第3話 ダンジョンに潜ろうとしたら其処は魔宮でした。 




 専門家に言わせるとダンジョンと魔宮は違うらしい。

 神様プロデュースで、外部からの侵略者や困った連中を無力化しつつ人々の試練の場として設計されている。ついでに信仰心を集めようと思ったのか地上付近の階層は安全で食料になる動植物が大量に発生する親切仕様だ。


『では主殿、魔宮とは』

「生還出来たら後で専門家に聞こう」

 

 しょっぱい顔の鷲馬娘ヒッポグリフに訊ねられるがそう答えるしかない。

 何しろこちらとら護衛専門で生きてきた冒険者である。

 ダンジョンに潜ったこと自体は幾度かあるけれど、馴染む前に 魔馬デモンホースを飼い始めたのでそこから先は屋外主体の旅暮らしだ。育児放棄されていたとはいえ群れから離れて暮らし始めた頃の魔馬の仔馬こいつは厩舎に残されると夜泣きが酷く、落ち着くまでの半年ほどは馬小屋で共に寝ていたのは今では良い思い出でもある。


 遠征に備えて食料の調達。

 それを目的として自分たちは王都にあるダンジョンに潜ったはずだ。冒険者組合で所定の手続きを行い、最新の階層情報も受け取っている。王都ダンジョンの第一層は広大な森林とそれに匹敵するほどの草原で構成されており、王都で消費される食肉と薪炭材を賄っている。正確な人口は把握していないが仮にも一国の王都を維持するだけの自然豊かな空間で、冒険者とは名ばかりの樵や炭焼き職人が小屋を建てて仮拠点とする程度には平和だ。


 少なくとも、目の前の光景とは大違いだろう。


『にゅん』


 しばらく前に頭上の定位置を卒業したはずの合成獣が、肩車の要領で後頭部にしがみついて面倒くさそうに顎を乗せている。生まれた頃に比べて立派になった翼は身体を浮かすほどではないが、無茶な姿勢を補佐する程度の浮力を生み出しているようだ。


 おそらく原因の一つは合成獣こいつだろう。

 うろ覚えの知識を記憶の底から引っ張り出しながら、周囲の把握を確認する。石の壁にアーチ状の高い天井。部屋というよりは回廊に近しい造りだが、人類ではなく巨妖精トロウルが群れで暴れても平気そうな広さだ。


『推測できる範囲で、教えてほしいのである。この魔宮は』

合成獣神獣もどきの力に反応して、ダンジョンの防衛機構が過剰反応して誕生した隔離空間――かなあ。憶測にすぎないけど」

 

 憶測という割には確信ではあるまいか。

 という表情の鷲馬娘の非難めいた視線が合成獣に向けられる。


「どこかの国では罪を犯した冒険者への刑罰として、魔宮探索やその補助が命じられると聞いたことがあるっす。通常のダンジョン探索よりも危険だと思われているのかもね」

『にゅう』

「そういう魔宮も最低限、出入り口は確保されてるっす」


 周囲に扉や門はない。

 ミノスの牛魔人を封じ込めたクレタの迷宮のように、ただ封じ込めることを目的とした魔宮。などという希望的観測は抱かない方が良いだろう。勇敢な少年が糸玉を手にやって来る訳でもあるまい。

 腰に下げていた手斧を握る。

 使い廻しが良く頑丈な一品で、魔物使いになる前からの数少ない相棒でもある。


「試練にせよ封印にせよ、こういう仕掛けには一定の法則があると聞いたことはあるっす」


 手製ランタンの中に魔法の明かりを生み出し、周囲を照らす。

 薄闇に覆われていた周囲は魔法光独特の淡く青い輝きに照らされ、最初の目視では気付かなかった詳細な情報を教えてくれる。

 装飾皆無の石壁かと思いきや。

 複数の言語で書かれた大きな金属プレートが近くの壁に貼り付けられている。大陸共通語として扱われているアルファベットを基にした言語に、漢字を基にした言語、その他もろもろの注意書き。その中にしっかりと日本語の文章も入っている。


『ふむふむ。さっぱりわからん』

『ぶにゅん』

『仕方なかろう。我は鷲馬ぞ。大陸共通語を学んでいる最中であるが、文字の並びも形も正常とは違うものが半数以上含まれてる事に気付いた程度である』

『にゅにゅにゅん』


 合成獣は拍子抜けしたようなからかう口調であるが、魔馬だった頃から彼女は地頭が良い。

 冒険者向けの初心者講習も素直に受講しているし、意外にも採取系の仕事で高い評価を得ている。ダンジョン探索に幾度か同行して『脳筋では仲間を危険に晒す、なにより信頼を得ることが出来ない』と自分なりの答えを出した。

 通常の鷲馬では再現不可能な複雑な空中機動も、魔馬時代の動きにヒューマンや獣人の武術を組み込んで昇華したものだ。つまり最初から誰かを乗せて動くことを想定していない。当の鷲馬娘がそのことに未だ気づいていないのだけど。


 そんな一人と一匹の会話を微笑ましく聞きつつ金属プレートを再度見た。

 地球上のあらゆる言語で書かれているのではないかと思う程、見たこともない文字が刻まれている。インクを塗って紙を押し当てれば綺麗に転写できそうだ。

 英語だけでも複数種。これは単に国別だけではなく、Fワードみたいな乱暴で下品な言い回しまで網羅している。それが幾つもの言語で。象形文字や楔形文字のような歴史の授業で軽く触れた程度のものまで刻まれている、これを作った人はどれだけノリノリだったのか。いやこれはむしろヤケクソと言った方が正解か。

 馬鹿だ。

 馬鹿だよなあ。

 日本語のエリアは万葉仮名に始まり崩した平仮名、片仮名、漢字も書体様々。毛筆硬筆より取り見取り。これだけで言語学マニアは大喜びだろう。

 金属の材質は不明。

 文字部分以外は丁寧に研磨されているのが触れると理解できるのだが、ランタンにともした魔法の光を強く反射する事はない。表面加工ではなく材質そのものの特質かもしれない。床にも壁にも埃は積もっていなかったし、それはこの金属プレートも同じだ。


『主殿、これは何の仕掛けであるか。謎解きの類であろうか』

『にゅ~』

「深くは考えてないけど性格は悪そうっすね」

『??』

『にゅん?』


 日本語で記された文の一つを指でなぞる。


【匚匚□常非】


 鷲馬娘が読解に困惑していた大陸共通語の文も本質的には同じだ。

 表裏逆転した鏡文字である。

 文字の一つ一つに魔力を込めながら日本語で音読を試みる。


 非常口ココ。


 途端、がこんという音と共に金属プレートが外れた。

 手斧を腰に戻し、ちょっとした扉ほどもあるそれを両手で支えて横にずらすと、プレートのあった壁に上へと続く階段が現れる。


『おお』

「へえ」

『にゅ』


 反応は三者三様。

 自分は金属プレートを抱えたまま。

 合成獣はくんかくんかと何かを嗅ごうとしている。

 鷲馬娘は目を細めると、自分に手を突き出す。


『主殿、10フィートの竿を所望する』


 初心者講習で必須とまで言われた10フィートの竿である。

 

『10フィートの竿を』

「この場合は竿じゃなくても大丈夫っすよ」


 わくわくしながら竿をせがむ鷲馬娘に渡したのは、投石器スリング用に常備している丸石の礫である。適度に大きく、適度に丸い。不満気味ではあるものの鷲馬娘がアンダースローで投じてみれば、丸石は階段の遥か手前つまり本来の壁のある場所で跳ね返った。

 三者誰も驚きもしない。


合成獣後輩は、風の匂いがしないと言っている。我の目には階段の景色と重なるように本来の壁が透けて見える』

「幻影の罠は基本中の基本っすね」

 

 えへんぷいと胸を張る鷲馬娘の頭を褒めながら撫でれば、もっと撫でていいのだと頭をぐりぐり押し付けられる。合成獣もいつのまにか肩車から離脱して同じように撫でろ撫でろと頭を突き出している。

 もちろん撫でる。

 撫でない道理など存在しない。今まで数回しか提供しなかった特製おやつまで振舞おう。うちの仔はみな賢い。バカは自分だけである。


「本当、性格悪いっす」


 苦笑しながら、抱えていた金属プレートを裏返して見せる。

 磨き上げられたそれは鏡となっていた。通常のそれと違うのは、映し出されたのが自分たちの姿ではなく王城ダンジョン入り口の景色ということだ。冒険者組合の職員や衛兵それに冒険者達がぎょっとしながら此方を覗き込んでいる。


 なるほど、ひっくり返せば非常口である。


 広い魔宮の奥深くに財宝や試練が待ち構えているかもしれないが、それは専門家に委ねるべき問題だ。鏡の向こう側と同じく興味深そうに鏡面を見ていた鷲馬娘達を伴い金属プレートに手をつけば、然したる抵抗もなく見慣れた景色の中に帰還できた。


「……アレックス殿。悪いが説明をしてもらえるかな」


 なぜか併設酒場のマスターが代表して訊ねてきたので、前世社畜時代の経験を総動員して快諾する事にした。




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