第4話 懲りない面々




 ダンジョンに潜るはずの自分たちが突然姿を消したのは多数の目撃者がいたようで、現場には冒険者組合の関係者や衛兵の方々が共同で調査を行っていた。

 魔法的な攻撃には見えず、むしろダンジョンのトラップに近い。

 目撃していた冒険者達は口を揃えて証言した。一種の転送罠と様式が近く、しかしそういう罠がダンジョンの入り口前とはいえで発動するなど前代未聞。

 尋常な事態ではない。

 ダンジョンは直ちに封鎖が宣言され、深層攻略中の冒険者にも注意勧告された。官民問わず多種多様な魔法使いが緊急招集され現場を調査、なんらかの神の力が原因ではないかとアタリをつけたところ虚空に突如として謎の鏡が現れ、自分達が帰還したのだという。


 消失も突然なら帰還も突然。

 大騒ぎである。


 自分達が帰還しても魔宮の入り口はそのままで、どうやら安定したのではないかと冒険者組合。

 事実上未踏破の魔宮が出現したという事で、発見者の名誉とか攻略を官民どちらが優先するかなどの面倒くさい話も発生した。が、自分達は食料調達のためにダンジョン表層に潜りたいだけの平凡な冒険者。

 たとえ魔宮を脱出した方法を素直に答えたら宮廷魔法使いたちに苦い顔をされたとしても、他に提供できる情報はない。有能な冒険者なら脱出前に地図の一枚でも書き上げるというからね。


 そうして現場検証を終えた頃。神殿の関係者が魔宮入り口前に駆けつけてきた。


【わたし達は合成獣ちゃんの性別設定で激論を交わすあまり神力未登録のまま半年以上放置していました】

【わたしは合成獣ちゃんが合成獣くんちゃんでもイイと思いました】

【わたしは合成獣ちゃんが性別自在だとイイと思いました】

【わたしは合成獣ちゃんは尊いから性別なんて不要だと思いました】

【わたしは合成獣ちゃんが人化せずに恥じらいながらスカートを穿くのも大変すばらしいと思いました】


 全世界の神殿にて。

 上記の文言が刻まれた札を首から下げ、正座した状態の複数の神の像が発見されたそうだ。前日までは立っていたり優雅な舞踊の姿勢だったはずの、様々な素材の神像がである。

 反省文を掲げていたのは一柱だけで、残りはすべて性癖の暴露である。

 神殿の人曰く、神像の頭部にはタンコブができている。最後の発言の神像は二段タンコブらしい。芸が細かい。


「事情を知らないの地域の神殿などは大混乱で、事情説明と鎮静化に時間を要しました」


 息も絶え絶えに状況を説明してくれた神官様に、なんとも言えない表情のその他面々。

 幹部から下っ端まで動員して神像の設置されている場所を訪問しては事情説明しているらしい。冒険者組合に来たのは、説明ついでに事情説明の助力要請なのだとか。民からの信仰を糧にしている神様としては、不祥事などが発覚して権威が失墜するとあっという間に力を失ってしまうそうだ。人気商売みたいなところがあるので、信者としてはこういう時の信用回復が大事な業務なのだとか。


『いいのであるか神様』

『にゅ』


 神官殿の説明をジト目で聞くのは鷲馬娘ヒッポグリフと合成獣である。

 冒険者組合並びに衛兵による事情聴収を終え、魔宮発見に興奮を隠しきれない冒険者達から感謝の言葉と飯を大量に奢ってもらっている。


「たとえ小規模でも手付かずの魔宮っす。調査団に参加できればそれだけで一流の仲間入りみたいなもんすよ多分」

『多分であるか』

『にゅ~』


 魔宮の新発見と攻略開始で活気づく冒険者組合の中で、自分達はほぼ部外者ですというポーズを堅持している。

 少しでも探査に興味があると匂わせてしまうと、第一発見者を優先する冒険者の不文律とやらが作用して折角の活気に水を差してしまうからだ。魔宮探査に興味ないことは既に口頭で表明済みであり、現在は冒険者組合と国を交えて書類を作成中だ。


「欲張らずに即座に帰還を選んだアレックスさんの決断を評価する声も多いんですよ」

「然り。人でも物資も十分といえない状況で魔宮に挑むなど、勇敢ではなく無謀蛮勇の類と言えよう。引き際を弁えられる者もまた勇者なのだ」


 円卓を囲むように座っているのは、しばらく前に迷宮都市ミノスより派遣されてきた職員さんと、御存じ酒場の用心棒を自称されている貧乏旗本の三男坊様だ。神のスープ騒ぎで商業組合は解体されたし、当時の職員の大半は自分に対して接触禁止となっている。


「魔宮発見者報酬、それから優先攻略権利の放棄に対する補償金。結構でかい額が動きましたね」


 冒険者組合から提示された金額、すごかったです。

 魔宮一番乗りというのはそれは名誉なことで、うまく成果を残せば歴史に名を残すくらい。腕自慢なら一度は離脱しても仲間を集めて再度突入するのが当然と考えるほど。


「王都の一等地に料理店構えて開業できるくらいの銭っすね」


 がたん、がたたん。

 周囲で魔宮探索準備を進めていた冒険者達が一斉にこちらを向く。

 ごめん冒険者ジョークだから。


「うちの鷲馬娘が嫁入りする時の花嫁道具として貯金一択っすけどね」


 がたん、がたたん。

 今度は騎兵職と思しき冒険者や騎士たちが一斉にこちらを向いた。


「王都には鷲馬用の具足を仕立ててくれる凄腕職人さんがいて、色々頼んでるっすよ」

「空を飛ぶ以上、鷲馬の具足が並みの馬鎧とは異なるのは承知している。しかし、報奨金でも足りぬとは」


 さすが三男坊様、鷲馬用の馬具が非常にお高いのを御存じだ。

 通常の騎馬に比べて飛行する事が武器となる鷲馬は全身を覆う馬鎧を使用できない。ただでさえ騎手という重しを背負って飛ぶ鷲馬は、本来の持ち味である機動性を発揮するのが難しい。運用次第で克服できる弱点ではあるが、名のある鷲馬騎士ライダーに小柄瘦身の者が多いのは偶然ではあるまい。

 で。

 我が家の場合、鷲馬娘が誰かを乗せて空戦すること自体すでに諦めている。

 人と魔獣の姿を自在に使い分け戦場を立体的に捉えて駆け抜ける彼女は、それ自身で完成された機動戦士だ。どういう戦い方を選ぶかは今後の彼女次第だが、どのような姿でも身を守れる防具が必要になる。

 当然、非常にお高い。

 鷲馬用の具足職人さんには「馬鹿じゃねえの」と本気で呆れられつつも、錬金術師とか考古学者とか人造巨兵の技術者など巻き込んで色々と図面を引いてくれた。

 ……

 ……

 前世の知識がね、こう、浪漫と言うべきか。

 趣味丸出しというか。

 シンプルな増加装甲案から始まった筈なのに、話を聞きつけた前世持ち共が自重しなかったのである。此方としては鷲馬娘の防具を何とかしたいだけなのだが。


 とまあ、その辺の事情を隠す理由も無かったので正直に述べた翌日。

 件の甲冑職人をはじめとした主要な面子が拘束された。民間で好き勝手させるのはマズいので、国の一機関として場所と予算を与えるので暴走しないように監視する事に決めたと三男坊さんが教えてくれた。

 ちなみに。

 人間形態の甲冑を作るのに必要だからと有志が勝手に製作していた1/1スケール鷲馬娘フィギュアを目撃してしまったうちの仔は、パンツの中身まで詳細に作りこまれた技術を称賛しつつもフィギュアを徹底的に破壊した。

 その破壊っぷりに目撃していた男共はタマがヒュンとなり、合成獣は夜に一頭ではトイレに行けない仔になってしまったのは余談である。


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