第2話 魔物使いという仕事
家畜の世話は魔物使いの大事な修行であり副業だ。
魔物使いの特性ゆえか、馬や驢馬の言いたいことがなんとなく分かるのも大きい。
意思が通じると分かれば彼らも色々と主張したいことがあるようで、家畜の側からも便利屋扱いされたりもする。もっとも家禽の通訳仕事は上位種新生して人化の手段を覚えた
『ふむ。腹痛の原因となる草が牧場に。仔馬が誤って食わぬか心配であると』
「キャベツの原種っすね」
簡易鑑定でも確認を済ませておく。
地球でいうところのケールに近い野草で人や大抵の獣人が食べても問題ないが、馬などが食べ過ぎると腸内でガスを発生させ腹痛を伴う厄介な病気を起こす可能性がある。
「癖は強いけどヒトが食べる分には割とうまい野草っす」
保存食として持参した野豚の塩漬け肉より脂身を削り出し、鉄鍋でさっと炒める。油を足して加熱しても多少苦味とアクが残るので丁寧な処置をした方がいいだろうが、酒飲みが好みそうな味でもある。物の試しにと試食に参加した牧場の従業員らは評価が真っ二つに割れた。
『にがい、えぐい』
『に゛ゅん』
鷲馬娘と
「注意書きを添えて市場に卸すか、冒険者組合に持ち込むのもアリですかね。自分でよければ、大体これくらいの値で引き取るっすよ」
「あんたに教えてもらうまでは雑草扱いだったんだ、無料で持って行っても構わんのだが」
「自分が引き受けた仕事は削蹄と蹄鉄の微調整、それから
牧場の人でも削蹄などは出来る。
しかし削蹄を嫌う家畜も少なからずいて、逃げるのはまだマシで実力行使で抵抗するのもいる。
魔物使いは、そういう家畜相手に滅法強い。
一時的な筋力の弱体化、後遺症の無い麻痺や睡眠といった行動阻害、精神鎮静。どうしてもという場合には鷲馬娘が威圧交じりで実力行使する。そうなってしまえば暴れ馬でも成す術もなく簡単に取り押さえられてしまうので、削蹄しつつ牧場の人が気付かなかった怪我や疾病もついでに処置していく。
『後輩、後輩。見てみよ、これ吸血の魔蟲。風呂を嫌い毛繕いを怠れば、こういうのが皮膚の下に潜り込んで瘤を作る。魔蟲の毒で常時苛立ち気性が荒くなり、時に正気を失わせることもあるのだ』
『み゛に゛ゅ』
麻痺して眠らせた農耕馬の毛をかき分け、ダニの魔蟲が潜り込んだ血瘤を合成獣に見せながら鷲馬娘が説明する。皮膚病をもたらす類の魔蟲ではないが、こいつに刺され苛立つ馬に迂闊に近寄れば怪我どころでは済まない。場合によっては冒険者や狩人を呼んで馬を始末する必要さえある、悪質な虫だ。
「元が穏やかな気質だったのと、
『全くである、ただの馬にしておくには惜しい勇気の持ち主だ』
血瘤周囲の毛を剃り、患部周辺の血流を回復魔法の応用で一時的に止める。切開ではなく細胞と細胞の結合を解くイメージで魔力を流せば、血瘤を潰すことなく魔蟲ごと引き抜ける。拳大の蕪を引き抜いたような錯覚もあるが、魔蟲の入った血瘤は薬液を満たした壺へ速やかに投じて蓋をする。物理的に潰せば魔蟲の卵が周囲に飛び散って皮膚の下に新たな血瘤を生み出してしまうので、こういう面倒な処置が必要になる。えぐり取られた部位は皮膚を貫通しているが筋肉を著しく損傷するほどではなく、清浄の魔法と魔物用回復魔法で直ぐに塞がった。
残念ながら毛が生え揃うまでは一部寒い思いをするだろうが、そこは勘弁してほしい。毛生えの魔法はみだりに公開しては良いものではないのだ。
「あんな場所に、魔蟲が」「でけぇ」「辛かっただろうになぁ」
治療の一部始終を見学していた牧場の若人さん達が、横になったままの農耕馬を辛そうな目で見ている。背の高い農耕馬は巨体であるが故にどうしても手入れが行き届かない事がある。とはいえ馬の世話を生業としている者として看過できるものではない。魔蟲は種類によっては付近にいる別の家畜にも寄生する事がある。そして駆除薬は存在するが寄生した蟲を特定できないと効力を発揮しないし、血瘤を作るほど潜り込まれたら薬では対処できない。
『我が言う立場ではないが、腕の良い魔物使いが常にいれば此の地に住まうモノ共も心穏やかに過ごせるであろうに』
眠っている間に削蹄を済ませ蹄鉄も新調させた。血中にあった魔蟲の毒も除去済みである。処置に痛みはないはずだが、自分らが来るまでの数か月間この農耕馬は耐えていたのだ。苦しみより解放され安堵する農耕馬の鼻を鷲馬娘は気遣うように優しく撫でる。
『この御仁には魔馬の頃に随分と好くして頂いた。種は違えど
魔馬時代、彼女は生まれた親から育児放棄され飼育場の群れからも弾き出されていた。鷲馬に上位種新生し人化して言葉を交わせるようになっても、生まれた頃の話を滅多に口にしない彼女にとって、この農耕馬は実の家族よりも親しみのある存在なのかもしれない。
『にゅん』
『そうだな。この御仁は空も飛べぬし魔法も使えぬ。しかし大きな馬鍬をひとりで牽き、幾つもの村で畑を耕している。我らには到底真似する事の出来ない、立派な仕事だと我は思う』
鷲馬娘を真似たのか、合成獣もまた小さな前脚でてしてしと農耕馬の顔を柔らかく撫でている。
「あのさ
『たしか一度だけ口にした
そりゃまた贅沢な味を知っているな。
この国にはないが南方の国々には様々なバナナが自生している。ただしそれらの多くは粒の大きな種子を有する野生種で、家畜飼料や酒の原料になっているらしい。種の無い品種もあるそうだが、こちらは芋と同様に主食として扱われているもので小麦至上主義だったこの国にはまず持ち込まれない品だ。
迷宮バナナは野生種と異なり甘味豊かな品種で当然だが種も無い。
主な産地は迷宮都市ミノスの上部階層。あまり知られていないが、王城ダンジョンにも生えている。しかし他に持ち帰るべきお宝が沢山ある王城ダンジョンでは迷宮バナナは現地消費されやすい冒険者の現地非常食だ。冒険者の中には水と迷宮バナナだけで長期間ダンジョンに潜り続ける猛者もいる、男にも女にも。
生憎と迷宮バナナに手持ちはない。
王都に少量出回る分は好事家が真っ先に買い占めるので、店を訪ねても無理だろう。ダンジョンに潜る冒険者の伝手で買うことも不可能ではない。しかしながら一応自分は冒険者である。収納術もある。合成獣と契約した影響なのか、収納できる物資量が桁違いに増えた感覚もある。
旅立つ前に物資調達を兼ねてダンジョンに潜るのも悪くない。
普通の冒険者とは正反対のことを考えてしまったが、それはさておき。収納空間を漁ってみれば、壺焼きにした
『主殿、不用意すぎだ』
『にゅん』
この後むちゃくちゃ焼き芋を振舞った。馬にも驢馬にも牧場のヒトたちにもだ。
再度仕入れねば。
件の農耕馬も大層お気に召してくれたようで、顔中舐められた。鷲馬娘が腹を抱えて笑っていたら、今度は彼女の髪が食む食むされて悲鳴を上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます