第6話 そして再び旅の空
その後の話をしよう。
王都の商業組合が解体されて、冒険者組合の資材管理課が迷宮都市より優秀な人材を招いて下部組織として再構築するらしい。
「神様が没収するほど美味いスープを作る料理人を貶し、あまつさえ妨害し続けたとか。へえ、ほお、ふ~ん。いつ処すの?」
とはこの度寿退職する事になった神官マリオン殿の言葉である。
ちなみに平信者から教皇に至るまで意見は一致しているそうで、自分が宮廷料理長に渡していた
修業してない一般人が限定的でも神の力を招くというのは、それはもう大変な事なんだと三男坊様はげっそりした顔で後日教えてくれた。
皮肉な話だが、この出来事の結果として件の女料理人と元商業組合の男は処刑を免れた。
神の力を再現する儀式の過程で彼女達の行動が何らかの影響を及ぼしたのでは、という一部神学者が提唱した仮説を否定できる者がいなかったためだ。とはいえ再現実験するには神殿では集めにくい素材が幾つもあるし、再現実験そのものが「神を試す行為」であり不敬ではないかと訴える声も大きい。
諸国としても神を敵に廻すことの不利益を考えてか、二人を迷宮都市送りにするという神殿の提案を了承する形になった。もちろん在地豊穣神殿の監視下である。
貴族の皆さんは「これが神の慈悲か」と感嘆していたが、冒険者組は「これが神の無慈悲か」「神様、容赦ねえ」と震え上がった。あの二人に心休まる日が来ることを祈るばかりである。
▽▽▽
自分は今、冒険者チーム「戦慄の蒼」最後の仕事として隊商護衛の任務に参加中だ。
還俗した神官マリオン殿と正式に婚姻を結んだリーダー氏こと人狼のエグザムは冒険者引退を表明し、夫婦でコボルト族の集落への移住を決めた。
最初は婚約者のトンチキ具合に驚いていたマリオン女史も、件の事件で囮として作った
表向きはリボー商店の支店を兼ねた宿の経営。
火達磨になりながらも悪魔崇拝者百名を蛮刀で切り伏せ
コボルト族の集落に到着したらチームは解散予定だ。
復路の護衛も契約しているけれど、その先の予定は考えていない。
チーム仲間の何名かはコボルトたちが受け入れてくれるなら一緒に移住しようかと考えているらしい。当然カップルだ。開拓村への護衛でそのまま居つく例は珍しくないので、もう一組二組は離脱するだろう。
自分は一度は王都に帰還する予定。
『にゅ~』
考え事をしていると頭の上に乗った雛が構え構えと、てしてし前脚で叩いてくる。
叩くのでは飽きたらず甘噛みもしてくる。
ぱたぱたと短いながらも一対の翼が力強く羽ばたくが、それだけでは十分な浮力は稼げないようだ。
『にゅにゅにゅ~』
『主殿、飯を所望するそうだ』
『にゅ』
魔獣形態で同行していた
頭の上を定位置としてご機嫌の雛は、佛跳牆の入っていた壺の底にいた。
その時は雛ではなく卵という形だったが【タダ飯とか神の尊厳にかかわるので迷惑料として受け取ってください。返品不可。神様】という神のオーラ溢れる添え書きと共に発見されたソレは、満場一致で自分に託された。
「賓客は皆満足して帰った。自分たちが世話になった料理人が起こした奇跡を目の当たりにして、これ以上の誉れは無いとまで言ってな。冒険者故に身分を縛れぬことを誰もが惜しんでおったよ」
冒険者組合併設酒場の用心棒をされている貧乏旗本の三男坊様(自称)が、教えてくれた。
国際問題は無事回避できたようだ。
一介の冒険者が気にすることでもないけどね。
「ちなみにその卵、アレックス殿しか触れねえ」
酒場のマスターが、死屍累々となっている宮廷魔法使いの皆さんを一瞥しながら教えてくれた。
あの、その。
手の上でめっちゃ魔力を吸われてるんだけど。この卵に。
『既に従魔契約が結ばれておるぞ主殿、良かったな』
良くも悪くもないんだけど。鷲馬娘さん、なんかめっちゃ先輩風吹かす準備満々っすね。
神様案件なら神殿預かりが筋ってもんじゃないの。良く分かんないんだけど。
何処にいたんだよってくらい数多くの前世持ちから色々聞かれたり聞き返しもしたが、手の上で孵化しそうな謎の卵について言及する者は一人としていなかった。
気持ちは分かる。
すっごい分かる。
魔力の九割方吸い取って孵化した雛、見かけは翼の生えた仔猫。尻尾が
こいつ佛跳牆のダシガラから生まれた
『にゅ~』
野放しにするとあかん奴だと直ぐに気付いた。
こうなることを予期していたリーダー氏がその場で神殿へと駆け込んで婚約者のマリオン氏を還俗させたのは想定外だったけど、人生には勢いが必要な場面が幾つかあるのは間違いない。
『主殿、コボルトの集落で幾匹かの雌から熱い視線を受けていたのをそろそろ思い出してもいいと思うのだ』
リーダー氏、翻意しねえかなあ。
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