますので』
土下座すらしかねない勢いで頭を下げた後、家事妖精は英国風朝食セットを手に退散した。逃げ出したとも言う。致し方なし。何しろこの保存食、収納空間で保管していなかったらビスケットの三割くらいは芋虫の餌兼寝床に化けていただろうし、発酵茶のスープは山羊乳のバターを溶かし込んでいるのでやたらめったら酸っぱいし、ナツメヤシの実は油断していると輓馬が後ろから強奪してくる。ビスケットには見向きもしない。もちろん神々が徴収することもない。
『主殿は一人旅だと、その保存食ばかり口にするのであるな』
粥の奪還をあきらめた鷲馬娘と合成獣が自分の収納空間に手を突っ込んで
『主殿の好物であるか?』
『にゅん?』
はむはむと粟餅を頬張る一人と一匹が首を傾げる姿は可愛らしいが、腹立たしくもある。
「故郷では芋と豆と野菜には困らない土地だった、っすねえ」
農家の三男以下などそんなものである。
畑を荒らす害獣害鳥の皆さんが貴重な蛋白源だ。時々害虫も。家族への執着はほぼ消えている。家を継げない、婿入りの話もない農家の息子に故郷に留まれる選択肢は数えるほどもないのだ。定期的に猪や鹿を仕留める自分には狩人の家から婿入りの話が幾つかあったのも事実だが、勘違いして弟と婚前交渉に臨んだ狩人家の娘っ子がポテ腹になってしまったので婿入り話も立ち消えている。
……
……
農村としては
……
……
いやあ、当時十三歳だった自分でもきっついと思った婿入り話だったし?
一発で当てたってえ意味では
「冒険者になって、やっすい保存食でも雑穀と塩を贅沢に使ってるなーって感激した訳っすよ。思い出の味」
『旦那様、旦那様。心の傷から
『ぴぃ』
『にゅうううううんっ』
いかんいかん。
合成獣が恐慌状態に陥って鷲馬娘の顔面に貼りついている。
それはそれとして慣れると案外美味いのよ、この塩味雑穀ビスケット。前世の駄菓子でよく喰ったインスタントラーメン菓子っぽい。偶然とは思えない再現度。炭酸飲料が欲しくなる味だ。
ところで反省しているから、踏みつけるのは勘弁してくれませんかね
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